17話(お茶会)
数日後。
お母様と出席した昼間のお茶会で、私は自分の耳を疑いました。
「そういえば、先日ローゼンベルク侯爵家のディアナ様と、隣国の王太子殿下の側近をなさっていた方が、二人揃って仲良く観劇を楽しんでいらしたわ」
「ああ、その日でしたら、私も目にしましたわ。いつものボックス席で、かなり目立っていましたものね」
「確か隣国の王太子殿下の側近の方は、こちらの国の貴族令息だと耳にしましたわ」
「ええ、そうですわ。ボーフォール子爵家のアーサー様だと、知人から聞きましたの」
「まあ! でもディアナ様は確か、ヴァロア侯爵家のギルバート様と婚約なさったばかりではなかったかしら?」
「もしかして、ディアナ様がギルバート様を振ってしまったとか?」
そんな噂が飛び交っていました。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がちくりと痛みます。
アーサー様。
あの日、私をダンスへ誘ってくださり、たくさん気遣ってくださいました。
屋敷を訪ねてもよいかと聞かれた時は、内心とても嬉しかった。
私なんかと関われば噂になります、と口にした私へ、「言いたい奴には言わせておけばいい。私は気にしない」と言ってくださったあの言葉が、どれほど嬉しかったことか。
それなのに、ディアナ様と観劇だなんて……。
(やはり、あの言葉は社交辞令だったのね。それなのに真に受けてしまい……私ったら馬鹿ね)
本当に、何を期待していたのかしら。
ついこの間まで、ギルバート様との婚約解消で傷ついていたばかりなのに。
それでも、あの方なら違うのかもしれないと、どこかで期待してしまっていたのでしょう。
(いつから私は、あの方の言葉ひとつで、こんなにも嬉しくなったり苦しくなったりするようになったのかしら)
帰りの馬車の中、私は窓の外を眺めたまま、ほとんど口を開きませんでした。
お母様は心配そうな顔をして、何か声を掛けようとしていましたが、結局何も言わず、ただそっと私の手を握ってくださいました。
その温もりは優しく、胸に沁み込んできます。
屋敷に戻ってからも普段通りに笑ってみせようと努めましたが、お母様の目を誤魔化すことはできませんでした。
「無理することはないのよ」
却って心配をかけてしまいました。
その夜、部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると、書斎から両親の話し声が漏れ聞こえてきました。
「……リリアンがね、今日一日ずっと元気がないの」
お母様の声でした。
思わず足を止めると、お父様の声が聞こえてきます。
「そうか」
短い一言のあと、少しだけ沈黙が続きました。
「少し、確かめなければならんな」
何を確かめるつもりなのかは分かりません。
私は音を立てないように、そっとその場を離れ、自室へ戻りました。
(ごめんなさい。私ったら、また両親に心配をかけているのね)
それにしても不思議です。ギルバート様から婚約解消を告げられた時、確かに悲しかったけれど……今の方がずっと辛く感じます。
その理由が分からないまま、私は何気なく窓辺へ顔を向けました。
窓の外には、星の輝きが霞むほど、明るい月が、夜空を照らしています。
(あの星はまるで、今の私みたいだわ……そしてその星が霞むほど煌めいている月は……)
気がつけば、涙が頬を濡らしていました。
(……アーサー様)
どうして、あの方のことを考えるだけで、こんなにも胸が苦しくなるのかしら。
ギルバート様を失った時とは、明らかに違う。
(もしかして……私ったら……)
今、初めて気づいたのです。
私が本当に失いたくないと思っている人は、もう別の人になっていることに。




