第二章 チェッカーボーン修道院 ㈢
中央駅を出て二時間が経ち、列車はモーリーパーク駅に着いた。列車の止まる振動で、座席から転びそうになって起きたモーリスに、もっと早く起こしてくれればよかったのに、と言われたがレイヴンは聞き流して、乗り換えのホームへ向かった。
チェッカーボーン駅まで向かう列車はまだ来ておらず、モーリスは用を足したいと言ってトイレに向かってしまった。一人取り残されたレイヴンはホームの端を行ったり来たりして人々の往来を眺めていた。
モーリーパーク駅は、王都の西に位置する複数の路線が乗り入れる駅で、ここから幹線をそのまま乗り越していけば、西の新大陸植民地への航路が始まるウェスタンブローの街に向かう。
少し北側の路線は、王族専用車両も走る路線がある。その路線の終点キルス駅は、王族の離宮ともいうべきキルス城がある静かな町だ。
そして、レイヴンたちが向かうチェッカーボーンへ向かう路線は、そのまま進めば北部の西部地域につながる路線だが、北西部の繁栄ぶりから察するにこの路線は目覚ましい発展を期待できそうにない。
「お兄さん。お菓子はどう?」
先ほどの菓子でも買おうかと売店を探していると、後ろから声をかけられた。
振り返ると十歳くらいの薄いブルーのドレスを着た少女がバスケットを持って立っていた。バスケットには新聞紙で包んだ焼き菓子と思われる塊が何個か入っている。
「一つもらおうかな。いくらだい?」
ジャケットの内側から財布を取り出していうレイヴンに、少女は少し沈黙すると、バスケットから菓子の包みを二つつかんで言った。
「二つで十ペリンでどうかしら? これで最後だもの、お兄さんかっこいいからおまけしちゃうわ」
レイヴンは財布から十ペリン硬貨を取り出すと少女の手に渡す。引き換えに菓子の包みを受け取る。
少女は硬貨を受け取ってから少し眺めると、エプロンのポケットに入れた。
「お兄さん。どこまで行くの? キルスに行くならこの路線じゃないわよ」
「ああ。チェッカーボーンに行くんだが、このホームで合ってるかな? 全然列車が来ないから心配でね」
少女は風で乱れたかさついた金髪を手櫛で整えるとほほ笑んで言う。
「大丈夫、合ってるわ。でも、ここの路線は時間通りじゃないから気を付けてね。王都のおんぼろ汽車が走ってくるから調子が悪いと止まることがあるのよ」
「そうかい。ありがとう」
「ううん。楽しい旅になるよう。お祈りするわ」
少女は何度か振り返りながらも、レイヴンの目の前から隣のホームへ消えていった。
少しほほえましく思いながら、包みを開くと固そうな木の実のまぶしたクッキーが入っていた。一つ取り出して、かじってみた。さっきの砂糖菓子とは違い、しっかりと噛まないと食べることはできないが、口に広がる木の実の風味が香ばしく何とも言えないおいしさだ。王都で食べるクッキーよりも甘さは控えめだが、ちょうど小腹が空いていたのでちょうどよかった。
「おいおい。何を食べてるんだい?」
トイレから帰ってきたモーリスが新聞片手にやってきた。
「お菓子を買ったんだよ。食べるか?」
「え⁉ 食べる食べる」
レイヴンはもう一つの包みを渡すと、友人は新聞を脇に挟んでクッキーを取り出してかじり始める。
「おいしいね。これ。なんか、懐かしい感じがする」
モーリスが感想を言い始めて、もう一つ手に取ると、遠くから汽笛と車輪の回る音が聞こえてきた。
チェッカーボーンへ向かう列車が到着すると、乗り降りする乗客たちに交じり、二人も列車に乗り込んだ。
古い車両は、かつて王都から王国の東西を結ぶ重要な仕事を任されていたのだろうが、今ではその面影もなく、硬い直角の木面の座席だけが悠久の年月を告げるように、飴色に光っていた。
レイヴンとモーリスは空いている座席に向かい合って座ると、残りのクッキーを平らげて包装紙を丸めた。
「おいしかったね。これ。田舎のおばあちゃんの味がしたよ」
「そんな味か? 素朴で優しい味わいだった」
「それが田舎臭い味だっていうことだよ」
モーリスは丸めた包装紙をポケットに突っ込むと、新聞を見る。レイヴンは、窓辺に肘を置いて景色を見つめた。民家や商店がまばらに立ち。行きかう馬車は多いがどれもが乗り合いの馬車だった。活気のある商業地というよりも人々の生活が根付いたような場所だ。
「ねえ。今日の私はツキがいいわ」
不意に聞こえた聞き覚えのある声に、ホームの方を見ると数人の薄いブルーのドレスにエプロン姿の年齢がばらばらな少女たちが集まっていた。おそろいで持つバスケットにはレイヴンたちがさっき食べた菓子の包み紙が見える。
「ルーシー。バスケットの中身、空じゃないの!」
ひときわ大きな声で言った少女に、満足げに頷いた少女はさっきレイヴンがお菓子を買った少女だった。
「そうよ。だから言ったでしょ。今日の私はツキが良いって。だって、バスケットは空になったし売り上げはそれ以上あるわ」
「それって、どういうこと?」
周りの少女がルーシーを囲むのが見えた。
「二つで十ペリンの値段で買ってくれた人がいたのよ」
「どういうことよ。それ!」
「あのね。私が思うに、あれは貴族様がお忍びで庶民ごっこしてたんだと思うんだけどね。二つで十ペリンって言ったら、お財布から十ペリン硬貨を出してくれたのよ」
周りの少女たちは、信じられないとか、ひそひそとそれぞれ言い合った。その少女たちの中で背丈の高い少女が口を開いた。
「ルーシー。浮かれてんじゃないわよ。分相応のお金を出してくるのはろくな奴じゃない時があるから、危ない時は叫ぶか、逃げなきゃだめよ。あんたの命は十ペリンじゃ買えないからさ」
「わかってるわよ。でも、あの人は大丈夫よ」
「なんで?」
「だって、いい香りがしてて、帽子ではっきり見えないけれど肌つやがよくって、いい男だったもの」
周りの少女たちが黄色い声を出す。だが、すかさず年かさの少女が声を上げる。
「そういうのが危ないって言ってんの! 王都の殺人鬼だったらどうするのさ!」
少女の怒鳴り声に周りの少女たちは静かになる。
「どうってことないわよ。だって、きっと殺人鬼は醜男だもの」
ルーシーの言葉に周りの少女はどっと笑った。
汽笛がホームに響いた。レイヴンたちの乗る列車が出発する合図だ。
「ああ、行かないと。今度からは私、チェッカーボーンで仕事するようにダンに言われてるのよ。あんな田舎なんて商売あがったりだわ」
そう言うルーシーが、レイヴンたちの乗る列車にかけてくる姿が見え、レイヴンは椅子に深く座り込んだ。すると、目の前にはにやにやした友人がいた。
「お菓子、ごちそうさまだよ。レイヴン。いや、王都の殺人鬼さん」
「なんだよ。それ」
レイヴンが不満げに声を漏らすと、友人は笑い声をあげた。
「だって、君はうまくだまされたんだよ。あれくらいの菓子だったら、三ペリンでも十分なのにさ」
さらに笑いのツボに入った友人は、目元を手で拭うと、笑い声を上げ続けた。
列車はゆっくりと北部へと進んで行った。
レイヴンは窓辺に肘をつくと、包装紙をジャケットの内側にしまい込んで、友人の笑い声を背けるように代り映えの無い車窓を見つめた。




