episode7 デート
「いってぇ…」
怜さんの声と共に私の腕が強めに何かとぶつかった衝撃で目が覚めた。隣を見ると怜さんが眉間に皺を寄せてお腹を抑えている。どうやら私の腕で怜さんのお腹に強烈なパンチを与えてしまったらしい。
「ごめんなさい、」
寝起きの声ですぐそう言うと、「お前はなんでそんなに寝相が悪いんだ」と怜さんも寝起きの声で言ってくる。そればかりは私に分かるはずがない。私はみんなと同じように寝ているつもりなのだ。
「悪気は全くないんです…」
ため息をついた怜さんがスマートフォンを見る。
「11時か…まだ寝れるな…」
「まだ寝るの?」
「眠い…」
「怜さんお仕事は?」
「今日休み」
「え!じゃあ、1日一緒にいられるじゃないですか!」
「だから泊まりに来させたんだろ」
怜さんが意外にも好きな人には尽くすタイプということが分かった。前から私が喜ぶことを計画的にしてくれる。実は怜さんの方が私のことを好きなんじゃないだろうかとさえ思えてくる。
「夜好きなとこ連れてってやるから今はもう少し寝かせろ」
「分かった!楽しみ!好き!怜さん!」
「うるせぇな…」
話している最中も目を瞑ったままで、寝たくて仕方ない意志が伝わる。夜になれば念願のデートができる。私もまだ眠たいし、今は怜さんと眠っていよう。怜さんを腕と足でがっしりホールドしてもう一度眠る体制に入った。
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沢山寝たからか、ふと目が覚めた。隣を見ると怜さんがスマートフォンを触っている。
「起きたか」
動いたのを察知して私を見た怜さんが言った。
「起きてたなら声掛けてくださいよ。寝顔見られるの嫌なんですけど…」
「気持ち良さそうに寝てるから起こさない方がいいと思ったんだよ」
今は何時かと私もスマートフォンを見る。お昼の3時。準備するにはいい時間だ。いや、むしろ遅いかもしれない。
「今日どこ行きますか?」
「なんか行きたいとこねぇの」
「んー…あ、プリクラ撮りたい!」
「却下」
「行きたいところ連れてってくれるって言ったじゃないですか」
「別に普通の写真でいいだろ」
「嫌だ!プリクラも撮る!プリクラ撮ってどこかでご飯食べてドライブしましょう!」
私の提案にあからさまに顔をしかめる。
「じゃあ、怜さんは何がいいんですか」
「特にない」
「じゃあ、決定です」
ため息をつきながらテキトーに返事をすると怜さんがベッドから起き上がる。準備を始めるらしい。私も怜さんに続いて起き上がり、準備を始めた。
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「できた!」
「やっとか」
準備が終わりそう声を出すと怜さんが何もしていないのに疲れたように言った。
「女の子は時間がかかる生き物なんですよ」
「行くぞ」
再度目の前の全身鏡を見て確認する。デートだからいつもより女の子らしい格好にしようと、今日はナチュラルなメイクに服装は黒のタイトなワンピース、ジャンバーを羽織って髪を巻いた。当然自分の中では納得いってる。怜さんも可愛いと思ってくれるはずだ。怜さんはといえば、ブラックコーデでシンプルに決まっている。シンプルなのにそれがいいのか、怜さんの良さを活かしていて凄くかっこいい。何をしてもかっこいいんだから、もしかしたら私に多少の恋フィルターがかかっているのかもしれない。
車に乗り込みシートベルトをすると怜さんが車を発進させる。しばらく車の中で揺られていると目的地に着いた。車から降りてお店の中に入る。
「怜さん、こっち!」
迷子になりかけている怜さんを誘導し、プリクラ機の前に辿り着く。400円だったプリクラも最近は500円になってしまって1度撮るだけなのにかなりの値段だ。500円が消えることは悲しいけど値段の分盛れてくれたら文句はない。
「いくら?」
「大丈夫です!ここは私に出させてください。この前お菓子とか買ってもらったし」
「それはまた別だろ」
「一緒です。私が撮りたくて来てるし」
「いや」
「いいです!私が出します!」
中々負けてくれない怜さんの目を見て食い気味にそう言うと、ようやく「そうか…」と奢られる気になってくれた。私がお金を投入していると横から「高過ぎだろ」と文句が聞こえた。
「進化しまくってるから500円になっても仕方ないのかもしれませんね」
「こんなのに500円も払うのか…」
全く気持ちが分からないというように顔をしかめる。怜さんは元が良いから加工なんかしたらむしろ変になるかもしれない。こればっかりは私が盛れる為だから許してほしい。
「荷物そこに置いて!急いで急いで!」
割と急かしてくるプリクラ機は最初が大事だ。画面の中に写っている自分を見て前髪等を微調整する。
「怜さんもうかっこいいじゃん…加工つけなくていいじゃん」
「お前が撮りたいって言ったんだろ」
「私より可愛くなったら私のプライドが…」
「可愛いから大丈夫だろ」
「えっ」
サラッとそんなことを言われて動きが止まる。心の準備ができていなかったから猛ダメージを食らってしまった。
「おい、なんかポーズ指定出てるぞ」
怜さんにそう言われて画面を見るとハートを作るように指示が出ていた。
「このまま同じポーズしたらいいんですよ」
ハートを作ると怜さんも私を見てハートを作った。してくれることに少し驚く。こういうのは恥ずかしがってしないタイプかと思っていた。3、2、1とカウントダウンが始まり、眩しいフラッシュと共にシャッターが鳴る。どうだと画面を見てみれば、可愛くはあるけどやっぱり横の人に負けている気がする。どこか悔しい。その後も何枚か撮影して落書きコーナーへと移動する。
「うわっ」
ペンを持ち画面をタップしていると横からそんな声が聞こえる。
「顔全然違うじゃん」
「かっこいいじゃないですか。確かに実物の方がもっとかっこいいけど。プリクラの私と実物の怜さんが並べば釣り合うかなー」
「実物の方がいい」
「怜さん意外とストレートに嬉しくなること言ってくれますよね」
「…失敗したくねぇから頑張ってんだよ」
「前の人は失敗したんですか?」
「…」
「いつか聞かせてもいいって思った時に過去の話も聞かせてくださいね」
「今聞かせろって駄々こねないんだな」
「当たり前じゃないですか」
話したくないなら、わざわざ話す必要は無い。誰にだって話したくないときやものがある。怜さんが話したいと思ってくれたときに聞けたらそれでいい。
「拗ねるかと思った」
「こういうところは意外と大人ですよ?」
気が楽だわ、と笑う怜さんを見て少しホッとする。もしかしたら聞いちゃいけなかったかもしれないと不安になっていたから。
無事落書きも終わり、プリントを待っている間スマートフォンで写真を撮った。写真の中でもやっぱり怜さんはかっこよくて、驚くほどの美顔に嫉妬する。プリントされたプリクラを取り、怜さんに渡す。
「捨てないでくださいね」
「捨てねぇよ」
プリクラを財布の中にしまってスマートフォンを見る。午後6時。予定ではこの後ご飯を食べるつもりだったけど夜ご飯にしては少し早いかもしれない。
「この後どうします?夜ご飯はまだ早いですよね」
「他行きたいところねぇの?」
「買い物したい」
「じゃあ、中回るか」
怜さんの提案に同意して気になるお店を次々と回り、2人で買い物を楽しむ。
「このぬいぐるみ怜さんの家に置きましょうよ」
「要らねぇ」
「えー、可愛いじゃないですか。ちょっと無愛想な顔が怜さんに似てるし愛着湧くと思う」
「似てないだろ」
「ここの鏡で見てくださいよ。ほら、似てる」
「…」
私が持っていたぬいぐるみを手に取り、にらめっこを始めて終わったあともぬいぐるみを直す気配はなかった。何かに納得し、買う気になったみたいだ。お店を回っていると気付いたときには7時半と丁度いい時間になっていた。
「そろそろ行きますか!」
「何食べんの?」
「んー…あ、ラーメン食べたいなぁ」
「初デートでラーメン選ぶ奴いないだろ」
「怜さん何食べたいですか?」
「なんでもいい」
「よし、ラーメン屋さん行きましょう!」
お店を出て車に乗り込む。
「どこか美味しいラーメン屋さんありますかね?」
「奥田ってとこが美味しい。よく行くけど」
「じゃあ、そこ行きましょう!」
怜さんが車を走らせる。
「怜さん好きな食べ物なんですか?」
「肉」
「おお、幅広い」
「肉はなんでも美味いじゃん」
「確かに。硬いのは中々飲み込めなくて嫌だけど」
「やっぱりガキだな」
「ガキガキうるさいですよ!」
あまりに子供扱いされるから少し拗ねてしまう。きっとこういうところが子供なのだろうけど。拗ねさせた張本人は「どこだったけな…」と頭を悩ませながら運転していた。普段パトロールをしてるんだから…と思ったけど、もしかしたらこのルートは通らないのかもしれない。
「パトロールはこの道通らないんですか?」
「通る」
普段この道の何を見ているんだと、思わず心の中でツッコむ。実は方向音痴なんだろうか。私は記憶力には自信がある方だけど生憎今から行くラーメン屋さんはどこにあるのか分らない。…いや、待てよ。よく行くお店だと言っていたのになぜ分からない?
「よく行くんですよね?」
「…このルートからは行ったことねぇんだよ」
言い訳してる。絶対なんとなく分かるはずなのに言い訳してる。しかもまだ何かぶつぶつ言ってる。
「怜さんも子供みたいなところあるんですね」
「うるせぇ。ねぇよ」
認めないあたりが子供だ。
「あ、ここか」
そう言って角を左に曲がると小さなラーメン屋さんが目に止まった。地元民にしか分からないような古びたラーメン屋だった。
近くの駐車場に車を停めて降りる。
「いらっしゃい!」
こじんまりとしたお店のドアをガラガラと音を立てて開けると人が良さそうなおじさんが大きい声で言ってくれる。
「お!怜くんじゃん!」
怜さんの顔を見て笑顔でそう言う。きっとこの人が店主だろう。
「今日は女の子も一緒?」
「はい」
「テキトーに座っちゃって」
特に私について触れてくることもなくカウンター席に座る。怜さんがメニュー表を出してくれたので選んでみる。
「塩で!」
「塩と味噌でお願いします。あと餃子も」
「はいよー。これお冷ね」
「ありがとうございます」
初めて来たけど、どこか親しみやすい雰囲気のお店で居心地が良い。
「いつも1人で来るんですか?」
「うん。仕事の休憩があるときとか」
「へー。常連さんなんですね」
「まあな」
「怜さん明日お仕事?」
「うん」
「私も明日はバイトだー…」
「じゃあ、今日は早めに帰った方がいいな」
「遅くてもいいよ!」
「お前がサボり魔なのは春翔たちから聞いてるぞ」
奴らめ。次会ったときはシバいてやろう。
「22時には帰るか」
「22時!?まだ夜も始まったばかりの22時!?ありえない!嫌だ!」
「お前がちゃんと行くようになれば別にいいけど、一応仕事してんだから責任感持て」
正論を言われて言い返せなくなる。確かに言われている通りで、もちろん何も思わずに休んでいるわけではないけど心の中でどう思っていたって職場の方にご迷惑をおかけしていることには変わりない。真剣に向き合わないといけないことを改めて痛感する。
「別にやりたくないなら辞めてもいいんじゃねぇの?まだ学生なんだし、学校はちゃんと行ってやる事やっとけば大目に見てもらえるだろ。親とどう話してるかは知らないけど」
「バイトしないとお金無いから不便なんですもん」
「じゃあ、ちゃんと行け」
「んー…」
「なんのバイトしてんの?」
「カフェ」
「楽しくねぇの?」
「楽しくはないけど…バイト終わって家に帰ったあとが嫌なんです。疲れてるから気を休ませたいけどなんか休まらなくて、疲れが蓄積されていく感じが」
「お母さんと上手くいってないわけではないだろ?」
「上手くはいってますよ。けど…帰ったらいつも気持ちが下がるんです。個人的な問題なのかもしれないけど」
「はい、出来上がり!」と私たちの目の前に2つのラーメンを置いてくれた店主さんにお礼を言って、手を合わせてから出来たてのラーメンを頂く。
「ん、美味しい!熱い!」
「当たり前だろ」
怜さんは一生懸命息を吹きかけている。もしかしたら怜さんも猫舌なのかもしれない。
「前も家に帰りたくないつって深夜徘徊してたもんな」
「なんか…あんまり家が好きじゃない。お母さんは大好きだし、喧嘩とかしてるわけでもないから理由は分からないけど…」
「…まあ、そんなに休むくらいなら辞める、辞めないならちゃんと行くってしないと」
ようやくラーメンを口に運んだ怜さんがもぐもぐしながらそう言うので頷く。「今日も美味しいです」と店主さんに言っている怜さんの横で私も「凄く美味しいです」と言えば、店主さんは嬉しそうな笑顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれた。その後も店主さんも含め他愛ない話で盛り上がり、美味しいラーメンを食べ終わると席を立った。
「いつもありがとうなー。お姉ちゃんもまた来な!」
「はい、ぜひ!」
会計を済ませて改めて店主にお礼を言ったあと、お店を出て車に乗り込む。
「美味しかったー。店主さんも優しい方ですね。居心地良かった」
「だろ。すげぇ良くしてくれんだよ」
ドライブは特に行く先を決めることはせず、ブラブラすることにした。音楽をかけてお互いしばらく無言のまま外の風景を眺める。
「怜さんはなんで警察官になったんですか?」
先に沈黙を破り、ふと気になったことを聞く。
「俺が学生のときお世話になった警察の人がいたんだよ。その人に憧れた。その人みたいに子供の支えになれる警察官になりたいって」
「じゃあ、怜さんの夢は叶ってますね。私たちは怜さんに支えられてるから」
「もう少し手がかからねぇと有難いんだけどな」
怜さんのことがまた1つ知れて嬉しくなる。同時に怜さんのことを1番慕い、憧れている優はもしかしたら怜さんと同じように警察官になるのだろうかと思う。もし本当にそうなったら凄く素敵だ。法律を守るために厳しく取り締まることも大事なのだろうけど、やっぱり私たちみたいな子供には怜さんのようにしてくれる人も大切なのだ。大人からしたら「子供のくせに」だとか「子供だから」なんて感じるかもしれないけど、きっと私が大人になってもこの考えは変わらないんじゃないかと思う。
「怜さんが警察官になってくれてよかった」
「俺の師匠に感謝だな」
「怜さんが弟子か…生意気そう」
「お前には言われたくねぇ」
「生意気なのは春翔と諒ですよ!」
「次にお前だろ」
「生意気なつもりはありません」
「無自覚か。そのうち誰かに怒られるぞ」
「怒られ慣れてます」
「そんなドヤ顔で言うことじゃねぇ」
それからも楽しいドライブが続いた。海が見渡させる橋を渡ったり、夜景が見えるスポットの前を通ったり。夢に見ていたデートで心が踊る。
「帰りたくないな」
小さくボソッと呟いた私の言葉を怜さんは聞き逃さなかった。
「別にまた来ればいいだろ」
「それはそうだけど。今日は怜さんにハグして寝れないんだって思うと寂しいです」
「ぬいぐるみか枕に抱きついとけ」
「また泊まっていいとき教えてくださいね」
「うん」
素っ気なくそう返しながら帰る方向へと車を走らせる。数十分もすれば私の家には着いてしまった。
「ちゃんと寝ろよ」
「怜さんもしっかり寝てくださいね」
「うん」
私が車を降りようとすると「おい」と腕を掴まれた。
「はい?」
シートベルトを外し、少し身を乗り出した怜さんが私の腕を引いて引き寄せ、優しく抱きしめた。突然の行動に困惑していると耳元で、「これで寝れるだろ」と言う。怜さんとハグして寝れないのが寂しいと言ったさっきの発言に応えてくれたんだろうか。頷いて私も抱きしめ返す。そして体を離し、私は車を降りた。怜さんが窓を開ける。
「今日はありがとうございました!楽しかったです」
「俺も。またな」
そう言って手を振り、私が家のドアを開けたのと同時に車を走らせた。家の中に入り、自分の部屋へ行く。
かなりやばい。怜さんからハグされた。煙草の匂いもしたけど、少しツンとしているのにどこか甘い香水のいい香りだった。私が初めて怜さんのベッドで寝たときと同じ香り。私からすることはあったけど、怜さんから抱きしめてもらうなんて初めてだったからニヤケが止まらない。ニヤニヤしたまま怜さんに改めてお礼のLINEを送る。スマートフォンの中のアルバムを開くと2人で撮った写真やプリクラで溢れていて胸が踊る。本当にカップルになったんだと今初めて実感が湧いた。しばらくそうして過ごしていたけど返事が返ってくる気配はなかったから私はお風呂に入ることにした。
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お風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながらスマートフォンを見ると返事がきていた。
"こちらこそありがとう"
"今週また泊まりに行っていいですか?"
そう返して髪の毛を乾かしているとすぐに返事が返ってくる。
"うん"
素っ気ない2文字だけでも嬉しくなる。家に帰ってからまだ1時間程しか経っていないのにもう会いたい。私ってこんなタイプだったっけ、なんて考える。明日はバイトがあるからとその日は連絡を早く切り上げて私は眠った。
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