アリアリ!地底ぬるるん滞在記(その3)
「待ってました! おやつタイムするべし!」
先輩はそう言うと、自分のポーチを漁りはじめた。
「たしかに、カロリー補給しておいたほうがいいっすね」
ダンジョンでのカロリー不足は、思わぬ体調不良や事故につながる。
何が起こるか分からない過酷な環境であるがゆえに、こまめな補給が大切なのだ。
ポーチを探っていた先輩が、何かを取り出す。
「あった! ぷりんバー!」
先輩が手にしていたのは、この前も食べた『固形ぷりんバー』だ。
炙ると美味しくなるやつ。
「この前おいしかったから、持ってきた!」
「お、いいっすね。今度は先輩が炙ってくださいよ」
私は魔導ライターを取り出し、念のため動作確認をする。
――チャッカリン、ぼっ。
小気味よい音がして、すぐに着火した。
いったん火を消し、ライターを先輩に手渡す。
「むぅ、炙りはおまかせあれ!」
先輩は左右の手にライターとぷりんバーを持ち、お互いを近づけた。
魔導ライターは、点火スイッチを押しながら、魔力を流すことで着火する仕組みだ。
先輩が点火スイッチを押す。
続けて魔力を流そうとした、そのとき。
「むぅっ!?」
手を滑らせて、ぷりんバーを落としそうになった。
先輩は慌ててキャッチして、事なきを得る。
だが、魔導ライターの点火のほうが、中途半端になった。
――チャ……リン、じゅぼ。
いつもの小気味よい音ではなく、冴えない着火音。
それでも、火はついた。
魔力が不安定な状態で着火したため、変な音がしたのだろう。
「むぅぅ……危なかったぁ」
先輩は気を取りなおして、ぷりんバーを炙り始める。
甘いぷりんの香りが漂い始め、いい感じに焦げ目がついたところで、先輩はぷりんバーを半分に割った。
「はい、アオィちゃん。おいしいよん!」
「ありがたくいただくっす」
私はモモタちゃんの様子を見守りながら、ぷりんバーを口に入れた。
炙ったことで、食感がもちもちになり、ほんのり暖かい。
ほっとする甘味が口に広がり、緊張がすこしゆるむ。
隣からは、もっくもっくと先輩がぷりんバーを齧る音が聞こえてきた。
ダンジョン内に訪れる、ひと時の平和な時間。
――そこに、なにやら不穏な音が割り込んでくる。
「……なんか音がするっすね」
「わらひがぷりんバー食べすぎの音?」
口いっぱいにぷりんバーを頬張ったまま、もがもが返事をする先輩。
そんな先輩はいったん置いておき、かすかに聴こえる音に耳を澄ませる。
たしかに先輩がぷりんバーを齧る音も聞こえるが……。
ギシギシ。
ギシギシギシギシ。
この音は――
「先輩! アリっす!!」
「むぐぅ!?」
突然、ダンジョンの暗がりから、大量のアリが姿をあらわした!
私はすぐに立ち上がり、冷静に状況を確認する。
先輩はぷりんバーを喉に詰まらせながらも、なんとか立ち上がって杖を構えた。
アリは隊列を組んでこちらに向かって来る。
かなりの大群だ。
私と先輩だけなら応戦できなくもないが、動けないモモタちゃんを守りながら戦うのは難しい。
この場は――
「いったん退却するっす!」
「わかった!」
私はモモタちゃんを抱き上げ、そのままアリと反対方向に走り出した。
先輩はアリをギリギリまで引きつけながら、弾を撃って足止めすることで時間を稼いでいる。
「通路が穴ぼこだらけで、出口が分からないっす!」
壁に空きまくった穴ぼこのせいで、ダンジョン内は迷路のように入り組んでいた。
必死で逃げているうちに方向感覚も無くなり、今どこを走っているのかも分からない。
モモタちゃんを抱えながら逃げているので、あまりスピードも出せなかった。
「むぅ! このままだと追いつかれそう!」
「マズいっすね。穴ぼこの陰に隠れましょう!」
入り組んだ通路を何度も曲がった先に、隠れるのに良さそうな横穴を見つけた。
モモタちゃんを抱えたまま、急いでその穴に逃げ込む。
穴の奥は袋小路になっていたが、3人が隠れるのには問題ない大きさだった。
そこで身を隠し、息をひそめる。
穴の外からは、軍隊アリたちの関節がきしむ、ギシギシという音が聞こえてくる。
1匹、また1匹とその音が近づいては遠ざかっていった。
それが、途切れること無くひたすらに続く。
「アオィちゃん、これって……」
「そうっすね。被害者から聞いたのと、全く同じ状況っす」
私はそう言いながら、頭をフル回転させた。
目を閉じて集中し、思考を巡らせる。
――あの被害者たちと同じ状況だということは、外には1万匹のアリがいるはずだ。
これから、どう対処するべきか。
1万匹のアリに戦いを挑めば、さすがの私たちでもタダでは済まない。
そもそも、この状況を引き起こした原因は、いったい何だ?
私はこれまでの行動を思い返して、なんとか原因を探ろうと必死だった。
だから、考えることに集中しすぎていたのだ。
もっと重要なことを忘れるくらいに。
「そうか! わかったっす! アリを呼び寄せた犯人は――」
そのひらめきを口に出そうと、目を開けたとき。
あれ?
視界の先に、先輩はいなかった。
「むぅぅぅーーーーーーーーっ!!!」
謎の叫びがダンジョンに響きわたる。
決して忘れてはいけない、先輩の悪癖。
そのとき先輩は――
1万匹のアリに向かって、突撃していた!
「先輩!? あーーーッ!!」
<その4へつづく>




