12話(アーサーの反撃1)
舞踏会から数日後。
ローゼンベルク侯爵家へ、一通の先触れが届いた。
差出人はそう、アーサーだった。
「アーサー様から……?」
執事が封を切る前に、その名を目にしたディアナは思わず息を呑む。
あの日、舞踏会で交わしたわずかな会話。
別れ際に向けられたあの眼差しが、どうしても頭から離れなかった。
「お嬢様、これは侯爵様宛ですが」
「わたくしが少しだけ確認するわ」
そう言って封書を受け取ると、ディアナはためらうことなく中へ目を通した。
そこに書かれていたのは、意外な内容だった。
現在、王都で評判となっている劇団について、ぜひお話を伺いたく存じます。
隣国での上演の可能性も検討しておりますので、ローゼンベルク侯爵家のお力をお借りできれば幸いです。
ディアナは目を輝かせた。
その劇団は、彼女がパトロンとなって支えている劇団だった。
(もしかしたら、私のことを調べてくださったのかしら)
そう思った瞬間、胸が高鳴る。
本来なら父へ渡すべき手紙だった。
それでも、ディアナは迷わなかった。
「お父様はお忙しいもの。代わりにわたくしがお力になって差し上げるわ」
誰に聞かせるでもなく呟くと、その場で返事を書き始める。
《劇団についてでしたら、わたくしが詳しくご説明いたします。
よろしければ、いつでも侯爵家へお越しくださいませ》
その返事は、侯爵の言葉を待つことなく、アーサーのもとへ届けられた。
数時間後。
返事を受け取ったアーサーはゆっくりと封を開けた。それは、侯爵家当主からの返答ではない。送り主は、ディアナ本人だった。
口元に浮かんだ笑みは、すぐに消える。
(やはり、彼女が直接動いたか)
侯爵家へ正式な用件を送り、当主と話すつもりだった。 だが、その手紙に真っ先に反応したのはディアナだった。
アーサーは静かに目を細める。
この手紙を送る前のこと……。
兄は長男として、領地や社交界の裏事情を探る手の者を抱えている。アーサーはその者たちを一時的に借り、ローゼンベルク侯爵家の内情、さらにはディアナに近づくための口実を探らせていた。
すると数日も経たないうちに、一つの情報が浮かび上がる。
王都で流行している劇団の後ろ盾が、ディアナであること。
侯爵本人ではなく、彼女が熱心に支援している劇団だということだった。
侯爵は娘にかなり甘いと噂されている。彼女に頼まれ援助しているのは間違いない。
だからこそ、この手紙は侯爵家へ宛てた。 当主が動いても問題はない。だが、もしディアナが勝手に動けば、それはそれで好都合。
(さすがは兄上の手の者だ。何という速さだ)
それからもう一つ。
劇団を隣国へ招く話を口実にするため、事前に王太子殿下へ相談し、正式な話として進める許可は得ていた。
だから、この訪問に落ち度は一つもない。
アーサーは確信した。彼女は自ら近づいてくる。ならば、こちらから恋を囁く必要などない。
慎重に駒を進めるだけだ。
アーサーは立ち上がる。
「では、お伺いするとしよう」
そう呟いて口角を上げた。
(愛を囁く必要はない。甘い言葉だけで充分だ。あとは勝手に勘違いし、自滅するがいい)
ついに、復讐の幕が上がろうとしていた。




