37話(新居)
披露宴は滞りなく終わった。
国王への挨拶、王太子への感謝。
さらには、隣国の王太子やアルヴェール侯爵家、そして祝福に駆けつけてくれた人々一人一人へお礼を伝え終えた頃には、夜もすっかり更けていた。
王宮を後にした二人は、馬車に揺られながらアッシュフォード伯爵邸へ戻る。
玄関では、先に帰っていた伯爵夫妻が優しく迎えてくれた。
「お帰り」
「今日は本当にお疲れさま」
その優しい笑顔を見たアーサーは、胸の奥が温かくなる。
(ああ……もう私にとっても義両親なのだな)
伯爵が朗らかに笑う。
「今日は長い一日だったろう」
伯爵夫人も頷いた。
「私たちのことは気にしなくていいわ。早く着替えて、ゆっくり休みなさい」
そう言って使用人へ目配せする。
「二人を二階へ案内して差し上げて」
通されたのは、新しく用意された部屋だった。
伯爵夫妻が二人のために改築してくれた、新しい寝室。
少しだけ開けた窓から心地よい夜風が吹き込み、部屋を照らす仄かな灯りを優しく揺らしていた。
着替えを済ませ、それぞれ湯浴みを終えた二人は、ようやく静かな時間を迎えた。
華やかな披露宴の喧騒が嘘のように、ここには二人だけの穏やかな時間が流れていた。
リリアンが優しく笑う。
「今日は夢みたいな一日でしたね」
「ええ」
アーサーも頷く。
「教会で誓いを交わして、王宮で皆に祝福されたのに……まだ実感が湧きません」
「私もです。なんだかまだ、夢の中にいるようです」
二人は顔を見合わせる。
ふと、リリアンが髪へ手を伸ばす。
今日の役目を終えた水色の髪飾りは、今は大切に引き出しの中に仕舞われている。
「この髪飾り」
「はい」
「本当の贈り主の前で身につけられて、嬉しかったんです」
その言葉に、アーサーは静かに笑った。
「実は」
「?」
「あの時は、君が好みじゃないけど受け取ったと聞かされ、かなり落ち込みました」
リリアンは思わず吹き出す。
アーサーも笑う。
「好みでないものを押し付けてしまったと」
「まさか、そんなことがあったなんて」
「すべてがアイツの嘘だと知って、ほっとしました。もちろん、奴への怒りが消えたわけではありませんが」
二人は同じように笑う。
いつのまにか長年のすれ違いさえ、笑いに変えられるほど二人は幸せに満たされていた。
やがて心地よい静けさが二人を包む。
アーサーはそっとリリアンの手を取った。
「ありがとう」
「私こそ」
リリアンも握り返す。
「戻って来てくださって、今度はちゃんと気持ちを伝えてくれました」
「それに答えてくれたのは、君ですよ、リリアン」
その瞳を見つめながら、アーサーは穏やかに言った。
「これから先、楽しいことばかりではないと思います」
「ええ」
「それでも、一緒に歩いていってくれますか?」
リリアンは迷いなく頷いた。
「はい。一緒に」
二人は自然と身を寄せ合った。
アーサーは長年の想いを口にする。
「リリアン、早く君をこうして抱きしめたかった……もう少しだけこうしていてもいいですか」
リリアンは言葉は発せず頷いた。
やがてアーサーは自分の額をリリアンの額にそっと近づけ、噛みしめるように言った。
「愛しています。もうずっとずっと前から」
そして優しい口づけを交わしたあと、アーサーは愛おしそうにリリアンを見つめ、その頬にそっと両手を添えた。
リリアンもその手に自分の手を重ね、嬉しそうに微笑んだ。
二人はそのまま寄り添い、互いの温もりを確かめるように静かに抱きしめ合った。
長い遠回りをしてきた二人だからこそ、今この瞬間に訪れた穏やかな安らぎが、まるで奇跡のようにも思えた。
そんな奇跡に導かれた二人の再会を邪魔する者はもういない。
気づけば、深く甘い夜へ、吸い込まれるように溶けていった。
窓の外には、星の輝きが霞むほど、明るい月が、夜空を照らしている。
(いつか、あの星が自分だと思っていた。だけど今は間違いなく明るい月が私なのだと思えます)
リリアンは心の中で呟いていた。
月明かりが優しく二人を照らす夜、夫婦となった二人の初めての夜は、幸せな静けさの中でゆっくりと更けていった。




