23話(誓い)
アーサーは隣国公演のため、一旦劇団員を伴い、国に戻らなければならなかった。
その前にどうしても伝えておきたくて、リリアンへ先触れを出していた。
話があるから、屋敷へ伺いたい。
そう綴った手紙への返事を受け取ると、彼は早速アッシュフォード伯爵家へ向かった。
応接室では、伯爵夫妻とリリアンが迎えてくれる。
「伯爵様。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
丁寧に一礼するアーサーへ、伯爵は穏やかに微笑んだ。
「何だねアーサー君、話とは」
そう言って笑顔で彼を見る。
「それにしても先日も思ったが、君は本当に立派になったな。お父上もさぞかし鼻が高かろう」
「恐縮です」
アーサーは緊張を解くため一度大きく息を吐いた。
ここから先は、曖昧な言葉ではなく、自身の覚悟を示したかった。
まっすぐ伯爵夫妻を見つめる。
「この度、親善のため、我が国の劇団が隣国で公演を行うこととなり、私も来週、現地へ同行することとなりました」
そう言って、今度はリリアンを真剣に見つめる。
「もしかすると、この国での後援者であるローゼンベルク侯爵家のディアナ嬢も同行するかもしれません」
伯爵も夫人も、そしてリリアンも少し驚いているが、それでもアーサーは動じることなく続けた。
「しかし、私のことを信じてどうか待っていて欲しいのです。帰国したら真っ先に伺います。その時、改めてお話しさせてください」
その言葉に、リリアンは息を呑む。
アーサーは表情を引き締めた。
「婚約解消の件、私はどうしても、あの二人を許すことができません」
その声には怒りが滲んでいた。
「お願いがあります」
今度は伯爵夫妻とリリアンを同時に見つめる。
「もうしばらくの間、何も言わずに見守っていていただきたいのです」
三人は黙って耳を傾ける。
(もしかしたらアーサー様、私のために?)
これからも、しばらくはディアナへ近づき、立ち向かわなければならない。
だからこそ、先に伝えておきたかった。
先日のようにリリアンに疑われたくはなかった。それにもう二度と、傷ついて欲しくなかった。
「もし、そのことで妙な噂が流れたとしても、どうか信じてください。私は決してリリアン嬢を裏切ったりはしません」
その瞳には、一切の迷いがなかった。
そして最後に、リリアンだけを見つめる。
「すべてが片付いたら、真っ先に私の気持ちを伝えに伺います。……その時、リリアン嬢。あなたの気持ちも聞かせていただけませんか」
一呼吸置いてから、優しく微笑む。
「どのような言葉であっても、あなたの出した答えなら、私はすべてを真摯に受け止めます」
応接室には静かで、そしてあたたかな空気が流れていた。
具体的な計画のすべてを明かしたわけではない。それでも、彼の秘めた覚悟と真摯な想いは、そこにいる三人へ痛いほどまっすぐに届いていた。
そしてその場に広がる静けさは決して重苦しいものではない。
長年胸に秘め続けた想いが、今少しだけ解き放たれた瞬間のようでもあった。
リリアンは胸に手を当てた。
指先がかすかに震えている。だけどその震えは不安からではなく温かな感動によるものだった。
「アーサー様……」
声にしようとした言葉は途切れ、それでも胸の奥は、彼への揺るぎない信頼で満たされていた。
傷ついていた心が、彼の真っ直ぐな眼差しによって、静かに溶かされていくのを感じた。
「……信じて待っています」
その一言に、アーサーは優しく唇を綻ばせた。その表情は、幼い頃にいつも自分のそばにいてくれた少年の笑顔そのものだった。
黙って聞いていた伯爵が、息を吐き出してソファの背もたれに体を預ける。その顔には少しの驚きと、それを上回る安堵感があった。
「……やれやれ。まさか君からそんな不意打ちを喰らうとはな」
夫人は目元をハンカチで拭いながら、愛おしそうに娘とアーサーを交互に見つめている。
「……分かった」
伯爵はアーサーの目をしっかりと見返し、力強く言った。
「君の覚悟、確かに受け取った。あとのことは……すべて君に委ねよう。いいな、リリアン」
「はい」
彼女は嬉しそうに頷いた。




