episode8 溢れる気持ち
バイトが終わり、仕事場を出てコンビニに向かう。カフェラテを買ってお店を出ると早速1口流し込んだ。冷たくて美味しい。また来た道を戻るのが面倒くさいから近くに諒の家があるし、お邪魔させてもらおう。そう思って諒の家に足を運んだ。
.
.
インターホンを押し、鍵のかかっていないドアを開ける。
「お邪魔しまーす!」
大きな声でそう言って玄関に入るとドタドタと足音が聞こえる。
「なんでお前も来んの…」
そう言って迷惑そうな顔をしている諒の後ろからひょこっと顔を覗かせているのは春翔だった。
「春翔も来てんの!?ウケる!」
「ウケないし」
「お前今来てよかったなー。俺が来たときのタイミングで今の入り方してたら終わってたぞ」
「なんで?」
「俺が来たときこいつ女の子招き入れてた」
「またそんなことして!そんな子に育てた覚えないわよ!しかもこんな昼間っから!性欲おばけ!」
「お前に育てられてないし、うるさい」
「お前どこで女の子捕まえてんの?引きこもりのくせに」
「茜は何しに来たんだよ」
「コンビニ寄ったら家に帰るの面倒になったからこっち来た」
「自分の家に帰れよ」
「ここも私の家みたいなもんだし。春翔は?」
「俺暇人だったから眠りに来た」
「じゃあ、うるさいから今すぐ寝ろよ」
「私も眠いし寝よっかなー。おやすみー」
そのままなんの躊躇もなく地面に寝転ぶと諒がため息をつく。そして春翔も「じゃあ、俺も」と寝転んだのを見て諒はどうでもよくなったのか自分の部屋に行ってしまった。
.
.
2時間程経っていたのだろうか。背中と腰の痛みで目を覚ますと春翔と諒は目の前のテーブルで何かを食べながら話をしているようだった。
「私も混ぜろ」
「うわ、起きた」
「うわって何?」
「珍しく寝起きいいじゃん」
「それな!」
諒程ではないけど私も寝相が悪い方なので春翔が驚く。
「怜さんとはどんな感じなの?」
九州しょうゆ味のポテトチップスを食べながら私を見て春翔が聞く。
「え、聞いてよ。めっちゃいい感じなの」
「へー。よかったじゃん。怜さんどんな感じになんの?」
「別にあのままの怜さんなんだけど、めっちゃ尽くしてくれて本当に理想の旦那さんだよ」
「結婚してないだろ」
「いいのよ、細かいことは。もう本当にかっこよくて…どうしよう」
そう言って私が幸せなため息をつくと諒と春翔は顔を見合せた。
「幸せそうだな」
「うん、めちゃくちゃ」
「俺も小羽とイチャイチャしたい」
「きも」
「小羽に変なことしたらあんたの命なんか無いと思いなさいよ」
「なんでだよ!俺らの好きにさせろよ!」
「俺らって、小羽は望んでないんじゃない?春翔が思ってるようなイチャイチャは」
「は?諒はいろんな女の子とイチャイチャして余裕かもしれないけど俺にそんな余裕は無いんだよ!」
「特定の相手いなかったら遊んでもいいんだよ。誰も不幸にならない」
「よく言うよ。絶対抱いてきた女の子泣かせてるくせに」
「本当だよ。なんでお前がモテて俺は好きな子1人だけとすら結ばれないんだ」
春翔が嘆いているけど絶対に小羽と両想いなことには気付いているので無視する。
「ていうか、もう帰れよ」
「なんで?」
「は?逆になんでそんな意味が分からないみたいな顔で言えんの?ここ俺の家なんだけど」
「うん。だから?」
「え、お前ら正気?怖いんだけど」
帰れと言われる意味が分からない私と春翔はただ理由を聞いているだけなのに諒は答えてくれない。むしろ恐怖を感じているらしい。それもまた意味が分からない。みんなで仲良くお喋りしているんだからそれでいいじゃないか。ここまでの仲になると図々しいなんてどうでもいい。
「一般常識失いすぎだろ」
「いや、待て。お前にだけは言われたくないぞ」
「ほんとそれな。心外だわ」
諒の口から聞いてはいけない言葉を聞いて私と春翔は反論する。逆に諒程一般常識がない人は見たことがない。
「学校行けよ」
「そう言うあんたも学校でしょ」
「さっきからブーメランなことばっか言うなよ」
「俺今日は行かないって決めてる」
「じゃあ、俺も行かね!」
「は!?何それ!私だって行きたくない!」
「小羽1人になるじゃん」
そう言われて小羽に即座連絡する。みんな行かないなら小羽も行かずに諒の家に来るかもしれない。でも、案外1人でも行くのが小羽だったりもする。読めない子だからどっちになるかは想像がつかない。もし小羽も行かないとなればこれはみんなで集まるしかない。きっと優は来てくれるだろう。
「あー、こんなむさ苦しい男じゃなくて優に会いたくなってきた」
「は?俺たちだってお前みたいな失礼な女じゃなくて可愛い女の子に会いたいわ」
「失礼でも可愛い女の子じゃん、私」
そう言えば諒が鼻で笑う。強めに腕にパンチすると中々いい音が鳴った。
「こういうことするから可愛くない」
「別にあんたたちに可愛いって思われてもキモイけど」
「はい、土下座しろ。失礼すぎ」
「い、や、だ」
「だっる、こいつ」
「茜がだるいのはいつもでしょ」
「ていうか、まじで学校どうする?」
「俺は休む」
「小羽も休もっかなーって言ってるけど」
「じゃあ、もう休むしかないじゃん」
「よし、優呼ぼ」
全員休むことに決まって春翔は優に連絡を入れた。
.
.
1時間が経った頃に全員が揃った。
「お前ら全員して学校休むなよ」
「茜がみんな行かないって言ってきたもん」
「春翔と諒が行かないって言ったから」
「人のせいにすんな」
「みんなで行けよ」
ごく当然のことを言う優に私たち4人は口を尖らせた。
「で、今日は何するの?」
「何も決まってない」
「お酒」
「またかよ」
私がお酒という単語を口に出すと春翔が呆れたようにそう言った。
「何、駄目?」
「いいけど。お前集まったらそればっかじゃん」
「みんなだって飲みたいくせに」
「俺別に酒好きじゃないけど」
諒の言葉にみんな驚く。
「俺1回も好きって言ったことないし」
「でも飲むじゃん!」
「飲むけど好きってわけじゃないよ」
まさかの新事実に全員驚く。そんなに弱くないし、飲みっぷりはいいから好きなんだと思っていた。
「それ言うなら私も好きってわけではない」
小羽の発言にまたみんな驚く。ということは、みんな飲みっぷりはいいくせにお酒を好んでいるのは私と春翔、優の3人だけになる。
「えー…じゃあー…」
「いいよ。飲みたいんでしょ」
私が落ち込んだように他にすることを考えていれば諒がそう言ってくれた。
「諒…好き!!!!」
「きもい。早く誰か買ってきて」
「俺行ってきまーす。小羽も行こ」
語尾にハートマークを付けてお願いする春翔を見て小羽が面倒くさそうな顔をした。行きたくないらしい。
「最近小羽と諒がそっくりな性格なことに気付いたんだよねー」
優がそう言いながらスマートフォンを弄る。そのまま少し目線を上にあげて小羽に「行ってあげて」と言えば小羽が渋々腰を上げた。
「じゃ、買ってくるわ」
「お願いしまーす」
ルンルンな春翔といつも通りの小羽を見送る。
「春翔ってなんであんな元気なの?」
まるでうざったいとでも言いたげな顔で諒が言った。
「春翔はああじゃないと駄目だよ。あいつは俺たちじゃ想像できないくらい闇深いから」
「俺たちの陽も吸い取られてる気するけどね」
「諒は素直じゃないなー。本当はみんなのこと大好きなの分かってるよ?」
「は?きもいんだけど。そんなことないし」
「茜と春翔の素直さを諒に分けたらバランスいいんだけどなー」
「私の素直さを分けてやろう」
「要らない」
そうやって雑談をしばらくしていれば小羽たちが戻ってきた。買ってきてくれたお酒やおつまみをテーブルの上に出していく。
「かんぱーい!」
「毎日同じこと繰り返してると新しいことしたくなるね」
「なら毎日俺の家に集まるの辞めたら」
「仕方ねぇじゃん。お前の家コンビニ行ったら近くだから寄ろっかなーってなるんだって」
「コンビニ寄ってなくても来るじゃん」
「あ、じゃあ今度はみんなで諒の連れ込んだ女の子偵察する?」
「いいね」
「始めようとしたら乗り込もうぜ」
「最悪。空気に耐えられないって」
「そもそもすんな」
「えー、じゃあ他に何があるかなー」
「新しいことじゃないけど映画見ようよ。見たいのあるの」
「何?」
「ソーセージパーティー」
小羽が発した言葉に男子全員が吹き出す。
「なんでそのチョイス!?」
「いや、この前オススメに出てきたんだって。楽しそうじゃん」
「何、ソーセージパーティーって」
全く分からない私がみんなに聞く。
「ソーセージの話」
「トイストーリーのソーセージ番ってこと?」
「そんな感じだけど全然違う。あんな平和で可愛いもんじゃない」
「あんな下品なのは辞めようよ」
「えー」
「いつも通りホラーでいいって。見てないのまだあるし」
春翔がリモコンでテレビの操作をしてホラー映画を検索する。
「まさか小羽からソーセージパーティー見たいって言われるとは思ってなかったわ」
「面白そうだったし」
「あんな下品なの見ないでほしいよ」
「あ、アナベル見る?それか死霊館」
「死霊館にしようよ」
春翔が死霊館を選んでボタンを押す。電気消した方がいいね、と優が電気を消した途端ホラー映画を見るいつもの雰囲気になった。さっきまで続いていた会話も無くなり、映画に集中する。そうしながらもお酒を飲む手やおつまみをつまむ手は止まらず、映画が終盤に近付いた頃には量も半分程しか残っていなかった。
「海外の映画はやっぱり迫力が凄いな…」
相当ビビっていた春翔が震えながらそう言う。
「春翔ビビりすぎ」
「いや、あれは怖いだろ!」
「虫を平気で触ってくるあんたの方が私は怖いけどね」
「虫だらけのジャングルで育ったんだよ、多分」
「しっかり家で育ったわ」
「あー!!!!」
「なんだよ、いきなりでかい声出して」
「怜さん…」
怜さんの名前を出した途端みんな呆れたように溜息をついた。
「茜は本当に怜さんが好きだね」
1口お酒を流し込み、テーブルに突っ伏す。
「でもさー、怜さん大人だしやっぱり私じゃ釣り合わないと思う。綺麗な人いっぱいいるし、怜さんと相性がいい人だって絶対にいるじゃん。おまけに怜さんかっこいいからモテるだろうし…それなのに私ときたらデデン!って感じだし、子供だし…」
「まあ、お前より綺麗な人はいるだろうな」
「春翔。こういうときはそんなこと言うんじゃないよ。怜さんは茜が好きだから付き合ってるんでしょ?女好きな人じゃないから大丈夫だよ。周りにいる大人の女性より茜を選ぶくらい茜に魅力があったってことでしょ?」
いつでも味方をしてくれる優の優しい言葉に泣けてくる。なんでこんなに天使みたいな子に育ったんだろう。
「怜さんがどうかは分かんないけど茜の良さは俺らが1番分かってるし、そんなマイナスにならなくていいんじゃない」
そう優しく発したのはまたもや優…ではなく諒だった。みんな体も喋る口も止まり、諒だけを見つめる。
「…え、何。俺なんかまずいこと言った?」
「いや…まずいことっていうか…お前そんなこと言えんの?」
「いつも冷やかして馬鹿にするのが諒じゃん…」
「お前ら俺のことなんだと思ってんの」
不貞腐れる諒にみんなでごめんごめんと謝る。
「まさか諒からそう言ってもらえるとは思ってなかった。うん、ありがとう」
「別に…」
私の言葉にそう返した諒を春翔が可愛い奴だなと頭をわしゃわしゃ撫でた。
「茜の言う大人な女性もいいけど怜さんは多分茜みたいな無鉄砲で世話が焼ける人の方が相性いいと思うよ」
悪口か褒め言葉かよく分からないけど小羽もそう言ってくれた。
「怜さんは不器用だからなー。お前と一緒だと感化されて少し素直になるかも」
確かに意外と素直に嬉しくなることを言ってくれるけど、それは"失敗したくないから"って言ってた。つまり過去の女性で失敗した経験があったからで私に感化されてというよりその人に感化されているからだと思う。だからどうということはないけど。
「…私が辛い時期に陥ったときもみんなみたいに一緒にいてくれるかな。面倒くさいって離れるかな」
ぼーっと一点だけを見つめている視界の端で、みんなが顔を見合せたのが分かった。
「お前病んでんの?」
「いや?病んでないよ?」
「昼は理想の旦那さんとか言ってはしゃいでたじゃん。急にテンション下がりすぎじゃない?」
「だってさー!私怜さんのこと何も知らない!吸ってる煙草がセブンスターのボックスで、少し無愛想なだけで優しくて、怜さんが警察官になった理由くらいしか知らない!」
「そりゃあ当たり前だろ。付き合ってすぐなんだから。分かっていくのは今からじゃん」
「…そうか」
「焦りすぎだよ。もっと気緩めても大丈夫だって」
小羽がそう言って眉を下げる。もちろん自分でも分かっている。でも、好きになるとどうしても冷静じゃいられなくなる。こういうところが子供なんだって分かっているけど。深い溜息をつきながら残っているお酒を流し込んだ。
.
.
「だからね!?私は怜さんのことが好きで好きでしょうがないの!」
「もう分かったよ!うるせぇな!何時間聞かせるつもりだよ!」
珍しくお酒に酔ってしまった自分が何を言っているのか正直あやふやだけど多分怜さんのことを永遠に熱く語っていたと思う。
「どうしたの?茜がこんなに酔うの珍しいじゃん」
「何もないよー。怜さんが好きなだけ」
「どれくらい好きなのかはもう分かったから水飲みなよ」
小羽がコップに水を注いで渡してくれたのを1口だけ飲んだ。
「今日茜帰れないんじゃない?明日バイトあるの?」
「明日はない」
「じゃあ、諒の家に泊めてもらうしかないな。頼んだ、諒」
「は?俺1人でこいつの相手すんの?」
「だって優は明日学校だし、俺は明日バイトあるし、小羽は…」
「家でゆっくり眠りたい」
「俺だってゆっくり寝たいんだけど」
「最悪放ったらかしでいいよ。多分こんな感じだしすぐ寝るから」
「寝ないよ!諒にしばらく付き合ってもらうんだから!」
「ふざけんな。だったら帰れよ」
「なんでよー。たまには2人で人生について語るのもいいじゃない」
「お前と語ることないから」
「分かった!怜さんに連絡しようよ。仕事終わり迎えに来てくれるんじゃない?」
優の提案にみんな、特に諒がそれがいいと頷く。
「怜さんへの愛は本人に直接伝えてあげなよ」
そう言ってテーブルに突っ伏している私の頭を優がポンポンと撫でて怜さんに電話をしに行った。
「お前酔ったらこれだから面倒くさいよなー。小羽見習えよ」
「私はそんなに飲まないから。茜はお酒好きだから仕方ないんじゃない?」
「ゲロまみれにされないだけいいけどね」
諒が春翔を睨むと春翔が苦笑いする。思い当たる節があるようだ。
「それにしても本当に大丈夫?なんかあったわけじゃないよね?」
珍しく酔う私に何かあったんじゃと小羽が再度心配してくれる。本当に何もないけど、今日はなぜか酔いがやたら回ってしまった。
「ううん、何もない。ありがとう」
「怜さんあと30分くらいで仕事終わるから迎えに来てくれるって。良かったね、茜」
優が優しく笑う。いつ見てもこの笑顔には癒される。私の精神安定剤だ。
「ありがとう、優ー」
「いいえ。じゃあ、俺は明日早いしもう帰るね」
「俺も!俺朝5時起きなんだよ…」
「5時って…帰ってからだと3時間くらいしか寝れないんじゃない?」
「そうそう。小羽は帰り1人になると危ないから俺らで送っていくので強制連行でーす」
「諒、後は茜のことお願いね」
「…分かった」
「みんな気を付けてねー!ありがとうー!」
「諒に迷惑かけすぎるなよー」
そう言って諒に玄関まで見送られながら3人は帰っていった。
「ごめん、諒」
「いいよ、別に」
せめてものお詫びにと少しだるい体を動かしてテーブルの上のゴミを片付ける。ある程度はみんながまとめていてくれたからすぐに終わった。
「諒さ、実は私のこと嫌いだったりする?」
普段なら絶対に聞けないその言葉も酔った今なら聞ける。みんなに対してもそうだけど私に対する冷たさが異常な気がして少し不安になった。
「は?何」
「嫌いだったら嫌いな奴と一緒にいなきゃいけないの嫌だよなって思って」
「…別に嫌いじゃないけど。嫌いだったら遊んでないし」
「そっか。ならよかった」
不安だった気持ちが諒の言葉で一瞬にして無くなる。諒はいざというときしっかり本音を伝えてくれるから今までにも何度も救われてきた。
「なんか安心したー。よし!飲み直そ!」
「お前正気?飲むなよ」
そう言って私の前にあるお酒を取り上げる。
「なんで!いいじゃん!」
「これ以上酔われたら困る」
「大丈夫!もう酔わないから!だって見て!私今正常でしょ?」
「どこが?まだ顔も赤いし、滑舌だっていつも以上に酷いですけど?」
「滑舌は触れるな!元々だから!」
「だから元より酷いって。今だって言えてなかったし」
滑舌という複雑な言葉を作った人を恨みたい。さ行を作った人も。
「俺風呂入ってくるけど絶対飲むなよ。迎え来たら勝手に帰っていいから」
なんて素っ気ない奴。勝手にはあんまりだ。声掛けろよくらいはあってもいいのに。まあそれが諒だけど。
微かにシャワーの音が聞こえる部屋で静かに待つ。飲むなと言われたけど目の前にあると飲んでしまう。許してほしい。テーブルの上に置いていたスマートフォンが振動する。怜さんからの電話だった。
「もしもーし」
「着いたけどコンビニのところまで来れるか?」
「大丈夫ですよ!そんな酔っぱらいじゃないですから!」
「優曰く凄かったらしいけど?」
「大丈夫です!今行きますね!」
荷物をまとめるとお風呂の扉越しに一応諒にお礼と帰ることを伝えた。うん、と素っ気ない返事を聞いたあと家を出た。
.
.
怜さんの車を見つけて駆け寄る。窓をノックすると気付いてドアを開けてくれた。
「怜さん!迎えに来てくれてありがとう!」
「犬みたいな反応してんな」
「怜さんぎゅーしよ!」
「早くシートベルトしろ」
私のぎゅーという言葉に被せてそう言ってくる。少し無言で顔を見つめたけど、あちらも無言で見つめてくるものだから恥ずかしくなって言う通りにした。
「酔ってもあんまり分かんねぇな」
「本当!?じゃあ、酔ってないかも」
「いつもよりテンションは高いだろ。うるせぇ」
「それは多分怜さんに会えたからだよー」
「熱く語ってたらしいじゃん」
「うん!みんなに語り尽くしてきたよ」
呆れともとれるような鼻笑いをされる。
「今日は自分家に帰る?」
「聞いてくるってことは怜さんの家に行ってもいいの?」
「別にいいけど」
「私が自分の家に帰るなんて言うわけないじゃないですか!怜さんの家に行きます!」
「頼むから少し静かに喋れないか」
「分かりました」
消え入りそうなほど小さい声で喋ると今度こそ呆れたように溜息をついた。
「怜さんは私のどこが好き?」
「なんだよ、急に」
「どこだろうなーって思って。怜さんの周り綺麗な女性多そうだから。私よりもずっと大人だし、その人たちじゃなくていいのかなーって。まあ!?怜さんがその人たちが良くても私が良くないですけど!!」
「お前の熱くなるポイントが掴めないな」
「…私と付き合って後悔してないですか?」
「してないよ」
好きなところは教えてくれなかったけど、そこだけは迷いもなくすぐに答えてくれたからそれだけで安心する。怜さんの家に着くと怜さんはお風呂に入ってくると浴室に行ってしまった。今日も軽い夜ご飯を作ろう。ピーマンとひき肉があったからピーマンの肉詰めとスープを作ることにした。
「何作ってんの?」
そう言っていつの間にかお風呂を上がった怜さんが覗いてくる。
「ピーマンの肉詰めとスープ!でも、スープの調子があんまり…塩辛い」
「貸してみ」
私が手に持っていたおたまを渡すと怜さんが少しだけスープを掬って味見をした。
「塩辛いですよね?」
「いいんじゃない、これくらい。美味しいし。ありがとう」
私の頭にポンと手を置く。この人ってすぐ私の心臓を騒がせる。きっと特技だ。
「お前風呂は?」
「あ、入りたい」
「入ってくれば」
「そうする!あとはお皿に入れるだけだから食べててくださいね」
「うん。服テキトーに選んで着て」
なんだか会話がカップルであることを実感させるから気恥しい。棚からテキトーに怜さんの服を選んで私はお風呂に入った。
.
.
「お風呂ありがとうございましたー」
お風呂から上がってそう声をかけたけど何も返事が返ってこない。不思議に思いながらソファーに目をやると、横になっている怜さんの姿。寝落ちしてしまったみたいだった。何度目かの寝顔。相変わらず綺麗で可愛い。寒くないか、ベッドで寝た方がいいんじゃないかと思ったけど声をかけるのも遠慮する。こういうときはどっちが正しいんだろう。お皿やコップは既に洗われていた。とりあえずリビングの電気を薄暗くする。怜さんが起きる様子はなかった。
「怜さん」
声をかけてみたけど微かな寝息が聞こえるだけ。しばらく見つめてふわふわな髪を撫でてみると愛おしさが倍増するだけで逆にダメージを食らってしまった。…今ならほんの少しキスしてみたってバレないんじゃないだろうか。口にする勇気はないからほっぺたにだけど。
「彼女なんだしいいよね…」
意を決して怜さんの頬に唇を近付ける。そっと、本当に一瞬だけ触れるとすぐに離れる。幸い起きた様子はなかった。安心しつつも少し照れてしまって洗面台に逃げる。鏡に映る私は分かりやすく赤くなっていて心底怜さんが寝ていてよかったと思った。寝る準備をしようと歯磨きをしている最中に怜さんが洗面台に来る。
「あ、起きたんですね」
「ん…」
目を細めながら歯ブラシを取り、怜さんも一緒に歯を磨く。
「どうしたんですか?」
怜さんが数秒私を見つめているのが鏡に映っているから我慢できずにそう聞く。
「いや、別に。ご飯美味かった」
不思議に思いながらも歯磨きを終えて寝室に行く。怜さんはベランダに出た。きっと寝る前に煙草を吸うのだ。いつものように私も隣にひっついて座る。
「私も吸いたいって言ったら怒る?」
「お前煙草嫌いなんだろ」
「そうだけど…怜さんが吸ってるのは気になる」
「ガキんちょにセブンスターはキツいだろ。煙で噎せてんだから」
「吹かしでいいの!怜さんの匂い感じたいだけだから!」
「辞めとけ」
「お願い。1口吸って駄目だったら辞めるから!」
「…肺に入れんなよ」
自分が咥えていた煙草を私の口に入れる怜さんに胸が締め付けられる。ずるい。緊張しつつ少し吸ってみると匂いだけでおかしくなりそうだった。肺に入れずそのまま煙を吐き出す。怜さんが煙草を吸う理由は私にはまだ分からないみたいだった。
数本だけ頂戴?怜さんに会えない日用で」
「それは駄目」
「お願い!1本だけでもいいから」
私のわがままに怜さんが煙草を2本取り出して携帯用灰皿に入れて渡す。
「調子乗って大変なことになるなよ」
「うん!ありがとう!」
それを受け取ってもう一度だけ吸ってみる。2回目もやっぱり美味しくない。
「嫌そうじゃん」
「そ、そんなことない!多分肺に入れれるようになったら怜さんみたいに美味しく吸える!」
いきなり視界が暗くなって唇に当たる柔らかい感触。それが怜さんの唇だと気付くのにそう時間はかからなかった。少し長くて、恥ずかしさから段々火照ってくる体。お互いが吸ったセブンスターの香りによりおかしくなりそうになる。
「…お前にはまだこれくらいがいいんじゃない」
ゆっくり離したあと私の目を見つめてそう言った怜さんが、私の手から煙草を取り返して再び口に咥えた。
「それはずるいじゃないですか…」
「何赤くなってんだよ」
「だって、いきなりあんな…!赤くならない方がおかしい!」
「いきなりじゃないじゃん。お前からしてきたんだから」
「え?私?」
「ほっぺたにしてきたじゃん」
「…起きてたの!?」
「視線感じるし、頭撫でるし起きにくかったんだよ」
最悪だ。全部バレてる。あんなことするんじゃなかった。
「口にすんのかと思ったのに」
「だ、だって恥ずかしいじゃないですか!もし起きたらどうしようって思ったし…それに口は…初めてだし、やっぱり怜さんからしてもらいたかったから…」
「…初めてなのか」
「…そうですよ。またガキんちょだなって馬鹿にするんですか」
「いや、俺が初めてでよかった」
「怜さんはすぐずるいことばっか…」
ふっと笑ったあと最後に1口吸って煙草の火を消し、怜さんが立ち上がったので私も部屋に戻る。先にベッドに寝っ転がった怜さんに続いて私も寝っ転がる。未だに心臓はうるさいままだ。
「おやすみなさい」
「まだ寝かせるつもりないんだけど」
「え?」
横にいた怜さんがそう言って私の上に跨る。言わなくても分かる通り、やばい。
「続き、あるだろ」
「や!ちょ!」
近付いてくる怜さんの顔から必死に横を向いて抵抗する。とは言っても内心嫌ではないから腕の力は全く入っていない。目を強く瞑って覚悟を決める。と、上からふっといつも聞こえる鼻笑い。
「…え」
私の上から退いて横に戻る怜さん。
「お前ほんと慣れてないな」
「し、仕方ないじゃん!初めてだって言ったでしょ!」
「動揺しすぎ」
「だって…じゃあ、動揺しすぎたから萎えて辞めたの?」
「元からするつもりなかったよ」
「…私はガキんちょだもんね。そんな風に見れないよね」
ただの遊びか。覚悟決めて期待した私が馬鹿みたいだ。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「じゃあ、私のことそういう目で見れるんですか?」
「好きなんだからそういう目で見てるに決まってるだろ」
「え」
予想外の回答にすっとんきょんな声が出る。
「…我慢しなくてもいいのに」
「…お前意味分かってて言ってんのかよ」
「分かってるし!私だってそんなに子供じゃない」
無言で私を見つめ、そのまま背を向けておやすみと言った怜さんを見つめる。
今日は終始ドキドキさせられっぱなしだった。気付けば酔いなんてものはどこかにいってしまっていたし、まさか怜さんがあんな風に思っているなんて知らなかった。むしろ怜さんにはそういう感情すら無いんじゃないかとすら思っていたのに。
早く怜さんで染まりたいなんて思う私はどうかしているのだろうか。
.
.
.
.
.




