18話(覚悟)
数日後。
ディアナに冷たくあしらわれ続けたギルバートは、ついに決心を固めた。
(もう直接話すしかない。僕にはリリアンがいるんだ。アーサーに先を越されるわけにはいかない)
そのためにはまず、ディアナとの関係をはっきりさせねばならなかった。
身勝手な理屈を掲げ、先触れすら出さずにローゼンベルク侯爵邸を訪ねる。
取次をしようとする使用人を「僕は彼女の婚約者だぞ」と押し切り、勝手にあがり込んだ。
応接室へ向かう途中、廊下の奥から楽しげな話し声が聞こえてくる。
ギルバートは思わず、足を止めた。
「代表、その件でしたら、既に日程を詰めております」
「はい。向こうでの上演が実現すれば、劇団員も喜ぶでしょう」
その声に、ギルバートは目を見開いた。
「……アーサー?」
ガラス窓のついた扉の向こうには、ディアナとアーサー、そして見知らぬ男が席についていた。
三人はテーブルに書類を広げ、何やら真剣に話し込んでいる。
ディアナは隣のアーサーに親しげに寄り添い、甘えるような顔を向けていた。
その光景を見た瞬間、ギルバートの中で何かがプツリと切れた。
「やっぱりそういうことだったのか!」
勢いよく扉を開け放った瞬間、部屋の空気が一変した。
ディアナが驚いたように振り返る。
「ギルバート様?」
「やっぱり、アーサーに乗り換えるつもりなんだな!」
怒鳴り声が応接室に響く。
アーサーは静かに立ち上がったが、何も言わない。
ディアナは呆れたように息を吐く。
「何を仰っているの?」
「だって!」
「わたくしは最初から、あなたと一緒になりたいわけではありませんわ」
その言葉に、ギルバートは息を呑んだ。
ディアナはわざとアーサーにぴたりと身体をつける。
「それに」
口元へ笑みを浮かべた。
「こちらは、いつでも婚約解消して差し上げても構いませんのよ」
「なっ……」
ギルバートの顔が青ざめる。
数日前まで自分を持ち上げていた彼女とは別人だった。
「だったら!」
悔しさに拳を震わせながら叫ぶ。
「僕だって、もうあなたとはやっていけない!」
声を荒げたまま続けた。
「やっぱり僕はリリアンがいい! 婚約は解消で構わない」
ディアナが眉をひそめ、アーサーは怒りで顔を歪める。
「リリアンなら必ず、僕を受け入れてくれる! 彼女に会って謝る! そして、もう一度やり直す!」
そう言い捨てると、ギルバートは踵を返した。
その背中を見つめていたアーサーの表情から、穏やかさが消える。
「待て!」
低く、鋭い声だった。
ギルバートが振り返る。
「何だ」
次の瞬間だった。
「これ以上、リリアンを馬鹿にするな!」
今まで抑えていた怒りが、一気に溢れ出した。
応接室が静まり返る。
「自分で捨てた相手のもとへ、都合が悪くなったら戻れるなんて二度と考えるな!」
アーサーはギルバートへ近づいた。
「これ以上、彼女を傷つけさせない」
その瞳には、必ず彼女を守り抜くという揺るぎない覚悟があった。
ギルバートは思わず後ずさる。
目の前にいるのは、幼い頃の記憶にある穏やかな少年ではない。
一度は手放してしまった後悔を抱え、今度こそ大切な人を守るためなら、すべてを懸けて戦うと決めた一人の男の姿がそこにはあった。
その様子を見つめていたディアナは、ただ立ち尽くしていた。
あまりにも激しい怒り。
今まで見たことのないアーサーの姿に、驚きのあまり口を挟むことさえできない。
(まさか……アーサー様は、今でもリリアンを想っているというの?)
胸の奥に、リリアンに対する嫉妬の炎が再び生まれた。
それでも彼女は、その現実から目を背けるように、首を振る。
(そんな……そんなはずないわ)
アーサー様は、わたくしにあれほど優しくしてくださった。
わたくしを気にかけ、何度も声をかけてくださった。
(あれがすべて、リリアンへの想いを隠すためだったなんて……)
そんなこと、認められるはずがない。
それでも、先ほどの光景が頭から離れず、何度もよみがえる。
あれほど怒るなんて……やはりリリアンを特別に想っているということなの?
ディアナは、どうしても認めたくはなかった。
(いいえ、違うわ。きっと何か理由があるのよ)
だって、わたくしにヤキモチまで妬いてくださったのだから。
(あれが嘘のはずがないわ)
きっとアーサー様は、まだご自分の気持ちに気づいていないだけなのよ。
そうよ、リリアンへの想いなど、もう過去のこと。
そう思えば、先ほどのアーサー様の怒りも、別の意味があるに違いないわ。
(アーサー様は誠実な方だもの。過去の初恋を、あんな形で傷つけられたことが許せなかっただけなのよ)
ディアナは、そう自分に言い聞かせた。
それでも……その胸の奥には、どうしても消えない不安が残っていた。




