20話(それぞれの想い)
────アーサー視点
計画の最中だというのに、ギルバートのあまりにも身勝手な言い分に、思わず本音で怒鳴ってしまった。
だが、どうしても許せなかった。
あの勢いのままリリアンのもとへ向かい、ようやく少しずつ笑顔を取り戻し始めた彼女を、また傷つけてしまうのではないかと、そのことばかりが頭をよぎる。
今すぐ駆けつけたい。
それでも、この交渉は自分の計画のために王太子殿下へ頼み込み、正式な許可をいただいて進めている仕事だ。
ここで劇団の代表である彼との交渉を投げ出すわけにはいかなかった。
ディアナ嬢を見ると、彼女は俯いたまま何かを考え込んでいる。
(やはり、さっきリリアンを庇ったことがまずかったか)
ここまで計画は思い通りに進んできた。
今さら止まるわけにはいかない。
私は表情に気をつけて、静かに口を開いた。
「ディアナ嬢。彼との婚約は、本当に解消なさるおつもりなのですか?」
ディアナは顔を上げ、慌てたように頷く。
「も、もちろんですわ。わたくしが望んだことではありませんもの」
「そうですか」
私はひとまず息を吐いた。
「先ほどのあの言い分を聞いているだけで腹が立ちました。誰が聞いても、あれは常軌を逸しています。人として許せなくて、つい声を荒げてしまいました」
ディアナは目を丸くする。
「まあ……そういうことでしたの? 確かに一度捨てておきながら勝手だと、わたくしも思いましたもの」
一瞬だけ安堵したように微笑んだ。
(まったく、どの口が言うのだか)
「わたくしはてっきり、彼女のことを想って怒っていらっしゃるのだとばかり……」
私は大袈裟に首を横に振る。
「いえ。あの言い草は誰が聞いても腹が立ちます」
そう言って穏やかに微笑んでみせる。
(何とか誤魔化せたようだが、それにしてもこの思い込みの強さには呆れてしまう)
彼女はどこか安心したように表情を緩める。
やはり、あれは完全に自分の勘違いだと受け取ったようだ。
再び私を気に掛け、嬉しそうに頬を染めている。
その笑顔を見つめながら胸の奥で密かに願う。
(リリアン……どうか、奴と関わらないでいてくれ)
────ディアナ視点
まったく、心配して損をしてしまいましたわ。
アーサー様は、ただ人として腹を立てていらしただけだったのね。
わたくしったら、余計なことを考えすぎてしまいましたわ。
そうよね。ギルバート様に捨てられた女なんか、アーサー様がお相手になさるはずがないわ。
その点、わたくしは違う。
ギルバート様を捨てる側になったのだから、立場はまるで逆ですもの。
お父様にお願いして、婚約破棄……あら、それでは少し可哀想かしら。婚約解消でも構わないわ。
早速、手続きを進めていただかなくては。
あとは、あの劇団の俳優だけ。もっとも、貴族相手の話をわざわざ外へ漏らすはずはありませんわ。
あの人たちの世界では、ああいうことは珍しくないのでしょうし。
何も心配はいらない。
そう思うと、胸がふわりと軽くなった。
これで、わたくしは晴れて独り身。
やっとアーサー様のお気持ちに応えられるわ。
そう思うだけで、自然と頬が緩んだ。
────ギルバート視点
何なんだ、一体!
数日後、朝からローゼンベルク侯爵、ディアナの父が我が家へやって来た。
「どうやら本人たちの行き違いだったようだ。この度の話はなかったことにしたい。婚約解消ということでよろしいかな」
あっさりと、それだけ告げて帰っていった。
は? こっちはまだリリアンに会えてもいないのに。
その上、父上と兄上は烈火のごとく怒り出した。
「この家の面汚しめ! どこまで恥を晒せば気が済む!」
どうして僕が怒鳴られなければならないんだ。
僕はディアナに利用されただけじゃないか。
こんなことになるなら、最初からリリアンを捨てなければよかった。
何なんだ、この最悪な展開は。僕は本当についていない。
それに、アーサーの奴だ。
ディアナにも近づいて、一体どういうつもりなんだ。
もっとも、もうディアナには何の未練もない。
あんな女、こっちから願い下げだ。
今、会いたいのはリリアンだけだ。謝れば、きっと分かってくれる。
あの優しいリリアンなら、僕を受け入れてくれるはずだ。
そう思って、その気持ちを父上たちへ打ち明けた。
だが、返ってきたのは想像以上の怒声だった。
「まだそんな寝言を言うのか! 今度リリアン嬢へ近づいたら、本当に勘当する!」
父上が机を叩く。
「彼女をどこまで侮辱すれば気が済む!」
兄上も冷たく言い放った。
「もう二度と、アッシュフォード家に迷惑をかけるな!」
どうしてだ。
二人とも、あれほどリリアンを気に入っていたじゃないか。
だったら、やり直せばいいだけだろう。
どうして誰も、僕の味方をしてくれないんだ。




