25話(成功)
劇団員たちと別れた私は、到着の報告を済ませるため取り急ぎ王宮へ向かった。
執務室の扉が開いた瞬間、王太子殿下は私の顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「よく戻ってくれた!」
そう言って勢いよく立ち上がったかと思えば、今度は不満混じりの嫌味を口にする。
「それにしても、ずいぶんゆっくりだったな」
「申し訳ありません。劇団員たちの台詞の稽古に手こずりました。なにぶん、言葉の壁がありましたので」
言い訳ではなく、そのまま事実を伝えた。
「ふむ」
殿下は腕を組むと、にやりと笑った。
「それで?」
何となく嫌な予感がした。
「隣国の劇団を、我が国で公演させる目的は、一体何なんだ?」
「もちろん、親善のための文化交流ですが」
「嘘をつけ」
即座に返されてしまった。
「芸術とは縁遠いお前が、文化交流だと? 笑わせるな」
私は思わず苦笑した。
「最初にお願いしたはずです。あまり詮索はなさらないでください」
「そうだったな」
殿下は肩をすくめる。
「だが、本当はあの舞踏会で会った幼馴染みが関係しているんじゃないのか?」
「殿下!」
思わず声が大きくなる。
殿下は両手を上げて楽しそうに笑った。
「分かった、分かった。そう睨むな」
さんざん笑い倒したあと、今度は真面目な表情になる。
「まあ、お前が頼み込んでまで進めた仕事だ。最後まで好きにやれ」
「ありがとうございます」
深く一礼すると、私は執務室を後にした。
その後は、支援を引き受けてくださった有力貴族のもとへ、お礼を兼ねた挨拶に向かい、劇場の内覧や今後の日程の確認なども済ませた。
気づけば日もすっかり傾いていた。
王宮へ戻る頃には、さすがの私も疲れ切っていた。
(今日は、もう限界だな)
ディアナ嬢のことも気にはなる。
だが、今から顔を合わせれば余計な気力まで削られそうだ。
今日一日くらいは、仕事を口実に距離を置いても問題ないだろう。
(明日、改めて考えよう)
そう自分を納得させ、私は久しぶりに王宮の私室へ戻り、その日は早めに身体を休めることにした。
「ああ……やはり、この部屋は落ち着く」
そう呟くと、疲れが一気に押し寄せた。
こうしてその日、私は早めに眠りについた。
────
翌朝。
ディアナ嬢が泊まる宿泊施設を訪ねると、彼女は不機嫌そうに腕を組んでいた。
「お夕飯をご一緒しようと、ずっとお待ちしていたのですよ」
「申し訳ありません。一通りの仕事を終えた頃には遅くなってしまい、そのまま王宮の私室で寝てしまいました。せめて伝言だけでも残すべきでした」
そう頭を下げると、彼女はつんと澄まして息を吐く。
「……仕方ないですわね。今回だけは許して差し上げますわ」
言い方は高飛車だが、どうやら機嫌は直ったようだ。
「では参りましょう」
私たちは劇団員たちの宿泊施設へ向かった。
すでに団員たちは準備を終え、出発を待っていた。
私は皆を見回し、今日の予定を伝える。
「本日はこれより劇場へ向かい、通し稽古を行っていただきます」
団員たちの表情が引き締まる。
「そして本日の稽古には、この公演の支援者となってくださった侯爵家の皆様がお越しになります」
劇団員たちは顔を見合わせた。
「侯爵家……」
「緊張しますね」
「皆さんは、普段通りで構いません」
私は安心させるように微笑んだ。
「これまで努力してきたものを、そのまま見せるだけでいいのです」
その言葉に、団員たちはやる気を見せてくれる。
「よし、頑張るぞ!」
そして、劇場へ到着すると、すでに貴賓席には侯爵一家の姿があった。
この国でも指折りの名門。アルヴェール侯爵家である。
侯爵の隣には気品ある夫人が座り、その隣では十代半ばほどの令嬢が目を輝かせ舞台を見つめていた。
ディアナ嬢が一瞬、息を呑む。
その表情を横目に見ながら、私は侯爵家へご挨拶をする。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
侯爵は穏やかに頷く。
「こちらこそ。アーサー殿がそこまで推す劇団だ。楽しみにしていましたよ」
夫人も隣で優しく微笑む。
「皆さん、とても緊張なさっているようですね」
「はい。しかし彼らの実力は本物です」
そして、稽古が始まった。
劇団長の合図で幕が開く。
主演の青年が舞台へ現れた瞬間、空気が変わった。
稽古とは思えないほど堂々とした立ち姿。
鍛え上げられた声が劇場中へ響き渡る。
夫人は思わず胸に手を当てた。
「まあ……」
令嬢は目を奪われる。
「お父様、すごいです!」
舞台が進むにつれ、二人はすっかり物語へ引き込まれていた。
主演の青年が切ない表情を浮かべるたび、令嬢は息を呑み、笑顔になれば一緒になって微笑む。
夫人も小声で呟いた。
「なんて魅力的な役者さんでしょう」
その様子を見た侯爵は苦笑する。
「やれやれ」
二人を見比べながら肩をすくめた。
「どうやら私は、公演の支援だけでは済まなくなりそうだ。これから何度この劇場に足を運ばされるか分からんな」
令嬢は恥ずかしそうに頬を染める。
「だって……あんなに素敵なんですもの」
夫人も一緒に笑った。
「わたくしまで見入ってしまいましたわ」
侯爵は笑いながら舞台へ視線を戻す。
「これほど人を惹きつけるなら、本物ということだ」
稽古が終わる頃には、劇場は自然と拍手に包まれていた。
「素晴らしい」
侯爵は立ち上がる。
「これは必ず成功する」
そして劇団長へ向き直った。
「アルヴェール侯爵家として、公演の全面的な支援を正式に約束しよう」
劇団長は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
団員たちにも安堵と喜びが広がる。
その光景を見つめながら、私は隣へ目を向けた。
ディアナ嬢は言葉を失っていた。
今まで自分こそが劇団の後ろ盾だと思っていたのだろう。
だが目の前にいるのは、この国でも屈指の名門侯爵家。
夫人は主演へ惜しみない賛辞を送り、令嬢は目を輝かせ、侯爵自ら正式な支援を約束した。
その光景は、誰の目にも明らかだった。
(もう、この劇団に君の後ろ盾など必要ない)
ディアナ嬢は拳を握り締めた。
その表情には、悔しさと焦りが浮かんでいた。




