7話(再会)
「お父様、そう言えば来月は隣国から王太子殿下をお招きして、歓迎の舞踏会が開かれるのですよね」
父は意外そうな顔をして答えます。
「ああ、そのはずだが……お前は無理して参加しなくてもよいのだぞ」
「そうよ、リリアン。お父様と私が参加するのだから、あなたは屋敷でゆっくりしてなさい」
そう言ってお母様は気遣ってくださる。
だけど、私は、元気に笑って答えました。
「いいえ、私はもうとっくに大丈夫です。いつまでも過去を引きずってなんかいられません」
すると二人は困ったように顔を見合わせます。
「……そうか」
「無理をしているわけではないのね?」
「ええ、本当に大丈夫です」
私はもう、ギルバート様とのことを思い出して泣いたりはしない。
もちろん、すべてを忘れたわけではありません。
それでも、いつまでも俯いているつもりはなかった。
これから先の人生は、自分の意思で切り拓いていくと決めたのだから。
そして迎えた舞踏会の日。
久しぶりに王宮へ向かう馬車の中で、私は鏡を手にして、見つめました。
以前よりも少しだけ、大人びた顔になった気がします。
髪を結い上げてもらい、淡い色のドレスを身にまとった私は、以前の自分とは少し違って見えました。
「今日のあなたはとくに綺麗よ、リリアン」
お母様が嬉しそうに微笑みます。
「ありがとうございます、お母様」
私は笑って答えました。
王宮へ到着すると、華やかな会場にはすでに大勢の貴族たちが集まっていました。
そして、私たちが会場へ足を踏み入れた途端。
「……あら、あの方」
「アッシュフォード伯爵令嬢でしょう?」
「ヴァロア侯爵家のギルバート様に婚約を破棄されたという……」
「まあ。ローゼンベルク侯爵家のディアナ様に乗り換えたのですって」
「ギルバート様もずいぶん思い切ったことをなさったわね」
あちらこちらから、声が聞こえてきます。
(まったく、婚約破棄ではなく、婚約解消なのですが)
独り言を言いながら、聞こえないふりをして、私は両親とともに歩きました。
以前の私なら、きっと俯いてしまっていたでしょう。
だけど今は違います。
私は顔を上げたまま、堂々と前を向きました。
視線の先には、ディアナ様をエスコートしているギルバート様。
楽しそうに微笑み合う二人の姿を見ても、思ったほど悲しくはありませんでした。
(さよなら、私の幼い日の錯覚)
今は素直にそう思えます。
しばらくすると音楽が流れ始め、歓迎の舞踏会の幕が上がります。
会場の奥には、隣国から招かれた王太子殿下の姿がありました。
そして、そのすぐ隣には……。
「……え?」
思わず目を見開きました。
そこに立っていた青年を、私は知っています。
「アーサー……様?」
幼い頃、何度も一緒に過ごした人。
いつも穏やかで、優しかった少年。
だけど今、私の記憶の中にいる彼とは、まるで別人のようでした。
背が高く、すらりとした体つきで、顔立ちには以前よりも逞しさがあります。
すっきりとあしらわれた髪と、よく似合う正装。
その姿には、以前にはなかった大人の男性としての落ち着きがありました。
私は驚きながら、遠くから彼を見つめていました。
────
一方、そのアーサーも、会場をゆっくりと見渡していた。
王太子殿下の隣に立つ彼は、周囲の貴族たちからも注目を集めている。
すると……。
「……あ」
アーサーの目に、一人の男の姿が映った。ギルバートだ。
華やかに着飾った令嬢をエスコートしながら、満面の笑みを浮かべている。
その姿を見たアーサーは、ほんの少し眉間に皺を寄せた。
(あの令嬢はリリアン嬢ではない……)
だが幼い頃に見かけた顔、誰だったか。
そして、アーサーはさらに遠くを見ると、そこには、アッシュフォード伯爵夫妻と談笑する一人の令嬢。彼女こそがリリアンだ。
「……リリアン嬢」
心の中で懐かしい名を呼ぶ。
アーサーは愛おしそうに目を細め、呟いた。
「綺麗になった」
幼い頃の面影を残しながらも、以前よりずっと大人びている。
あの頃よりも、さらに綺麗になった彼女を見て、アーサーは思わず目を奪われた。
しかし、先ほどから、どうしても気になることがあった。
(なぜ、リリアン嬢はギルバートと一緒ではないのだろう。彼女はギルバートと婚約していたはずだ。それなのにどうしてなんだ)
その頃、会場の反対側ではディアナもまた、アーサーの姿を見つめていた。
「……アーサー様」
幼い頃から憧れていた人。長い年月を経て、以前よりもずっと素敵になったその姿に、ディアナは思わず見入っていた。
(でも彼の隣にいる方は……)
隣国の王太子殿下。
アーサーは、ただの客人としてではなく、まるで信頼されている側近のようにその人に寄り添っている。
ディアナの胸が、大きく高鳴った。
(まさか……今の彼はただの子爵家の令息ではないのかしら?)
そんなことを考えながら、彼女はアーサーから目が離せなかった。
そしてその時、アーサーもまた、遠くにいるリリアンを見つめていた。
ギルバートと一緒ではない。
そのことが、どうしても気になって仕方がなかった。
「殿下」
「どうした?」
「申し訳ありません。少しだけ、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「構わないが、何かあったのか?」
「……少し、確かめたいことがございます」
アーサーはもう一度、リリアンの姿を見つめた。
どうしても、彼女の両親に確かめなければならない。
直接聞いてみよう。
そう思った瞬間、アーサーは自然と歩き出していた。




