episode9 過去の人
あれから数ヶ月。今まで何も無かった。とは言ってもキスはするようになったけど…やっぱり私は子供だから躊躇する気持ちがあるのかもしれない。
「明日休日だもんなー。何するよ?」
いつも通りみんなで集まって各々好きなことをしているとき春翔がそう口にした。
「私明日はパス」
「なんで?」
「怜さんと付き合って4ヶ月記念なの。今までの記念日は私がバイトだったり学校だったり、怜さんも仕事だったりで時間が合わなかったから今回はどっちも休みだしデートするの!」
「もう4ヶ月なんだ。おめでとう」
「ありがとう!」
「じゃあ、茜いないのかー」
「私がいない遊びほど悲しいものないわよね、分かる」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「まあ、楽しめよー」
「もちろん!」
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「お願いします!」
翌日、お昼頃に車で迎えに来てくれた怜さんとデートに向かう。そろそろ新しい洋服を買いたいと思っていたからショッピングモールに行くことになった。細かく予定を決めているわけではないけど、プリクラを撮ることと今日の夜はお泊まりすることが決まっている。ここ最近怜さんの仕事が忙しくて泊まりに行けてなかったから久しぶりにずっと一緒にいれることが嬉しい。
「怜さんも今日新しいお洋服買いましょうよ」
「いいよ、俺は」
「えー。普段使いできるスーツみたいなの着てほしいのに!」
「なんでスーツ?」
「スーツ大好きなの!」
「服装にも理想があるんだな」
「あるよ。いつもの怜さんのファッションだって似合ってるし好きだけど」
「いいのがあったらな」
雑談をしている間にショッピングモールに着く。
「よし!いろんなとこ回るぞー」
「勘弁しろよ。なるべく歩きたくない」
「買い物は歩くのが楽しいんでしょ!ほら!」
怜さんの手を引いて歩き、早速見つけたお店に立ち寄ってみる。流行している服というものが多くて勉強になる。とはいえ私はあまり流行に興味が無いから自分が好きな服を選ぶけど。
「これ可愛いかも。私がこれ着て怜さんがスーツ着て…」
近くの鏡で自分に合わせてみる。個人的にはバッチリだ。
「どう?似合う?」
「うん」
「テキトーでしょ、今の」
「好きなの着たらいいだろ」
「それはそうだけど、怜さんと並んだときに恥ずかしくないようにもしなきゃなんだって!」
「恥ずかしくないようにってなんだよ」
「今の私たち多分兄妹とかに見えるよ」
「誰も見てないだろ。細かいこと気にしないで好きなの着たらいいじゃん」
「…じゃあ、怜さんの決めてから買うか決める」
女の子が欲しい言葉をくれるわけじゃないけど、きっとこれも怜さんの優しさで、私はこう言うのが怜さんだから好き。
「怜さんはやっぱり黒が凄く似合うからー…これ?いや、違うな。なんかキモい」
「おい」
「あ、いや、そういうことじゃないよ?この丈の感じがなんか…キモいよね」
「絶対言うな、そんなこと」
「これかな?いや、これも足りない…もしかして怜さんが足長いの?許せない分けてよ」
「本当によく喋るな」
「よく言われるんですよ。あ!これいい!」
怜さんに合わせてみると丈感も素材もいい感じだ。こんなの着てこられた日にはわたしの命日だろう。
「ねぇ、見て怜さん!かっこいいよ!?自分の姿見て!?」
「いいって…」
「なんで!こんなかっこいいのに!私の彼氏最高だね」
「いちいち声でけぇな…」
少しだるそうな怜さんと一緒にお会計に行く。結局私のワンピースも怜さんの服も買うことに決まった。私が財布を出そうとすると怜さんが当たり前のようにカードで支払いを進めた。
「え、いくらでした?」
「知らない」
「レシート」
「捨てた」
「え!?なんか値札とか付いてないかな…」
「いいよ、財布出さなくて」
「そういうわけにはいきません!」
「年上と付き合う特権くらいに思っとけ」
「怜さんがお仕事頑張って稼いだお金なんですから自分の欲しいものとか自分の為に使ってください」
「今も俺が使いたくて使ってるからいいんだよ」
中々譲ってくれない怜さんに負けて、ありがとうございますと言うと素っ気なく「ん」とだけ返ってくる。
次はプリクラを撮りに行った。怜さんは意外と写真を嫌がらない人でポーズはとってくれる。なんでプリクラで撮るのかは永遠の謎らしいけど。
「次どこ行きましょうかー。怜さん行きたいところないの?」
「んー…無いな」
「じゃあ、もう私たちの同棲に向けてインテリアとか見ちゃいましょう!」
「同棲?」
「いずれかは怜さんの家に住みつくつもりです。よろしくお願いします」
「瀬戸川君…?」
会話途中にどこからかそんな声が聞こえた。
「…真希」
私の隣からそう聞こえて顔を上げると、怜さんが目を見開いて一点を見つめていた。私も視線の先を見ればそこには綺麗な女性が怜さんを見つめて立っていた。
「やっぱり瀬戸川君だよね?久しぶり」
小走りで駆け寄ってきたその女性が誰か知らないけど、怜さんはずっと黙ってその真希という人を見ていた。
「こんなところで会うなんて思ってなかった。元気だった?」
「まあ…」
怜さんが少し気まずそうに下を向くと真希さんが私を見る。
「えっと…妹さん?」
「いや…」
…彼女だって言ってくれないんだ。
「あ!彼女さんかな!?」
「あ、はい…」
「ごめんなさい、失礼なこと言って!」
凄い慌てように本当にそう思っているんだろうと分かる。やっぱり兄妹に見えるんだ。結構ショック。
「瀬戸川君こんなに可愛い彼女さんできたんだね!どれくらい経つの?」
「…今日で4ヶ月」
「4ヶ月…そうなんだ。おめでとう」
気のせいかもしれないけど、少しだけ真希さんがホッとしたように見えた。なんだか酷くソワソワする。早く終わってほしい。
「あ、私瀬戸川君が高校生のときに音楽の授業で受け持ってたの。西本真希です」
自己紹介をされて私も慌てて頭を下げる。つまり怜さんが学生のときの教師っていうわけだよね。でも、それだけじゃない気がする。それなら怜さんがこんなに黙り込む必要ないじゃない。何より真希、なんて下の名前で呼ばないでしょ。
「瀬戸川君、電話番号まだ変わってない?」
「うん」
「じゃあ、また連絡するね。またね!」
最後に邪魔してごめんね、と謝ってその場からいなくなった。電話番号、知ってるんだ。怜さんは相変わらず真希さんの後ろ姿を見つめていてなんだか胸が騒ぐ。
「…あの人が失敗した人ですか?」
「…うん」
少し黙って考えた末に怜さんから素直な返事が返ってくる。前言ってた「失敗したくないから頑張ってる」って言葉の裏にいた人。凄く綺麗で優しそうな人だった。
「どれくらい付き合ってたんですか?」
「…3年」
勝ち目ないじゃん。素直に心の中でそう思ってしまった。嫌だな、こんな自分。もっと大人でいたいのに。やっぱり私は子供だから焦ってしまう。だって怜さんが真希さんを見る目が凄く儚かった。本当に愛おしい人を見るような、そんな目。
「怜さん、やっぱりご飯行きましょう。お腹空いた」
「ああ、じゃあ行くか」
本当は全く空いてないけど、せっかくの記念日なんだもん。こんなに重たい雰囲気は嫌だ。食事をしていたら今より空気が和むはずだから。私も1度冷静になる必要がある。子供な私なりの精一杯の強がり。記念日なんだから、デートなんだからちゃんと楽しみたい。
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「美味しかったですね、ご飯」
「うん」
なんとか平和にご飯を食べ終わり、少し空気が和んだ。けど、怜さんは相変わらず静かなまま。いつも静かだけど、さっきの事があったから私が考えすぎちゃってるだけかな。
「…今日はもうお家帰りましょうか?」
「他に行きたいところねぇの?」
「特には」
こんな感じで行ってもさっきまでのように元気でいられる自信はあまりない。家の方が各々好きなこともできるんじゃないだろうか。
「じゃあ、帰るか」
そのままお店を後にして家に帰った。帰ってからはあまり会話をすることもなく私はベッドにダイブした。次に意識を取り戻したときにはしっかり毛布を被っていて寝ていたことに気付く。怜さんが被せてくれたのだろう。すっかり暗くなってしまった部屋からリビングに出る。怜さんはパソコンと向き合っていた。
「起きたか」
「すみません、気付いたら寝てたみたいで」
「いいよ」
「お仕事ですか?」
「うん。ちょっと気になることあって」
せっかくの休日にもこうして仕事熱心に自ら調べているのを見ると尊敬する。私はこんな大人になれるだろうか。
「私、お風呂入ってきますね」
「うん」
シャワーを浴びながら昼のことを思い出す。真希さんを見る怜さんの目が忘れられない。あんなに真っ直ぐ見つめるなんて…思いたくもないことを思ってしまいそうになる。もしそれが本当なら私はどうするんだろう。
お風呂から出るとリビングから声が聞こえた。いきなり騒ぎだす胸。あぁ、多分これ嫌なやつだ。出るか迷って、リビングに行くドアを少しだけ静かに開けると電話している怜さんが見えた。特に変わった会話はないけどなんとなく相手が予想できる。きっと真希さんだ。連絡するって言ってたもんね。そのまましばらくそこに立ち尽くす。
「ごめん」
何に謝ってるの?何を言われたの?
「うん、また」
またがあるの?怜さんの返事を聞いて私の中の汚くて見苦しい嫉妬心がじわじわと込み上げてくる。電話を切ったタイミングでリビングに出ると怜さんは私を見て、すぐに目を逸らした。
「…真希さん?」
「…ん」
「…何話してたの?」
「…いろいろ」
…答えてくれるわけないよね。怜さんはそういう人じゃない。分かってる。分かってるのに…今はそんな答えじゃ余計に不安になるだけだよ。
「…怜さんは…まだ真希さんのことが好き?」
鼓動が異常に早い。今にも吐いてしまいそうなほどの吐き気と目眩に襲われる。大丈夫。怜さんはちゃんと…。
「…」
「…ごめんなさい。変なこと聞いた」
「…」
「…私、やっぱり今日は帰ります」
「待って」
「私今日ちょっと変だから。一緒にいたくないです」
これ以上は余計なことを口にしたくない。早く怜さんから逃げたい。こんな自分から早く。ソファーに置いていた荷物を持つ。怜さんの横を通り過ぎようとすれば掴まれる腕。
「…送る」
「…今日は1人で帰るから」
「もう遅いし距離あるから危ないだろ」
「1人がいい。今は怜さんといたくない」
目を見てそう言うと、怜さんの瞳が揺らぐ。いや、私の瞳が揺らいだのかもしれない。どっちかは分からないまま怜さんの掴んでいる手を少し強めに弾くと、私はそのまま逃げるように家を出た。こんな予定じゃなかった。もっと楽しい日になる予定だった。怜さんと笑って過ごせると思っていたのに。好きか聞いたとき否定してほしかった。違うって、そう言ってくれると思っていた。迷ってもそう言ってくれたらまだ違ったのに。黙り込んで何も言わないなんてそういうことじゃん。怜さんが好きなのは私じゃなくて真希さんで。きっと真希さんもまだ怜さんのことが好き。怜さんの何も言わないところ、言えないところが好きだったけど、今の怜さんの何も言わない、言えないところは嫌い。分かってたのに。子どもが相手にされるわけないこと。なのに恋が叶って、毎日幸せだらけで、もしかしたら本当に怜さんも私のこと好きなのかもなんて浮かれてた。そんなことあるわけないのに。悔しくて、辛くて、子供な自分が憎くて。沢山の感情に押し潰されて1滴の涙が出ると、もう止まることを知らなかった。止めたくても止まらない涙を何度も拭きながら暗い夜道を歩く。どうしたらいいか分からない。別れたくないけど、でも怜さんが好きなのは私じゃない。私じゃないって分かってて付き合っていくなんて嫌だ。それでも離したくない、離れたくないなんて矛盾がずっと頭の中を駆け巡る。確か今日もみんな諒の家にいるって言ってたっけ。みんなと会って気分を晴らそう。沢山笑わなきゃ。記念日に泣くなんて、こんなの嫌だ。
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