32話(告白)
真実を知ったアーサーは、込み上げる怒りを胸の奥へ押し込み、静かにリリアンへ向き直った。
もう迷いはなかった。
失った時間は取り戻せなくても、これから先の未来だけは決して諦めたくはない。
アーサーは真っ直ぐな瞳で彼女を見つめた。
「私は生涯、リリアンだけを愛し続けます。どうか、私と結婚してもらえませんか」
応接室が静まり返る。
伯爵夫妻は固唾を呑んで二人を見守っていた。
リリアンは少しだけ、潤んだ瞳のまま、頷く。
「はい。私もアーサー様をお慕いしています」
その言葉を聞いた瞬間、アーサーの表情がようやく柔らいだ。
伯爵夫妻の顔にも安堵の笑みが浮かぶ。
ようやく、本当の想いが結ばれた。
しかし、その喜びの中でも、アーサーの胸には一つだけ引っ掛かるものがあった。
(ギルバート……)
あの男は姑息な男だ。あれほどの嘘を幼い頃から平然とつき続けた奴が、このまま諦めるとは思えない。
きっとまた、リリアンへ近づいてくるに違いない。
そう考えた途端、二度と彼女を失いたくないという想いが一番に込み上げた。
「リリアン」
「はい」
「一つだけ、お願いがあります」
アーサーは水色の髪飾りへ目を向ける。
「その髪飾りをつけて、私と一緒にギルバートに会ってもらえませんか」
リリアンは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
それでも、すぐ穏やかに微笑む。
「はい。私でよければ、喜んで」
その返事に、伯爵が腕を組みながら口を開いた。
「そうだな」
低く響く声には、父としての怒りが滲んでいる。
「あのような卑怯な男には、きちんとけじめをつけておかねばなるまい。また同じことを繰り返しかねん」
伯爵夫人も隣で優しく微笑んだ。
「二人とも、しっかり見せつけてきなさい」
その瞳は、未来の二人を祝福するように温かい。
「あなたたちが結ばれたことを、誰の目にもわかるようにね」
リリアンは髪飾りを大切そうに胸の前で握り締めた。
幼い頃から大切にし続けてきた水色の輝きは、ようやく本当の贈り主の想いと結びついた。
────
数日後。
リリアンは一通の手紙をギルバートへ送った。
アッシュフォード伯爵家へ来てほしい、と。
もちろん、その理由は書いていない。
一方、その手紙を受け取ったギルバートは、いつものように自分へ都合よく解釈していた。
(リリアンは、やっぱり僕に会いたかったんだ。屋敷へ呼ぶということは、ご両親も僕を受け入れてくれるつもりなんだ)
実におめでたい思い込みだった。
「父上、リリアンから手紙がきたんだ。これからアッシュフォード伯爵邸に行ってくる。ほら、僕の言った通りだろう? リリアンは僕ともう一度やり直したいんだよ」
そう言って、リリアンからの呼び出しの手紙を自慢げに父に見せると、ギルバートは浮かれながらリリアンのもとに向かって行った。
その後ろ姿にギルバートの父は嫌な予感が働いたが、とりあえずは見送ることしかできなかった。
もっとも、リリアンの父、アッシュフォード伯爵は何の準備もしていなかったわけではない。
父は事前にヴァロア侯爵宛てへ書簡を送っていた。
ギルバートがこちらへ向かう頃には届くよう、手配していたのだ。
書簡には、幼い頃、ギルバートがアーサーから預かった髪飾りを自分からの贈り物と偽り、長年リリアンを騙し続けていたこと。そして、その事実をアーサーが知ったことが記されていた。
その行いをどうしても許すことができず、本人を呼んで直接問いただすことにしたことも併せて伝えていた。
リリアンからの手紙だけを見て、ギルバートが妙な勘違いをしたまま周囲へ話せば、かえって話が拗れると考えたからだ。
その前に、父親同士で筋だけは通しておく必要があったのだ。
そして、約束の日。
ギルバートは期待に満ちた表情で屋敷を訪れた。
執事に案内され、応接室の扉が開く。
するとそこにいたのは……。
リリアン、そして、その隣にはアーサー。
さらに伯爵夫妻も揃っていた。
ギルバートの視線は自然とリリアンへ向く。
その瞬間だった。
彼女の髪には、水色の髪飾りが飾られていた。
その輝きを見た途端、ギルバートの顔から血の気が引く。
そう、全てを悟ったのだ。
「……リリアン」
だが、返事はない。
ただ重い沈黙だけが部屋に広がっていた。
最初に口を開いたのはアーサーだった。
「あの髪飾りのことは、全て聞いた」
その声は怖いほど静かだった。
だからこそ、その怒りがよく伝わる。
ギルバートは慌てて首を振った。
「あ、あれは違うんだ!」
「違う?」
「まだ僕も子供だったんだ! ほんの軽い気持ちだったんだよ」
苦し紛れの言い訳だった。
だが、アーサーの表情は一切変わらない。
「その『軽い気持ち』で、私たちは何年も騙された」
怒りのこもった形相でギルバートを睨む。
「お前の顔は、もう二度と見たくもない」
ギルバートは言葉を失った。
続いてリリアンが、髪飾りへそっと触れながら、真っ直ぐギルバートを見つめた。
「私は、ずっと信じていました」
わずかに声が震えていた。
「あなたの言葉も、この髪飾りも。私が馬鹿でした」
もう迷いはなかった。
「二度と私の前へ姿を見せないでください」
その一言が、ギルバートの胸へ深く突き刺さる。
最後に伯爵が静かに口を開いた。
「君のお父上へは、この件の全てを書いた手紙を送ってある。今頃読んでいる頃だと思うよ」
低く落ち着いた声だった。
「同じ親として、実に哀れで同情するよ」
ギルバートは膝から崩れ落ちた。
「すみませんでした……」
床へ額をつける。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした」
何度謝っても、誰一人として答えなかった。
やがて執事に促されるように立ち上がり、ギルバートは力なく応接室を後にした。
扉が閉まる音だけが、静かな部屋へ響いていた。




