第三章 王都の殺人鬼 ㈣
ステンドグラスから差し込む光は、相変わらず暗い。曇り空の多いチェッカーボーンがもたらす光では、小さな礼拝堂でも光で満たすことはできない。
リリアは蝋燭を灯して祭壇に跪き、祈りをささげた。
胸元のペンダントが青い光を放ったのは数日前のことだ。あの夜感じたのは恐怖と高揚感だった。
禁書が存在し、ペンダントが反応し光を放った。それは、伝えられている伝説が真実だったということが証明されたことだった。
禁書管理官として過ごした人生の中で、多くは禁書についての伝記を読み、老修道士から書物には載っていない歴史を学ぶ日々だった。毎日繰り返す祈りと生活の日々に追加された時間は、いつしか繰り返しの日々となり、変化のない日常となった。
それが、禁書の存在を確信したことで、今まで学んだ伝記から感じた恐怖を思い出した。だが、恐怖とともに自分はこれから禁書管理官としての使命を全うできる喜びを感じた。神より与えられた試練の道を歩むことができる、求道者としての歩みを進めるのだ。
「やはり、ここにいましたか」
小さな礼拝堂に響く声は、院長のものだった。
「院長様」
振り返ったリリアは、衣擦れの音をさせながら歩いてくる院長を見て頭を下げた。
「いいのですよ。あなたの祈りは神に届いていることでしょう」
「はい」
院長に促されて、礼拝堂の信者席に座る。前後の席に座った二人は、リリアが振り向くような形で対面した。
「最近、カナレン司祭様と何かありましたか」
その言葉にリリアは頷くとともに、下を向く。
ペンダントが光った夜のことは自分の胸の中に秘めたままだった。カナレン司祭に報告する必要はある。それでも、彼に黙っていることはリリアの心の中にある引っ掛かりがあるからだった。
司祭はこの事実を知った時にどういう反応をするのだろうか。鼻で笑って終わるのだろうか。使命に対して目覚め、リリアを先導し禁書管理官としての職務を全うするだろうか。
リリアが決めた答えは、彼に話したところで何も変わらないということだった。
司祭は、チェッカーボーンにいることに不満を感じている。ここでの滞在を勧め、旅費などの費用を負担してくれているカルパティエン侯爵にも感謝の言葉もなく、不平を漏らすばかりだ。それに、最近知ったことだが、夜中にこっそりと街の方へ行っているようだ。それを問いただすことはリリアの職務でもなければ、司祭の不機嫌な返答を考えるだけで問いただす必要は感じなかった。
「司祭は気難しい方です。私は伝え聞いたことしか知りませんが、聖都でいろいろとあったと聞いています。教皇猊下とも関係がよろしくないという話も聞いています」
司祭は、現教皇が選定されたときに、他の枢機卿の派閥にいた人間だった。禁書管理局への異動で、その枢機卿の派閥を離れたと聞くが、不祥事を起こして見放されたとも噂されていた。
「司祭様は、他の枢機卿をお支えしておられたので、教皇猊下との関係がよくないのは確かです。私が、教皇猊下と親しいのをよく思っていないのも存じております」
「そうですか」
院長は慈母の微笑みを持って頷く。
「院長様。私は――」
「いいのですよ。そう急くことはありません。あなたの心が許したときに、お話しなさい」
リリアが打ち明けようと、口を開くとともに院長はそう言った。
院長の分け隔ての無い姿勢は、他の修道女に対してもそうだった。ここの修道女は皆が院長を慕っている。
この人になら打ち明けてもいいのだろうか。
リリアの心の中の天秤は、大きく院長へ心の内を打ち明ける方へ傾いた。
「院長様。私の持つペンダントが、数日前の夜光ったのです」
リリアは胸元から、無色透明小さな水晶のペンダントを取り出して見せた。修道女が身に着ける装飾品としては華美の部類に入るそれを見ても、院長は静かに微笑んでいる。
院長の頷きで、リリアは言葉をつづける。
「このペンダントは禁書の力が使われた時、新たな契約者が現れたときに光ると言われていました。もしかして、この国の中で禁書の力が解き放たれた可能性があるのかもしれません」
リリアは一思いに話すと、ペンダントを胸元に仕舞った。
院長と司教には禁書管理官としてきたことは話してある。禁書についての二人の知識は自分よりは浅い。だが、大まかな筋は教会に奉仕する者として他の修道女たちよりも知識があるはずだ。
リリアの話を聞いて、院長の微笑みは消え、眉を寄せた。
「それは確かなのですか?」
「ええ。光るのを見たのは初めてですが」
「そうですか。そのことを司祭様には?」
「言っていません。信じてもらえるかも疑わしいですから」
「賢明な判断です」
院長は立ち上がり礼拝堂の入口へ向かった。リリアも院長の後に続いて礼拝堂を出た。
苔むした回廊を進み、石畳の回廊に入る。蝋燭の炎に照らされた薄暗い回廊を、数人の修道女と行きかったが、誰もが院長の顔を見ると驚いたように立ち尽くしていた。
「シスター・リリア。今日は部屋にいなさい。いいですか。司祭様が何か言っても体調がすぐれないとでも告げて、相手にしないことですよ」
普段の院長の口からは出ない、冷徹なまでの強い意志のこもった言葉だった。
「はい」
返事とともに頷いたリリアを見ると、院長は部屋に入った。
すぐに自分の部屋に戻ろうと思ったリリアは、ドアの向こうの院長が電話機で誰かと話している声を聞いた。
聞き耳を立てようにも木のドアから漏れ出る、声はこもっておりはっきりと声は聞こえない。だが、院長の声は緊迫したように早口で、相槌が多い。
リリアは自分の部屋に戻るとドアを閉じた。
院長の話し相手は誰なのだろうかと頭をかけ巡らした。
だが、リリアの中で思い当たる人物はいない。
ベッドに横になり胸元のペンダントを修道着の上からさすった。
部屋の小さな窓からは、風に乗って流れているチェッカーボーンの曇り空が見えた。




