30話(帰国)
────アーサー視点
いよいよ帰国の朝を迎えた。
王太子殿下も約束通り、快く送り出してくださった。
ただ……最後のあの含み笑いだけは少し気になる。
まあ、深く考えないことにしよう。
アルヴェール侯爵家への挨拶も済ませたし、劇団員たちにも前もって帰国のことは伝えてある。
さあ、馬車へ乗ろう。その時だった。
「アーサー様!」
遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り向くと、劇団の代表が団員たちを引き連れ、こちらへ駆けてきていた。
「いよいよ帰国なさってしまうのですね」
「ああ。だが、君たちはもう何も心配はいらない。アルヴェール侯爵家が後ろ盾になってくださっているんだ」
代表はゆっくりと頷いた。
「全てはアーサー様のおかげです」
「そんなことはありません。ここまで来られたのは、あなたたちの才能と努力ですよ」
「いいえ。それもこれもアーサー様がいらっしゃらなければ叶いませんでした」
代表は笑いながら続けた。
「言葉を覚えられず苦労していた私たちに、印をつけながら台詞を覚える方法を教えてくださいました。今では皆、それが当たり前のようにできるようになっています。本当にありがとうございました」
周りの団員たちも次々と声を上げる。
「最初は無理だと思っていました」
「そうです! 俺だってあの稽古法がなかったら、ここまで来られませんでした」
「本当に夢みたいです」
皆の言葉に照れくさくなって思わず苦笑した。
「私は提案しただけです。ここまで来られたのは、皆さん自身の努力ですよ。だから胸を張って、この国で活躍し続けてください」
一瞬の静寂の後、代表が深々と頭を下げた。
「必ず、この国一番の劇団になります」
「ああ。期待している」
団員たちは馬車に乗り込んだ私に最後まで手を振り続けてくれていた。
私も馬車の窓から顔を出し、手を振り返した。
車輪がゆっくりと動き出した。
ふと、主演の俳優へ目を向ける。
彼は他の団員たちと一緒に、笑顔でこちらへ手を振っていた。
その笑顔を見ていると、もうディアナ嬢のことは吹っ切れたのだと思えた。
これからもっと輝くために、すでに次の未来を見据えているように感じる。
(……もう、大丈夫だな)
そう思うと、胸にあった重荷が少しだけ軽くなった気がした。
これで、彼も前へ進んでいける。
私は馬車の窓から、彼らへ向かって手を振り返した。
やがて、その姿も少しずつ遠ざかっていった。
馬車に揺られながら、私は安堵の息を吐く。
彼らには最後まで話さなかった。
本来、劇団へ近づいた目的はディアナ嬢への報復だった。
もし言葉の壁が高すぎて台詞を覚えられないようなら、その時点で関わりを終えるつもりだった。
だが……稽古を繰り返す度に、彼らの真っ直ぐな熱意に自然と引き込まれていった。
読み書きが苦手でも、私の提案を一生懸命に理解しようとする姿。
舞台へ懸ける情熱。
気づけば、この私までもが本気になっていた。
随分と大事になってしまったが、それでも、今では心から思う。
あの時、彼らと出会えて本当に良かった。
そして、これからは愛する人と共に、未来へ向かって歩んでいこう。
そう、私の帰る場所は、ただひとつだけ……。
(リリアン……早く、君に会いたい)
急く気持ちを抑えようとすればするほど、思い浮かぶのは愛しい君の優しい笑顔だった。




