26話(思惑)ディアナ視点・アーサー視点
────ディアナ視点
劇場からの帰り道、馬車の中で。
悔しくて、悔しくてどうしようもない。
隣でアーサー様が何か話してくださっていても、その言葉はほとんど耳に入ってこなかった。
(何よ、あの俳優)
腹が立って仕方がない。
(わたくしに気があったくせに、あの侯爵夫人や令嬢にまで、あんな笑顔を向けて)
あれほど嬉しそうに話すだなんて許せない。
いくら今のわたくしがアーサー様に夢中だからといって、あっさりあちらへ乗り換えるなんて信じられない。
だけど、それ以上に悔しかったのは別のことだった。
認めたくはない。
それでも、この国へ来てから嫌というほど思い知らされた。
街並みも、人々の暮らしも、劇場の規模も。
見るものすべてが、わたくしたちの国を上回っている。
そして今日、侯爵家の方々を目の当たりにして、それは決定的になった。
(これが……大国)
このわたくしが初めて味わった敗北感だった。
そんな国で、アーサー様は王太子殿下の側近として信頼されている。
侯爵家の当主までもが、アーサー様へ敬意を払っていた。
それなら……。
(そうだわ)
答えは簡単だわ。帰国したら、お父様へお願いをすればいいのよ。
侯爵家のことは、ひとまず誰かへ任せればいい。
わたくしはアーサー様のお側へ行く。
この国で暮らせばいいのだわ。
あれほどの大物貴族が一目置く方なのだもの。
こちらでの地位だって、かなり上のはず。
そうよ、これからわたくしはこの大国で皆の注目を浴びればいいのだわ。
そう思うと、胸の中に小さな希望が灯る。
必ず、アーサー様の心を射止めてみせるわ。
簡単なことだわ。だってあの方はまだご自分のお気持ちに気づいていないだけだもの。
そうよ、こちらの国で大輪の花を咲かせてみせるわ。
それこそが、わたくしにとって、一番ふさわしい未来なのだから。
────アーサー視点
帰りの馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
(どうやら、さすがのディアナ嬢も今日のあの雰囲気には圧倒されていたな)
私の問いかけにもどこか上の空だ。
おそらく、格の違いをまざまざと見せつけられたに違いない。
この国へ来てから数多くの貴族と顔を合わせてきた私ですら、アルヴェール侯爵家だけは別格だと感じたほどだ。
アルヴェール侯爵家の方々は、一目見ただけで他の貴族とは違うとわかる。纏う空気そのものに、王族と同じような気品があった。もっとも侯爵夫人は元王族なのだから、それも当然なのだが。
しかし、この国に来たばかりのディアナ嬢は、それを「この国の貴族は皆、この水準だ」と錯覚してしまったのだろう。
(無理もない。だが、こちらの思う壺だ)
その上、自分にご執心だと思い込んでいた主演俳優が、その侯爵夫人や令嬢からあれほど称賛され、心から嬉しそうに微笑む姿を目の当たりにしたのだ。
まさか彼が、自分以外の者にあのような表情を見せるとは思いもしなかったのだろう。
あの時のディアナ嬢の表情には、悔しさが滲んでいた。
これで少しは、思い知っただろう。
いつも自分が一番ではないと。
(上には上がいるのだよ)
もっとも、彼女はこの程度のことでこたえるような人間ではない。
それでも、自分がもう特別な存在ではないことくらいは悟ってくれたなら、それで十分だ。
これから彼らは、間違いなくこの国でさらに評価を高めていく。
そしてディアナ嬢は、自分が彼らをぞんざいに扱ってきたことを後悔するだろう。
今更彼らに手を差し伸べようとしても、もう彼らは彼女を必要としない。
その時だ。
自分の存在価値を失ったと思い知った瞬間、私はディアナ嬢へ告げる。
私の本心が誰にあるのかを。
彼女にとって、それは幾重にも重なる屈辱になる。
それこそが、私からの罰だ。
これは、リリアンを傷つけた報いにもなる。
思い知るがいい。




