28話(噂話)
────ディアナ視点
自国へ戻ったわたくしは、しばらく何も手につかなかった。
社交界へも顔を出さず、屋敷に引きこもる日々が続いていた。
さすがに今さらギルバートのもとへ戻るなんて、そんなことはわたくしのプライドが許すはずもない。
だけど、現実は容赦なかった。
世間では、いつの間にかある噂が広まっていた。
伯爵令嬢から奪った男を捨て、隣国へ別の男を追っていった令嬢。
その男にも相手にされず、ご執心の劇団にも見放されて戻ってきた哀れな令嬢。
そんな噂が、尾ひれまでつけながら王都中を駆け巡っていた。
社交界へ出ていなかったわたくしは、その話をお父様から聞かされる。
「何ですって?」
思わず声を荒らげた。
(そんな噂、誰が流したのよ! 屈辱的だわ)
お父様は、隣国から戻って以来元気のないわたくしを案じ、必死に噂の火消しへ動いてくださっているらしい。
それなのに、不思議なくらい噂は消えないという。
消えるどころか、新しい尾ひれまでついて広がっているらしい。
そんな中、お父様がぽつりと漏らした一言が、胸へ突き刺さった。
「このままでは、お前の結婚相手は見つからないかもしれんな」
息が止まりそうになった。
(何故よ! わたくしは侯爵令嬢なのよ。名門ローゼンベルク侯爵家の跡取りなの!)
そう心の中で叫んでも、虚しさしか残らない。
脳裏には、隣国で見たアルヴェール侯爵家の姿がよみがえる。
あの圧倒的な格の違い。
あの日から、何もかもがおかしくなってしまった。
それからというもの、お父様があちこちに手を尽くしてくださっても、縁談の話は全く来なくなった。
以前なら、こちらから声をかけなくても、何通もの申し込みが届いていたはずなのに……。
それどころか、以前、わたくしとの縁談を望んでいた家から、遠回しな断りの手紙まで届くようになった。
理由はどれも、苦し紛れの言い訳だったけれど、そんなものを信じるほど、わたくしは愚かではない。
あの噂が、わたくしの縁談にまで影を落としていた。
久しぶりに顔を出したお茶会でも、わたくしが近づくと、それまで楽しそうに話していた令嬢たちが、一瞬で黙り込んだ。
以前なら、わたくしの周りには自然と人が集まってきた。
それなのに今は、誰も目を合わせようともしない。
まるで腫れ物に触るようなその態度に、わたくしのプライドはズタズタに引き裂かれた。
名門ローゼンベルク侯爵家の跡取りである、このわたくしが、どうしてこんな目に遭わなければならないの。
気づけば、わたくしの手元には何も残っていなかった。
────リリアン視点
その頃。
私はお母様とともに参加していたお茶会で、ディアナ様の噂を耳にしていた。
「お母様。この噂……本当なのかしら」
不安そうに問いかける私へ、母は優しく微笑む。
「いずれアーサー様がお戻りになれば、全てはっきりするはずよ」
「ええ。私は、あの日のアーサー様の言葉を信じています」
その答えに、母は静かに頷いた。
それよりもアーサー様が今、ディアナ様とは一緒でないということに心から安堵していた。
(噂がどうであれ、私はアーサー様を信じるだけ)
そう心の中で呟いていた。
────
しかし、王都を駆け巡るその噂は……。
アーサーが兄へ手紙を送り、ゆっくりでいいから広めるよう頼んでいたものだった。
リリアンを傷つけた者への報いは、まだ終わってはいなかった。
────ギルバート視点
僕はあれ以来、兄上の仕事を手伝いながら日々を過ごしている。
父上からは「今度リリアン嬢のもとを訪ねたら、本当に勘当だ」と釘を刺され、当然のごとく社交界への参加も禁止されていた。
(彼女に会いたいけれど、屋敷を訪ねてもリリアンのお父上にまた追い返されてしまうだろう。かといって、社交界で彼女に会うこともできない。一体僕はどうしたらいいんだ)
さすがにあれからは大人しくしているが、このまま諦めるつもりは毛頭ない。
ほとぼりが冷めたら、必ずもう一度リリアンに気持ちを伝えてみせる。
それに、アーサーの奴は隣国へ行ったままだ。
リリアンとは会えていない。
だったら、まだ間に合う。
今は父上の手前、もう少しだけ我慢すればいい。
そんなある日、兄上からディアナに関する噂が王都中で広まっていると聞かされた。
「お前まで噂の種になっている。本当に恥ずかしい話だ」
そう呆れたように言われ、思わず耳を疑った。
何でも彼女は、ヴァロア侯爵家次男ギルバート、つまり僕を捨て、隣国の王太子殿下の側近であるボーフォール子爵家のアーサーを追って隣国へ渡ったらしい。
ところが当のアーサーには相手にされず舞い戻り、挙げ句の果てには支援していた劇団にまで見放されたという。
(なんだ。あの俳優にまで捨てられたのか。いい気味だ)
もっとも、今の僕には何の関係もない。
もうしばらく大人しくして、それから動くつもりだ。
父上だって、兄上だって、リリアンが戻ってくれるとわかれば、きっと喜んでくれるはずだ。
あの二人は、僕がもうリリアンに相手にされないと思い込んでいるようだが、全く何もわかっていない。
長年婚約者だった僕だからこそわかる。
リリアンは優しいんだ。
きっと、あの優しさは今だって変わっていないはずだ。
だから、必ず上手くいく。
(待っていてくれ、リリアン。必ず君に会いに行くから)




