2話(両親の怒り)
居間に入ると、アンナから報告を受けていたのか、両親が不安そうな表情で座っていました。
「リリアン、ギルバート殿と何かあったのか?」
私は努めて冷静に、今日の出来事をすべて話しました。
私の口から語られるギルバート様のあまりに身勝手な言葉の数々に、父は顔を真っ赤にし、母はショックと怒りで震えています。
「あちらから懇願されて結んだ婚約だというのに……今更そんな勝手が許されると思っているのか! 幼い頃からリリアンが何年費やしてきたと思っているのだ! こうなったら、今すぐヴァロア侯爵家へ抗議に行ってくる!」
「お父様、待ってください。あまりことを荒立てては……もう少し様子を見てからにいたしましょう」
両親の怒りを目の当たりにした瞬間、何故か私の方が冷静になれました。不思議です。
「お前は悔しくはないのか!?」
「悔しいというよりは悲しかっただけです。でも……自分に見る目がなかっただけです」
そう言った途端、両親は黙ってしまいました。
しばらく部屋には静かな時間だけが流れていました。
最初に口を開いたのはお母様でした。
「見る目がなかったなんて、自分を責めるものではありませんよ。それにあの頃はまだ、あなたは子供だったのだから」
母は私の隣へ腰を下ろし、そっと手を握ってくれました。
「変わってしまったのは、あちらです」
(そう、変わってしまっただけなのです)
その温もりに、こらえていた涙がまた込み上げそうになります。
お父様も私を優しく見つめました。
「……すまない。怒りで先走るところだったよ」
それでも、その瞳には硬い決意が宿っているように見えます。
「だが、これは感情だけの問題ではない。婚約は両家の約束だ。正式な話はヴァロア侯爵本人と交わす」
「すみません。ご迷惑をおかけします……」
「お前が謝ることではない。心配はするな、冷静に話してくるよ。ただ、これ以上お前を傷つけるようなまねは、誰にもさせん」
その力強い一言に、胸の奥が温かな安心感で満たされていきました。
その夜は早く休むよう促され、私は私室へ戻りました。
窓の外では、いつの間にか雨が降り始めています。
暗い庭をぼんやり眺めていると、不意に引き出しの中にしまったままのものを思い出しました。
そっと引き出しを開け、大切にしまってある一つの髪飾りを取り出します。
幼い頃、ギルバート様からいただいた髪飾り。
「僕と二人だけの時につけてね」
そう言って渡された、大切な宝物でした。
何度も手に取っては嬉しくなり、彼に言われた通り、二人きりの時だけそっと髪につけていた髪飾りです。
だけど今は、その輝きさえ遠い昔のもののように思えます。
(可愛くて、とても気に入っていたのに……)
私は髪飾りをぎゅっと握り締め、ゆっくりと息を吐きます。
(もう、これも捨てなくてはね。家族以外から初めてもらった贈り物。そのことが、とても嬉しかったのに……)
だからこそ、すぐには捨てられず、そっと引き出しの一番奥へしまい込みました。
再び窓辺へ戻り、呟きます。
「これまでの時間はいったい、私にとって何だったのかしら」
その問いかけに答えてくれる者はなく、ただ雨音だけが次第に強くなっていきました。
(人の心とは、なんと移ろいやすいものなのかしら……だから、一方的に責める気にもなれないわ)
そんなふうに思う私は、ただのお人好しなだけなのでしょうか。




