9話(真実)
舞踏会の喧騒へ意識を引き戻したアーサーは、どうしても真実を確かめたくて、人混みを縫うように歩き出していた。
するとアッシュフォード伯爵が先に気づいた。
「……アーサー君か?」
その声に、リリアンと伯爵夫人も同時に振り向く。
目の前まで来たアーサーは、一瞬だけリリアンを見つめた。
その瞳に、リリアンの胸がどくりと鳴る。
だが、彼はこみ上げる懐かしさを隠すように、彼女の父に向かって挨拶をする。
「アッシュフォード伯爵、ご無沙汰しております」
深々と一礼する姿は、幼い頃の面影を残しながらも、以前とは比べものにならないほど堂々とした気品が漂っていた。
「久しいな。見違えたではないか。……もうアーサー君ではなく、アーサー殿とお呼びすべきかな」
「めっそうもございません。昔のように呼んでいただけること、大変嬉しく思います」
伯爵夫人にも丁寧に挨拶を済ませたあと、アーサーは再びリリアンの父へ向き直った。
「伯爵様。少しだけ、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
そのあまりに真剣な表情に、伯爵はすぐに頷く。
「ああ、構わない」
「ありがとうございます」
二人は人目を避けるように、会場の柱の陰へ歩いていった。
リリアンはその後ろ姿を見つめながら、不思議な胸騒ぎを覚えた。
(何のお話かしら……)
その頃、少し離れた場所ではディアナがアーサーの様子を食い入るように見つめていた。
「……どうして」
アーサーがリリアンの父を呼び止めた。
それだけで、ディアナの胸はざわつき始めていた。
人けの少ない柱の陰まで来ると、アーサーは遠慮がちに尋ねた。
「伯爵様、お聞きしたいことがあります」
「何だね」
「リリアン、あ、リリアン嬢に……何があったのですか」
その一言に、伯爵は深く息を吐いた。
「隣国にいた君が知らないのも無理はない」
そう前置きすると、伯爵はゆっくりと語り始める。
「ギルバート君は、我が家との婚約を解消した」
アーサーの表情がわずかに強張った。
「理由は?」
「ローゼンベルク侯爵家のディアナ嬢だ」
伯爵は、ギルバートが熱心にディアナに言い寄られ、自ら婚約解消を切り出したこと。
リリアンに嘘をつかせようとしたこと。
ヴァロア侯爵家で勘当を言い渡されたこと。
そして、ローゼンベルク侯爵が圧力をかけ、勘当が取り消されたことまで、一つ残らず話した。
話を聞きながらアーサーは一言も口を挟まなかった。
ただ、その拳だけが少しずつ強く握られていく。
「……そういうことだったのですね」
押し殺したような低い声だった。
「リリアンは?」
「泣いていたよ」
伯爵はため息を吐いた。
「だが、あの子は私たちの前では気丈に振る舞っていた。『もう大人しいだけの令嬢は辞める』と言ってな」
その言葉を聞いた瞬間、アーサーの表情から穏やかさが消えた。
遠く離れた隣国で、彼女がどれほど傷ついていたのか。
何も知らずに帰ってきた自分が、ひどく情けなく思えた。
「伯爵様」
「何だ」
アーサーはゆっくりと顔を上げる。
「あの二人がリリアンを、傷つけたのですね」
「……」
しばらく沈黙が流れた。
やがてアーサーは静かに頭を下げる。
「教えてくださり、ありがとうございました」
その礼儀正しさは変わらない。
だが、その声には隠しきれない怒りが滲んでいた。
ギルバート。ディアナ。
二人の名が胸の中をよぎる。
大切な人を傷つけた代償は、必ず払わせる。
アーサーはそう固く心に誓い、静かに拳を握り締めた。
(爵位や打算……その程度の理由で、彼女を泣かせたというのか。だったらあの日、どうして彼女に告白なんてしたんだ。……絶対に許さない)
アーサーはこの時、復讐を誓った。




