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ハイゼン王国記 ~禁書を携える者たち~  作者: 烏丸 九郎
第四章 レイヴンの過ち
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第四章 レイヴンの過ち ㈡

 王都のローゼンガルド邸は宮廷に近い地区にある。王国建国以来の家系であり、所領も王都に近い場所にある。 


 朝日の差し込む食堂で、レイヴンは独りで朝食を食べていた。


 アリシア王女の降嫁が決まり、父親がローゼンガルド家の当主を退いてから、レイヴンは王都のタウンハウスで一人、生活していた。

 貴族院議員の議席も譲り受けたため、情報を網羅しようと王都で発行される数部の新聞を朝食の席で読むようになった。


 最後の新聞を手に取り、重要な記事だけをかいつまんで読んでいく。多くの記事はどの新聞も似たり寄ったりのもので、ここ最近は王太子の件でもちきりだった。他に目立つところでは、東部の貧民街を中心とした連続殺人だが、この件は新聞の情報だけを見ると、各紙で論調が異なり、貧民街では事件が起きていないため、わが身のこととして感じていない大衆の関心はその事件の異様さに注がれている。


 先日の娼婦が殺されてから、数日は事件も起きておらず、新聞も過去の事件のまとめのような記事が多い。


 紙面を流し読みしていた時、地方の事件を知らせる小さな記事が目に入った。いつもであれば、地方の事件などは気にすることもなく流していくが、この事件だけは違った。


――チェッカーボーンで、殺人事件 王都の事件との関連は?


レイヴンは見知った地名を見つけ、思わず記事に見入る。小さな記事なので文面も少なく。何度も読み直した。


 カナレン司祭が王都の連続殺人鬼と同様の手口で殺されたことが書かれていた。口にペリン硬貨が残されており、腹部と首を切り裂かれて、チェッカーボーンの街と修道院の間の道端で殺されていた。


 レイヴンは新聞を折りたたむと、立ち上がった。今日の予定を頭の中で反芻する。後に回しての問題のない用事しかない。


「旦那様。本日の予定ですが――」


 執事がレイヴンの予定を告げにやってくるが、それを手で制する。


「今日は急用ができた。今日の予定は後日片付ける」

「かしこまりました」


 執事が頭を下げて、一歩退いたのを見てから、従僕にコートを羽織らしてもらい、帽子を受け取ると言った。


「今日は帰りが遅くなると思う。夕食の準備はいいから、夜食を用意しておいてくれないか」

「かしこまりました」


 執事が頭を下げたのを見て、レイヴンは玄関へ向かった。


  *


 王立学院へ着くと、レイヴンは真っ直ぐ、モーリスの研究室へ向かった。早朝の時間なので、友人は寝ているか、本日の講義の準備をしているのかもしれない。


 チェスターフィールド・コートを翻して回廊を進んで行くと、いつもは中央の芝生の庭で思い思いに過ごしている生徒の姿が見えない。早朝ではあるが、学院時代を思い起こせば、この時間でも庭で鍛錬する男子生徒はいたはずだ。


 飴色の木の床の廊下にボタン・ブーツで踏み込んだ。コツコツと足音を響かせて、モーリスの研究室の前まで行くと、ドアをノックした。すぐに、ドアが開きベルガーが顔をのぞかせる。以前仕立てた新しい執事服を着ている。


「レイヴン様。ようこそおいで下さいました」


 部屋に入ると、ベルガーにシルクハットと、コートを渡す。ダークブルーのラウンジスーツの姿のレイヴンンは、いつも座っている椅子に座った。コートと帽子を片付けたベルガーがお茶を入れようと準備を始めたので、レイヴンは止めた。


「今日は至急、モーリスに用があって来たのだが、彼はどこに?」


 部屋の中に入った時から、片付いた部屋にはモーリスの姿はなく。変わったところといえば、窓際の椅子の上に読みかけの本が置いてあるあるぐらいだった。


「教授は本日、学院の教授会に出ております。今日は丸一日が休校となっておりますので、生徒の方々も学院にはいらっしゃいません」


 ベルガーはそういうと、椅子の上の本を手に取り、本棚に戻した。


「そうだったか。しまったな」


 口を手で覆い、しばし考える。


 モーリスを誘い、一緒にチェッカーボーンへ向かい、シスター・リリアをローゼンガルド邸へ迎える。ヘイグスウッド伯爵たちが言っていた、禁書を求めるもう一つの勢力がカナレン司祭を殺害したのであれば、リリアの命も危ないと考えてのことだった。


 窓辺を背に立つベルガーに、紙とペンを持ってくるのに頼むと、レイヴンはモーリスに置き手紙を書いた。


「これを、モーリスが帰ってきたら渡してほしい」

「かしこまりました。ですが、教授は、終日帰ってこないかもしれません。その場合はどういたしましょうか?」


「では、夜になっても私からモーリスへの連絡がなければ、私の家に来てほしいと伝えてはくれないかな」

「かしこまりました」


 胸に手を当てて礼をする、ベルガーに微笑むと、レイヴンは不意に一つの考えが浮かんだ。


「そういえば、ベルガーはその服のまま、外へ出るのか?」

「はい。レイヴン様より頂いたこの服は仕立てが素晴らしく、着心地もよいので助かっております」


「それはよかった。だが、その服は室内ならいいが。外では、もっと控えめな服がいいかもしれないな。今度、普段着を仕立てさせよう」

「それは、恐れ入ります。ですが、教授と外に赴く際には、私は本の中におりますので、教授と並んで歩くことはありません」


 くたびれたジャケットを羽織ったモーリスと、その一歩後ろを歩く執事服を着た黒髪の長身のベルガーが並んで通りを歩いている姿を考えて、思わずレイヴンは口元が緩んだ。


「いや、これからはベルガーも外をモーリスと歩く必要が出るかもしれない。既製服があればいいが、今度じっくりと君の服も考えてみよう」

「ありがとうございます。レイヴン様」


 再び礼をするベルガーに、出かける旨を告げて、コートを羽織り、帽子をかぶると、友人の研究室を後にした。


  *


 ベルンデン中央駅に着くと、早朝の利用客で通りは多くの人が歩いていた。駅のホームから湧き上がる蒸気と、駅前の屋台の呼び込みと、靴磨きの子供たちが常連客の靴を素早く丹念に磨いている姿が見える。


「お帰りはいつになりそうですか?」


 ドアを開けてくれたマークの問いに、レイヴンはチェッカーボーンからここまでの帰路を考える。


「モーリーパークあたりで電話を掛けることにする。前の時よりは遅くなるかもしれないが、頼む」

「かしこまりました。旦那様」


 こげ茶のキャスケット帽を脱いで、礼をするマークに、レイヴンは一声かけて駅の中へ向かった。


 切符売り場で、運よくモーリーパーク駅までの一等客車の切符を買うと、出発時間近くの利用客でごった返すホームへ急ぐ。途中で売店が目に入り、懐中時計で時間を確認すると、少しだけ時間がある。


 レイヴンは、売店へ向かうと店員がとびっきりの笑顔で声を出した。


「ようこそおいで下さいました。何にいたしましょうか」


 チェッカーボーンまでの長い旅路を考えると、軽い食べ物は持っていた方がいいのかもしれないと思い、食べ物が置いてある棚を見る。すると、以前モーリスが買ってきた砂糖菓子の入った瓶が目に入った。


「では、あれを貰おうか」


 レイヴンの指先を目で追った店員は、お菓子の瓶を見ると少し怪訝な顔をするが、すぐに商売人の顔に切り替える。


「いかほどにいたしましょうか」


 瓶の蓋を開けた店員は、レイヴンに笑顔を向けた。


「そうだな。十ペリン分ぐらい貰おうか」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員は瓶からお菓子を器具で掬い、紙袋に入れて重さを量る。少し、こちらの顔を見て、瓶から少しだけお菓子を追加して掬うと紙袋に入れる。


「どうぞ。十ペリン分でございます」


 定員が差し出した紙袋と、代金を交換する。

 レイヴンは紙袋を持って、少し違和感を感じた。


「店主」

「はい。何でございましょう」


 張り付いた笑顔は少し強張っている。貴族の客からの苦情に備えてのことかもしれない。


「少し多いように感じるが」


 レイヴンの一言に、店員は口元の緊張を解いて、口を開く。


「旦那様は、そのお菓子を使用人の子供に渡すのでしょう。そんな果報者の使用人に私かのささやかな贈り物でございます。お受け取り下さい」

「そうか。ありがとう」


 店員の一回り外れた思考により、お菓子を多く受け取り、レイヴンは一等客車へ向かった。

 客室に入ると、汽笛が鳴り、ゆっくりと汽車はホームを後にする。


「そんなに私はお人よしに見えるのか?」


 おまけされたお菓子を口に含み、ゆっくりと噛みしめた。くどいくらいの砂糖の甘みと、チェリー風味の酸味が広がる。塊が溶けて、舌に残る粗い砂糖の粒が、お菓子の余韻を口の中に広げた。


 汽車はホームを抜けて、ベルンデンの境を抜けると速度を増して進んで行った。



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