episode2 きっかけ
「おい」
「あ、はい」
「何考え込んでんだよ。戻るぞ」
何度も名前を呼ばれていたらしいのに気付かなかった。どうやら煙草を吸い終わったようだ。部屋に向かう彼を追い、私も部屋に戻る。
「怜さんと出会ったときのこと思い出してた」
「なんで?」
「なんとなく」
意味分からねぇと首を傾げる怜さん。
「やっぱり私一目惚れしてたよ」
「それもう10回くらい聞いた」
「何回聞いても嬉しいでしょ?」
「別に」
「好き」
「はいはい」
「怜さんも言ってくださいよ」
「嫌だ」
「嫌なんですか、私のこと!」
「うるせぇ」
「黙らせたかったらちゃんと言ってよ!」
「…好きだって」
ため息を深くつき、だるそうに、恥ずかしそうに、沢山の感情を読み取れる顔で頭を掻きながら下を向く。怜さんは照れるとよくこの仕草をする。
「可愛いな!私だって好きですよ!」
「言ったから黙れよ」
「冷たいんだからー」
怜さんと初めて会話を交わしたのは私が1人で夜中に外へ出ているときだった。
その日はなんだか沈んだ気持ちで心が重く、気を紛らわす為に外に出ていた。家の近くにある港に行き、海を眺めながらなぜか止まらない涙を流す。このまま死ねたらいいのにと少しの自殺心を芽生えさせていたときポツポツと雨が降り出してきた。普段なら濡れるのは嫌いだから家に戻るけど、その日は体を動かす気になれず、強くなっていく雨の中ただ座り込んで荒れ出した海をずっと眺めていた。
荒れている世界は好きだ。自分だけが生きているような気持ちになるし、もう少しでこの世が終わるのではないかとありもしないことに期待できる。何より、荒れている世界は凄く綺麗だから。
「おい」
頭上からいきなり声をかけられ、驚いて顔を上げるとどこかで見たことのある顔。
「…お前この前の」
「あ、怜さん」
「濡れてるぞ」
「はい、知ってます」
「…車の中入れ」
どうしようか迷ったけど、わがままを言って迷惑をかけるのもよくないから言われるがまま車の中に入る。
「これで拭け」
運転席にいる怜さんが後部座席にいる私を振り返ってタオルを渡してくれる。
「ありがとうございます」
小さい声でお礼を言ってタオルで頭や体を拭く。
「怜さんなんでここにいるんですか?」
沈黙している空間に耐えられず口を開く。
「パトロール中だったからサボりに来た」
「駄目じゃないですか」
「こんな時間に外にいるなんて駄目じゃないですか?」
そう返してくる怜さんに何も言えなくなる。
「今日は春翔たちと一緒じゃないのか」
「はい。今日は集まってないです」
「そうか」
再び沈黙が続く。次に口を開いたのは怜さんだった。
「お前なんでこんな雨の中いたんだ」
「…海見たくて」
「雨降ったときくらい帰れ」
「荒れた海好きだから」
そう言ったあとに後悔する。荒れた海が好きだなんて頭のおかしい奴だと思われただろうか。青くてキラキラしている海が綺麗に決まっているのに。
「ああ、確かに。綺麗だよな」
「え、分かりますか?」
「世界が終わりそうで楽しいもんな」
怜さんが私と同じ気持ちであることが嬉しくて、自然と口角が上がった。まさか分かってもらえるなんて思ってなかった。
「お前家どこだ。送る」
喜んだのも束の間、そう言われさっきまでの沈んだ気持ちがぶり返す。
「あー…自分で帰ります」
「まだ雨降ってるけど」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「お前帰る気ないだろ」
冷静なトーンで見抜いてくるから車を降りようとしていた体の動きが止まる。
「帰りたくない理由でもあんのか」
「…お母さんと二人で暮らしてるんです。仲はいいんですけど…なんか…」
「ずっと外にはいられないだろ」
「いいところ探して野宿でもします」
「馬鹿か。危ねぇわ」
ほぼ初対面だというのに馬鹿呼ばわり。口が悪い人だ。
「あ、諒に電話して泊めてもらいます!」
「じゃあ、今電話して聞け」
私を疑っているのか確かめるまで降ろさせる気はないらしい。流石に1人で野宿なんて怖くてするわけがないのに。
諒に電話をかける。いつもなら5コール以内で出るのに今日に限って中々出ない。出てくれと心の中で祈り続けるも虚しく、電話に出ることなく切れてしまった。
「ええ、なんで!?」
「いきなり大声出すな」
「あ、すみません…」
「出たか?」
「いいえ…」
「…家どこだ」
「お願いします!今日は絶対に帰りたくないんです!」
「なんで」
「…そういう日もあるじゃないですか。言葉にできない気持ちというか…」
怜さんが深くため息をつく。
「じゃあ、お前どうするつもりだよ」
「…諒の家に不法侵入でも」
「今ここで捕まえられるぞ」
そうだ。彼は警官だった。自由過ぎてすっかり忘れていた。
「本当に家には帰りたくないんです」
「この時間だとホテルもチェックインできねぇしな…」
彼は困ったという風に頭を抱える。
「…家来るか」
「え?」
「俺ん家、来るか」
「…ええ!?」
私の聞き間違いではないことが分かった。今彼は俺の家に来るかと言った。どういうことだろう。彼は警察のはず。未成年を、しかも異性を自分の家に泊めるなんて絶対にやってはいけないことなはず。ましてやほぼ初対面なのに。
「捕まりますよ!?」
「うるせぇな、声でかいんだよお前」
「すみません…でも流石に家は…」
「じゃあ、家教えろ」
「…」
「別に何もしねぇ。ガキんちょに興味はない」
「そこは疑ってないです。ガキんちょでもないし」
しかも興味ないって…当たり前だけど結構傷付く。
「…いいんですか?」
「親御さんには絶対連絡しろ」
抵抗はあったけど他に行くあてもないから怜さんの家に泊めてもらうことにした。お母さんに電話して春翔たちの知り合いであることも含め説明したら納得はあまりいってなさそうだったけど、怜さんが電話を代わり、お母さんに責任をもって今晩は預かりますと話せば渋々了承してくれた。怜さんはまだ仕事があるから先に家に送ってもらった。
「飯食ったの?」
「はい」
「じゃあ、風呂入って寝とけ。風呂はそっち。寝室はあっちな」
「あ、でも服とか持ってないです」
「俺の貸す」
「え!?」
「おい。声でかいって言ってるだろ」
「あ、すみません…」
怜さんがクローゼットから部屋着らしきものを取り出して私に渡す。
「今日はこれ着て早く寝ろ」
「はい…」
「喉乾いたら冷蔵庫に水あるから勝手に飲め。じゃあ」
そう言って彼は足早に家を出た。鍵を閉める音が聞こえ、私は1人ポツンとリビングに残される。とりあえず、お風呂に入った方がよさそうだ。濡れていたからか暖かいお湯が気持ちよくて緊張が和らぐ。
「わ、いい匂い」
シャンプーをしたとき清潔な匂いがして思わず声が漏れる。ボディーソープもまたいい匂いで、彼は嗅覚センスが抜群なのだと確信した。お風呂を出て借りた服を着ると男性にしては華奢な体つきから問題ないだろうと思っていたけど、やはり男の人だ。少しサイズが大きい。服からも甘い柔軟剤と少しツンとした匂いが漂う。
「…これは女いるんじゃ」
彼女がいるのではと洗面台を見たけど歯ブラシは男物1つ。寝室に入ってみてもそれらしきものはなかった。それにしても整理整頓されていて綺麗な家だ。こんなにいい匂いで整理整頓されているのに女の人がいないなんて…。
電気を消し、のそのそとベッドに潜り込むと彼の匂いがして少し口角が上がってしまう。いけない、これじゃただの変態じゃん。しばらく瞼を閉じていると疲れと怜さんの匂いのおかげか、すんなりと眠りについていた。
.
.
.
.
.




