35話(結婚式)
王宮で披露宴を開くことが決まると、結婚式の準備は一気に慌ただしくなった。
教会での挙式用と王宮での披露宴用、二着のドレスを用意しなければならないのだから無理もない。
仕立て屋や侍女たちが行き交い、アッシュフォード伯爵家は久しぶりに明るい賑わいに包まれていた。
そんな中、一つだけ意見が割れたことがあった。
リリアンの髪飾りである。
鏡の前で純白の花嫁衣装の寸法合わせをしていたリリアンは、迷うことなく水色の髪飾りを手に取った。
それを見たアーサーが、困った顔で笑う。
「リリアン」
「はい」
「その髪飾り……大切に思ってくれるのは嬉しいのですが、大人になった今では少し子供っぽくありませんか」
テーブルの上には、先日アーサーが改めて贈った新しい髪飾りも置かれている。
銀細工に小さな水色の宝石があしらわれた、花嫁にふさわしい上品な品だった。
「こちらの方が結婚式の衣装には合うと思うのですが」
しかし、リリアンは首を横へ振る。
「嫌です」
「そこまではっきり言うのですか」
「その日だけは絶対に、この髪飾りがいいんです」
(彼女にも、こんなに頑固な一面があるのだな)
その返事に、アーサーは苦笑するしかなかった。
何を言っても引く様子がない。
その様子を見ていた父が腕を組みながら笑う。
「まあ、まあ、アーサー殿。リリアンの好きにさせたらどうかな」
「義父上。殿はやめてください」
思わず苦笑しながら言うと、伯爵は目を丸くした。
「おっと」
「つい昔の癖で『アーサー君』と言いそうになるんだが、今の君は立派な立場の人間だからな」
「でしたら、こうして家族だけでいる時くらいはやめてください」
「はっはっは!」
伯爵の大きな笑い声が部屋へ響いた。
「そうだな! 家族の前でまで堅苦しくする必要はないか!」
夫人も優しく微笑む。
「その髪飾りはアーサーさんが初めて自分で選んでくれた贈り物なのでしょう?」
リリアンは大切そうに髪飾りへ触れた。
あの日。本当の贈り主を知らないまま、引き出しの奥へとしまい込んだ水色の輝き。
今度こそ本当の贈り主であるアーサーとの結婚式で身につけたかった。
「わかりました。花嫁には勝てませんね」
アーサーは肩をすくめる。
その一言に部屋中が笑いへ包まれた。
────
そして迎えた結婚式当日。
青空の下、教会の鐘が高らかに鳴り響く。
伯爵領の教会には領民たちも集まり、二人を祝福していた。
純白の花嫁衣装を纏ったリリアンの髪には、淡い水色の髪飾りが優しく輝いている。
それは、隣に立つアーサーの瞳と同じ色で、まるで彼の愛を身に纏っているかのようだった。
二人の姿を目にした人々から、思わず感嘆の声が漏れた。
その声を聞いたアーサーは、少し照れながら思った。
(やはり……君にはこれが一番似合う)
祭壇の前で見つめ合う二人は、互いに永遠の愛を誓う。そして、指輪を交換する。
司祭が静かに告げた。
「誓いの口づけを」
アーサーはゆっくりとリリアンへ近づいた。
二人の額が触れそうな距離まで来ると、リリアンは恥ずかしそうに目を閉じた。
そんな彼女を愛おしむように、アーサーはそっと口づけた。
長い間、すれ違っていた二人が今、ようやく結ばれた瞬間だった。
教会中が温かな拍手に包まれた。
「おめでとう!」
「末永くお幸せに!」
祝福の声が次々と響く。
教会を出ると、色とりどりの花びらが降り注いだ。
水色の髪飾りが光を受けてきらりと輝く。
その煌めきは、幸せな未来を祝福するようだった。
しかし、今日の祝いはまだ終わらない。
教会の前には、王宮から迎えの馬車が待っていた。
豪華な馬車の周囲には近衛騎士たちが並び、厳重な護衛が敷かれている。
「さあ、こちらへ」
迎えの騎士が恭しく頭を下げた。
「国王陛下がお待ちです」
アーサーとリリアンは顔を見合わせる。
教会で愛を誓い合った二人は、今度は王宮で開かれる盛大な披露宴へ向け、ゆっくりと馬車へ乗り込んだ。




