第二章 チェッカーボーン修道院 ㈠
ベルンデン中央駅は、王国の鉄道網の大動脈の要として、鉄道事業開始時期より多くの蒸気機関車がこの駅から王国の隅々へと向かった。
駅は改築に次ぐ改築で、構内は宮廷のように広い。
駅の表玄関から入ると、切符売り場まで続くホールは日の光が天井から降り注ぐ。
産業の発展の象徴の太い鉄骨で組まれたドーム状の屋根にガラス板がはめ込まれ、そこからホームは、汽車に乗る乗客の喧騒と、蒸気機関の熱気がこもり、地方から訪れた者は、ここで王都の繁栄と大都会の洗礼を受ける。
*
ヘイグスウッド伯爵邸での会談の後、一週間後にチェッカーボーンの修道院へ向かう約束をしたレイヴンとモーリスはマークの運転する自動車で、駅までやってきた。レイヴンの心配はモーリスがまた約束をすっぽかすかと思ったが、今回は前よりも前のめりな反応で、王立学院まで迎えに行ったときには、表門の前で待っていたほどだった。
駅の中央玄関に横止めされた自動車から出てきた二人は、マークに別れを告げると、駅構内へ入っていった。
自動車が止まった時は、物珍しさもあって見つめる者もいたが、その視線も長くは続かなかった。
モーリスの格好は以前、レイヴンに買ってもらったジャケット一式を着こみ、シャツはしっかりと洗濯してあり、白さが際立っていた。対する、レイヴンはグレーのキャスケット帽に、同色のサック・コートを着こんでいた。中のベストも同色で、襟元は安物の薄い緑色のスカーフを巻いている。
労働者の身なりで自動車から降りたときには、人目をさらったが、それも長続きはしない。駅構内の雑踏に紛れ込めば、身分の差は目立たないほどの喧騒に包まれるからだ。
「それにしても、変装までしなくてもよかったんじゃないかな?」
切符売り場の長い列に並んだ二人は、チェッカーボーンまでの経路を地図で確認しながら話し込んだ。
「いや、必要だと思う。侯爵はできるだけ目立たないように行動してほしいと言っていた。そのためにはいつもの格好では駄目だろ。だから、マークに相談したのだがな。そこからが大変だった」
「ほう。それは大変だったんだろうね」
友人は目線を地図から離さず言う。列は思ったよりも早く進んでいく。前を見ると、売り場の駅員の顔が見えるところまでやってきた。
「ああ。マークがメイドたちに話してしまって、面白がってあれこれ提案してきてな。大方の意見を集約して、一昨日、既製服で購入してきたんだが……」
「サイズが合わなかったと、か?」
「そうだ。見っともないことに」
地図から目を離した友人は顔を下から上にかけて動かして見る。レイヴンは、まるで店のショーウィンドウに立っている気分を味わった。
袖と裾が足りておらず、手首と足首がわずかに見える。足首は座った時には特に目立つので紺色の靴下を履いて、遠目からは目立たないようにしたつもりだ。
「まあ、いいのでは。そこまで人のことをじろじろ見ることはないと思うよ。それよりも、帽子はこう被ると完璧だ」
モーリスは地図を片手に持ち、反対の手でレイヴンのキャスケット帽を無造作にいじり、浅めにかぶせる。しかし、すぐにまた元に戻す。
「君の髪色は目立つからね。深くかぶっていればいいよ」
「ああ。そうする。忠告ありがとう」
「どういたしまして」
前の客が去り、レイヴンたちの番が回ってきた。
「どこまでお行きで?」
駅員の事務的な言葉に、モーリスが地図を片手に指さして言う。
「チェッカーボーンまで行きたいんだが、途中の乗換駅はどこかな?」
駅員は少し身を乗り出して地図を見て、カウンターをごそごそと漁ると、再び視線を上げた。
「モーリーパーク駅で支線に乗り換えてもらえばいい。モーリーパークまではどうするね。生憎だけれど、次の列車は一番安い席が空いていないから、少し高くなっちまうけど」
モーリスが、そうだね、と言いながらレイヴンの方を見つめたので、レイヴンはとっさに口に出した。
「一等車で頼む」
「おう。太っ腹だね。兄ちゃん」
駅員が切符の準備でカウンターに視線を戻していると、モーリスが茶化すように駅員にいう。
「まったく、困ったものだよ。少し大金が入ったから、すぐに貴族様のまねごとをしちゃうんだから」
いたずらに、にやりとした笑みをレイヴンに向けてくる。
「まあ、旅行を楽しんできなよ」
駅員はそう言いながら二人分の切符を渡してきた。
それを受け取った二人は、ホームへと向かった。
「わざわざ一等車に乗らなくてもいいだろ。君の金だから文句は言わないけれど、そこまでしなくてもいいと思うな」
どのホームなのかと確認しながら、雑踏の中を見回していると、友人が言う。
「いいだろ。個室でなら色々話せる」
「まあ、それもそうだけれど」
目当ての列車の止まるホームを見つけ二人は向かった。
発車までは時間があるので、モーリスは売店へ向かい新聞と、途中でお腹が空くからと言って、お菓子を何個か買ってきていた。
「君はこんな庶民の菓子は物珍しいかもしれないけれどね」
買ってきた菓子の袋を見せびらかしながら、言ってきた友人から菓子の袋を奪うようにしてとると、レイヴンは袋の中に手を入れて、菓子を一つ手に取り頬張った。
口に広がるくどいくらいの砂糖の甘みと、そのあとに広がるチェリー風味の酸味。噛むとじゃりっという触感とともに、口の中の菓子は消えてなくなった。
「懐かしいな。これ」
「レイヴンはこれ好きでしょ。学院時代によく市街に出て行ったときに食べていたよね」
「ああ。あの頃以来だ。一度、マークに買ってきてもらおうとしたら、そんなの子供の食べ物だからと言われてしまったよ」
レイヴンがそうこぼすと、モーリスはくすくすと笑って、列車に乗り込んだ。レイヴンも続いて列車に乗り込むと。汽笛の音が鳴り響き、間もなく出発すると駅員が呼びかける声が聞こえてきた。




