↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証拠は嘘をつかない。異世界科捜研の事件簿  作者: 猫ネコユズキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/35

第二の事件簿 Episode 2 「友達」


「今日はいっぱい遊びましょう!」


「だから、なんでそんなに気合い入ってるの?リナ」


「いいじゃないですか!」


 何かを誤魔化すように、リナが先を歩く。


 ミサキは苦笑しながら後を追った。


 その時だった。


「きゃっ!」


 通りの角から、一人の少女が飛び出してきた。


「わっ!」


 避けきれず、リナとぶつかる。


 二人は揃って尻もちをついた。


「ご、ごめんなさい!」


 少女は慌てて立ち上がった。


「大丈夫ですか?」


「私は平気です」


 リナも立とうとして――


「痛っ」


 顔をしかめた。


「リナ?」


 ミサキが駆け寄る。


 転んだ拍子に擦ったのだろう。


 リナの膝から、うっすら血が滲んでいる。


「これくらい大丈夫ですよ」


「でも――」


「じっとして」


 少女がリナの前にしゃがみ込んだ。


 そっと傷口へ両手をかざす。


 淡い金色の光が、手のひらから溢れた。


「……え?」


 ミサキが息を呑む。


 光がリナの膝を優しく包み込む。


 やがて光が消えると――


「傷が……」


 さっきまであった擦り傷が、綺麗に消えていた。


 リナが何度も膝を触る。


「痛くない……」


「よかった」


 少女がほっとしたように笑う。


「これが……魔法?」


 ミサキが尋ねた。


「神聖魔法です」


「神聖魔法……」


「傷を癒やす魔法なの」


 少女は少し照れたように笑った。


「まだ勉強中だけど」


「十分すごいと思う」


 ミサキは素直に感心した。


「本当にありがとうございます!」


 リナが勢いよく頭を下げる。


「でも、ぶつかったのは私だから」


「私も前を見てませんでした!」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、同時に笑った。


「そういえば、お名前は?」


 リナに尋ねられ、少女は一瞬だけ迷った。


 エリシア。


 そう名乗れば、気付かれるかもしれない。


 この時間が終わってしまうかもしれない。


「……エリー」


 少女は微笑んだ。


「エリーって呼んで」


 嘘ではない。


 家族から、幼い頃からそう呼ばれてきた名前だった。


「エリー!」


 リナが嬉しそうに繰り返す。


「私はリナです。それで、こっちが――」


「ミサキ」


 ミサキが笑う。


「よろしく、エリー」


「よろしく、ミサキ。リナ」


 王女でもない。


 殿下でもない。


 ただのエリー。


 久しぶりにそう呼ばれたことが、なんだか嬉しかった。


「ねぇ、エリー」


 リナが少しだけ身を乗り出した。


「もし、時間があるなら一緒に露店巡りでもしない?」


 にこっと笑う。


「この先に、美味しいお店があるの」


「一緒に……?」


 エリーは思わず聞き返した。


 あまりにも自然な誘いだった。


 どこの誰なのかも知らない自分を。


 身分も、家柄も関係なく。


 ただ、エリーとして。


「うん」


 リナが当たり前のように頷く。


「せっかく会ったんだし!」


 エリーは少しだけ俯いた。


 城へ戻れば、こんな誘われ方をすることはないだろう。


 ――最後に、もう少しくらい。


「……行きたい」


 顔を上げる。


「私も、一緒に行っていい?」


「もちろん!」


 リナが笑った。


「じゃあ決まりですね!」


 ミサキも笑う。


「案内役が暴走しないように、私もついていくよ」


「暴走なんてしません!」


 三人は顔を見合わせて笑った。


     ◇


「おいしい……!」


 焼きリンゴを一口食べたエリーの目が輝いた。


「でしょ!」


 なぜかリナが得意げだ。


「蜂蜜をたっぷりかけるのがいいんですよ!」


「テレジアにも甘いものはたくさんあったけど、これは初めて」


「テレジア?」


 ミサキが聞き返した。


 エリーが少し意外そうな顔をする。


「知らない?」


「うん。初めて聞いた」


「ミサキ、テレジアを知らないんですか?」


 リナまで驚いている。


「そんなに有名なの?」


「有名も何も、テレジア聖国ですよ」


 リナが説明する。


「神聖魔法で知られる国です」


「神聖魔法……」


 ミサキは先ほどの光を思い出した。


「じゃあ、さっきの?」


「うん」


 エリーが頷く。


「テレジアで三年間、神聖魔法を学んでいたの」


「三年も?」


「まだまだだけどね」


「いや」


 ミサキはリナの膝を見る。


 傷跡ひとつない。


「十分すごいと思う」


 エリーは少し照れたように笑った。


「ミサキって、本当に遠いところから来たんですね」


 リナが言う。


「テレジアを知らないなんて」


「まあ……かなり遠いかな」


「どのくらい?」


 エリーが尋ねる。


「ものすごーく遠いところ」


「何それ」


 エリーが笑う。


「説明すると長くなるの」


「怪しいですねぇ」


 リナまで乗ってくる。


「ちょっと、リナ」


 三人の笑い声が市場に溶けていった。


     ◇


 それから三人は露店を巡った。


 香辛料を売る店。


 色鮮やかな布を並べた店。


 職人が作った小さな装飾品。


 エリーは、その一つひとつに目を輝かせた。


 城にも高価なものならいくらでもある。


 けれど、こうして誰かと店を覗き込み、


「こっちが似合う」


「いや、そっち」


 そんな話をすることの方が、ずっと楽しかった。


     ◇


「もうこんな時間……」


 エリーが空を見上げた。


 楽しい時間は、あっという間だった。


「そろそろ戻らないと」


「もう?」


 リナが残念そうな顔をする。


「もう少し一緒に回りたかったです」


「私も」


 エリーは少し寂しそうに笑った。


「もっと一緒にいたかった」


「また来ればいいよ」


 ミサキが言った。


 エリーは一瞬、答えられなかった。


 ――また。


 城へ戻れば、今日のように自由に町を歩くことはできない。


 第三王女としての生活が待っている。


 それでも。


「うん」


 エリーは笑った。


「また来る」


「絶対ですよ!」


 リナも笑った。


 その時だった。


「ミサキ」


 人混みの向こうから、聞き覚えのある声がした。


「あ」


 白銀の鎧。


「レオンさん!」


 リナが手を振る。


 レオンは二人を見つけると、足早に近づいてきた。


 いつもの落ち着いた様子とは違う。


 明らかに何かを探している。


「どうしたの?」


 ミサキが尋ねる。


「何かあった?」


「……人を探している」


「人?」


「ああ」


「誰ですか?」


 リナが尋ねた。


 レオンは一瞬迷い、首を振る。


「すまない」


 その表情が騎士のものへ変わった。


「任務上、詳しいことは話せない」


「そっか」


 ミサキはそれ以上聞かなかった。


「見つかるといいね」


「ああ」


 そう答えたレオンの視線が――


 ミサキの肩越しで止まった。


「…………」


 レオンが固まる。


「どうしたの?」


 ミサキが振り返った。


 さっきまで隣にいたはずのエリーが、いない。


「あれ?」


 少し離れたところ。


 人混みに紛れるように、そろり、そろりと遠ざかっていく少女がいた。


「エリー?」


 リナが呼ぶ。


 ぴたり。


 少女の足が止まった。


 ゆっくり振り返る。


「……はい?」


 ぎこちない笑顔だった。


 レオンの眉間に深い皺が寄る。


「――エリシア殿下」


「……あ」


 エリーの笑顔が引きつった。


「見つかっちゃった」


「見つかっちゃった、ではありません!」


 レオンの声が通りに響いた。


「護衛隊が総出で探しております!」


「ご、ごめんなさい」


「間もなく王都からの迎えとも合流するという時に、なぜ町を歩いておられるのです!」


「最後に、ちょっとだけ……」


「ちょっとではありません!」


 ミサキとリナは、完全に置いていかれていた。


「……リナ」


「はい」


「今、殿下って言った?」


「言いました」


「エリシアって?」


「……言いました」


 二人はゆっくりエリーを見る。


 エリーは観念したように肩を落とした。


「……黙ってて、ごめんなさい」


 レオンが深く息を吐く。


 そして二人へ向き直った。


「第三王女――エリシア・ソラリス殿下だ」


「…………」


「…………」


「えええええっ!?」


 二人の声が、リーヴェルの通りに響いた。


「でも!」


 エリーが慌てて両手を合わせる。


「エリーっていうのは本当よ!」


「そこじゃないです!」


 リナが叫ぶ。


「私、王女様に普通に焼きリンゴすすめちゃった!」


「おいしかったよ?」


「そういう問題でもないです!」


 ミサキは額を押さえた。


 そんな二人を見て、エリーが笑う。


 つられてリナも笑った。


 ミサキも、とうとう吹き出した。


 レオンだけが深いため息をついている。


「……殿下」


「ごめんなさい」


「戻ります」


「はい……」


 今度は素直に返事をした。


 エリーは二人の前まで来る。


「リナ」


「はい」


「今日はありがとう」


「私の方こそ!」


「ミサキも」


「うん」


 エリーは少しだけ寂しそうだった。


 ミサキには、その理由がなんとなく分かった。


 ここから先。


 彼女はもう、ただのエリーではない。


 第三王女エリシア・ソラリスへ戻るのだ。


 だからミサキは、今までと同じように笑った。


「またね、エリー」


 エリーの目が少しだけ大きくなる。


 そして――


 満面の笑顔になった。


「……うん!」


「またね!」


「今度は宿にも来てください!」


 リナが大きく手を振る。


「焼きリンゴもまた食べよう!」


「絶対!」


 エリーも何度も手を振った。


 レオンに促され、少しずつ遠ざかっていく。


 それでも何度も振り返る。


 ミサキとリナも、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 ほんの数時間。


 それだけの出会いだった。


 けれど三人にとっては、確かに友達になった時間だった。


 そして――。


 エリシアとレオンが向かう先。


 王都から迎えに出た護衛隊との合流地点までは、もうそれほど遠くなかった。


 あと少し。


 ほんの、あと少しだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。