24話(隣国へ)
いよいよ隣国へ向かう日がやってきた。
やはり、ディアナ嬢も強引に同行することになった。
もっとも、それも計画のうちだ。
(アッシュフォード伯爵家へ事前に話を通しておいて、本当によかった)
これでリリアン嬢を、余計な噂でまた傷つけずに済む。
馬車へ乗り込んだディアナ嬢は、終始機嫌が良かった。
きっと、自分の思い通り、ついて来られたことを喜んでいるのだろう。
だが、その姿を見ているうちに、改めて思う。
(本当に、自分のことしか考えていない人だ)
劇団員たちは慣れない隣国公演へ向け、不安を抱えながら準備を進めている。
その中でも主演の俳優は、公演の成功を願って何度も台詞を口にしていた。
(見た目より彼はずっと真面目な青年だ)
しかし、ディアナ嬢はそんな彼が話しかけても、ほとんど相手にしない。
それどころか、あからさまに無視をしている。
まるで、もう用済みだと言わんばかりだった。
特に私の前では、その態度が露骨になる。
見ているこちらが気の毒になるほどだった。
それでも彼は、何度もディアナ嬢へ声をかけようとする。
以前は、彼女も彼の演技を褒めたり、楽しそうに話しかけたりしていたと、先日彼が話していたな。
だからこそ、急に冷たくなった理由が分からないのかもしれないな。
(君は、本当に彼女を慕っているのだな)
純粋に彼女を想う彼の姿を見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だが、彼もきっと、心のどこかでは分かっているはずだ。
貴族令嬢と自分では、結ばれることなどないと。
それでも、簡単に諦められるほど、人の想いは都合よくできてはいない。
だからこそ、教えてやりたい。
(君を真に輝かせるのは、彼女ではない)
隣国には、芸術を惜しみなく支援する有力貴族がたくさんいる。
私はすでに、その後ろ盾となってくれる方へ話を通している。
才能ある者は、相応しい場所で正しく評価されるべきだ。
そのための準備は、もう整っている。
そして、それこそがディアナ嬢の思い違いを打ち砕く一手でもあった。
(もう、彼らに君の後ろ盾は必要ない)
この国ではいくら名門ローゼンベルク侯爵家でも、隣国では事情がかなり違う。
国の規模も、貴族社会の力関係も、何もかもが同じではない。
ディアナ嬢、これから君は自分より大きな世界を知ることになる。
今まで見下してきた者が、どれほど悔しい思いを味わってきたのか。
少しでも、彼らの痛みを知ればいい。
(きっと、隣国に行けば彼の気持ちも変わるはずだ)
馬車は国境を越え、静かに進み続けていた。
────
国境を越えてから数日。
ようやく隣国へ到着した。
王都に入った瞬間、団員たちの間から驚きの声が漏れる。
「すごい……」
「道が広い」
「建物も、全部大きい……」
大通りは馬車が何台も並んで走れるほど広く、両脇には自国では滅多に見ないほど立派な石造りの建物が立ち並んでいた。
行き交う人々の数も、街全体の活気も、私たちの国とは比べものにならない。
主演の青年は思わず辺りを見回しながら、息を呑む。
「本当に、こんな場所で公演するんですね」
「ええ」
私は頷いた。
「だからこそ、この公演を必ず成功させましょう」
隣ではディアナ嬢も、その光景へ目を奪われていた。
一瞬だけ驚いたように目を見開いたものの、すぐに何事もなかったように微笑みを浮かべる。
「さすが大国ですわね」
しかし、その笑みの奥にある動揺を、私は見逃さなかった。
「ですが、どれほどの大国でも……所詮は同じ人間が暮らす国ですもの」
その声は、まるで余裕を装っているようだった。
私はそれには何も答えず、劇団員たちを事前に手配しておいた宿泊施設へ案内する。長旅の疲れもあったのだろう。荷物を下ろした団員たちは、ようやく安堵したような表情を浮かべた。
その様子を見届けたところで、案の定、ディアナ嬢が当然のように私の腕にまとわりついてきた。
「アーサー様。もちろんこのあともご一緒できますわよね?」
私は穏やかに微笑みながらその手をゆっくりと振り解き、首を横へ振った。
「申し訳ありません。これから報告へ向かわなければなりません」
「報告?」
「はい。劇団到着の報告に加え、劇場の内覧や今後の打ち合わせもあります」
どれも嘘ではない。
王太子殿下から許可を得た仕事なのだから、到着した以上、後回しにはできなかった。
「では、わたくしもご一緒いたしますわ」
言いかけたディアナ嬢を気遣う素振りで、静かに続ける。
「恐れ入りますが、ディアナ嬢には貴族専用の宿泊施設をご用意しております。そちらでゆっくりおくつろぎください」
彼女は少しだけ残念そうな顔をしたものの、渋々頷いた。
「そういうことでしたら仕方ありませんわね」
宿泊施設まで送り届け、使用人へ引き継ぐ。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「また後でお会いできますわよね?」
「仕事が落ち着きましたら」
そう答えて一礼すると、私はようやく彼女のもとを離れた。
(はぁ。やっと解放された。それにしても彼女といるのは疲れる)
だが、休む暇はない。
こちらの国を留守にしていた間の報告に加え、片づけなければならない仕事は山ほどある。
私はその足で王宮へ向かった。




