29話(別れ)アーサー視点
────アーサー視点
こちらでの仕事もようやく一段落した。
劇団員たちも、この国での生活にすっかり慣れてきたようだ。
アルヴェール侯爵家が支援してくださっている以上、もう私が彼らを心配する必要はない。
皆、それぞれの足で歩き始めている。
私が果たすべき役目も、ほとんど終わった。
さあ、故郷へ帰る時だ。
そう思うと、自然と口元が緩む。
(早くリリアンに会いたい)
あの日、「少しだけ時間をくれ。絶対に自分を信じてくれ」と伝えて別れた。
彼女は、今も私を待っていてくれているはずだ。
そう思うだけで、自然と足早になってしまう。
もっとも、その前に王太子殿下へ話を通さなければならない。
殿下はきっと引き留めてくるだろう。
だが、きちんと本当のことをお伝えするつもりだ。
私がこの国へ来た理由も、そして、帰らなければならない理由も。
何より殿下は以前、本当に帰る時が来たらその時は快く送り出すと約束してくださった。
あの時の言葉があるのだから、きっと大丈夫だ。
そういえば、帰国する前に、故郷の兄上へ手紙を送り、ある頼み事をしていた。
ディアナ嬢の噂を広めてほしい、と。
ギルバートを捨てて私を追い、隣国へ渡ったこと。
その私に相手にされず、支援していた劇団にも見放されたこと。
さらには、主役の俳優にまで捨てられたらしいということまで。
それが広まるよう、兄上へ頼んでいた。
私が望んだのは、それだけだ。
リリアンを傷つけた者には、相応の報いを受けてもらう。
兄上なら、決して派手に騒ぎ立てることなく、人づてに静かに噂を広げてくれると思った。
その手紙を送ってから、まもなくして兄上から返事がきた。
その噂は故郷中へ静かに浸透しているという。
これでもう私にできることは終わった。
残るのは、ただ一つ、愛する人のもとへ帰るだけだ。
(リリアン、もう少しで帰る。だから必ず待っていてくれ)
────王太子視点
アーサーから全ての報告を受けた。
そうだったのか。
彼がこの国へ来た理由は、隣国の舞踏会で見た、あの令嬢だったのか。
仲睦まじく踊る二人を見た時、何か事情があるとは感じていた。
だが、まさかそこまでの経緯があったとは思わなかった。
リリアン嬢を忘れるため。
その一心で、彼はここまで走り続けてきたのか……。
(だが、良かったなアーサー。彼女を取り戻すことができたようだな)
当初約束した通り、私は快く送り出すつもりでいる。
それでも寂しくなるな。
彼の幸せを喜ぶべきだと頭ではわかっている。
それでも、胸の奥にぽっかりと穴が開いてしまったみたいだ。
(これではまるで、恋人との別れみたいではないか)
思わず苦笑してしまった。
(私も、そろそろ覚悟を決める頃か)
今まで何かと理由をつけて遠ざけてきた結婚も、真剣に考えなければならない。
いつまでも一人というわけにもいかないからな。ちょうど今回が、良い機会なのかもしれないな。
それにしても、有能な彼を手放すのはやはり惜しい。
だが……それ以上に彼には幸せになってほしい。
今まで、この国のためによく尽くしてくれた。
その働きには感謝しかない。
そう気持ちを切り替えた、その時だった。
(そうだ!)
一つ、いい考えが浮かんだ。
隣国の王へ口添えをし、アーサーを両国を結ぶ親善役として推薦すればよい。
父上もアーサーのことは高く評価している。きっと協力してくださるはずだ。
伯爵家へ婿入りするとしても、あれほど優秀な男なら領地経営と王宮の務めを両立できるはずだ。
そうなれば、彼との縁が完全に切れることもない。
よし。早速、父上に願い出て、隣国の王宛てに書簡を出すようお願いしてみるとしよう。
まあ、隣国も我が国の王からの提案だ。断るはずはないと思うがな。それにあちらにとっても悪い話ではあるまい。
(くくっ、アーサーの奴、帰国した途端、向こうの王から呼び出されたら、どんな顔をするだろうか。この私に『やられた!』と怒るであろうか。その顔が拝めないのが残念だ)




