36話(披露宴)
到着した王宮は、華やかな祝いの雰囲気に包まれていた。
大理石の階段には赤い絨毯が敷かれ、無数の明かりが煌めいている。
ゆっくりと会場の扉が開かれた、その瞬間。
私たち二人は大きな拍手に包まれた。
「おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!」
祝福の声があちらこちらから響く。
会場には、この国の王族をはじめ、多くの高位貴族が集っていた。
そして、その中には見慣れた顔もある。
隣国の王太子殿下。
アルヴェール侯爵家ご一家。
劇団を支えてくれた人々まで、この日のために駆けつけてくれていた。
私はリリアンと共に、一人一人へ丁寧に感謝の言葉を交わしていった。
その途中、私の実家である、ボーフォール子爵家の家族の姿が目に入った。
「父上、母上、兄上。本日はありがとうございます」
「おめでとう、アーサー」
父は少し照れくさそうに笑った。
「まさか、あの時の約束を今でも覚えているとは思わなかったな」
その言葉に、私も笑みを浮かべる。
「『首席を取ったら髪飾りを買ってやる』。あの約束は、今でもよく覚えています」
「あれほど必死に勉強するとは、私も思わなかったがな」
父は少し誇らしそうに頷いてから、リリアンが身につけている髪飾りを懐かしそうに見つめ、微笑んでいた。
母はリリアンの手を両手でそっと握った。
「その髪飾り、とっても似合っているわ。こんな素敵な娘ができて、本当に嬉しい。今日から本当の家族ね」
「はい、お義母様」
リリアンは嬉しそうに微笑むと、そっとアーサーの耳元へ顔を寄せ、得意げに囁いた。
「ね、この髪飾りを選んでよかったでしょう?」
その言葉に、私は思わず笑みを浮かべた。
「ああ。とてもよく似合っているよ」
母はリリアンの髪飾りを見つめ、目を潤ませた。
兄は私の肩を軽く叩く。
「幸せになれ。ようやく願いが叶ったな」
「兄上……色々とお世話になりました」
思わず苦笑すると、兄上も声を上げて笑った。
「役に立てたようで嬉しいよ」
やがて隣国の王太子殿下の前までくると、殿下は満面の笑みを浮かべた。
「アーサー。改めて、おめでとう」
「ありがとうございます、殿下」
リリアンも優雅に一礼する。
「本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ。この日を楽しみにしていたのだよ。リリアン嬢、本当にお美しい」
そう笑った後、殿下は軽く咳払いをした。
「実はな」
「はい」
「私も、いよいよ年貢の納め時だ」
私は驚き、目を見開いた。
「まさか」
「婚姻が決まった」
「本当ですか?」
思わず声が裏返った。
「あれほど拒んでおられたのに……驚きました。それで、お相手は?」
殿下はさらりと答える。
「シュバリエ王国の第一王女だ」
「同じ大国ではありませんか」
「まあな」
そう言って肩をすくめられた。
「この婚姻は、父上がお決めになったものだ。私も王太子である以上、受け入れなくてはならない」
「そうだったのですね……」
「それに、裏では少々厄介なこともあってな」
「厄介なこと?」
「その話は、また今度だ。今日は祝いの席なのだからな」
そう言って、殿下は笑った。
(……そういうことか)
私はその立場を察した。
自分の意思だけでは決められない、王族としての務め。それは国のための婚姻。
(ならせめて、殿下がその方を心から愛せますように)
そう願わずにはいられなかった。
あのお方はああ見えて、責任感がとても強
い。
決して弱音など吐かないだろう。
だが、その穏やかな表情の裏に、どれほどの諦めを隠しているのだろうか。
(仕方のないこととはいえ……切ないな)
誰にも見せないであろうその覚悟を思うと、胸が締め付けられるようだった。
自分は違う。
幼い頃から想い続けた人とこうして結ばれた。
隣国で遠回りをし、彼女を忘れようとしながらも、その想いは最後に届いた。
貴族社会では、それは奇跡のような幸運だったのかもしれない。
そんなことを思っていると、不意に隣でリリアンの手が僅かに触れた。
私はその手をそっと握り返し、伝わる温もりに、安心感を覚える。
ずっと求めていた愛おしい温もりが、確かにここにある。
もう二度と、この手を離すことはない。
王太子殿下の笑顔に見送られながら私は思った。
(どうかその笑顔が、いつか心の底からのものへとなりますように)




