アリアリ!地底ぬるるん滞在記(その2)
私と先輩はダンジョン内を走りながら、要救助者を探す。
地下8階層は、以前と変わらず穴ぼこだらけだった。
「救難信号の発信元は、このあたりっすね」
「早く早く! 急いでお助けぇ!」
ダンジョンへ入る際には、ベースキャンプで『救難信号のスクロール』が配布される。
これを使うと、ダンジョン内にある最寄りの通信機に警報が送られる仕組みだ。
警報と同時に、ある程度の位置情報も通知されるので、私たちは発信元のエリアを探し回っていた。
「どこっすかね? 穴ぼこが多すぎて道が複雑っす」
「もしもーし! いたら返事してぇー!!」
先輩が大声で呼びかける。
探すエリアが絞られているとはいえ、それでもかなり広いのだ。
しばらくのあいだ呼べども返事がなく、途方に暮れかけたとき。
それは見つかった。
「いた! あそこっす!」
私はいったん通路の影に隠れた。
先輩が飛び出さないように手を掴んでおく。
そして、3匹の軍隊アリと、それに囲まれている女の子を確認した。
「むぅ! あれ、モモタちゃんじゃん!」
「……そうっすね」
アリに襲われていたのは、この前ギルドで出会ったモモタちゃんだった。
モモタちゃんは、ダンジョンの穴ぼこの隙間に仰向けで横たわっている。
その小さな身体を2匹のアリがくわえて、ずるずると引きずっていた。
恐らく、隙間に隠れていたところを見つかって、引きずり出されているのだろう。
そして、もう1匹のアリがモモタちゃんの上に乗っかり、尻についた毒針を身体に突き刺していた。
「むぅぅ! やばやばぁぁ……!」
「先輩、落ち着いてください。奴らが毒針を打ったということは、すぐに獲物を食べるつもりはないっす」
モモタちゃんは横たわったまま、毒で動けないようだった。
意識はあるが、叫ぶこともできず、目は虚ろに見える。
「アリは獲物を動けなくして安全なところへ運んでから、じっくり卵を産み付けて苗床にするっす」
「うげ! もっとやばぁぁぁ!」
あの状態だと、モモタちゃんは自力では逃げられないだろう。
アリを叩くしかない。
「大丈夫、まだ時間はあります。私がモモタちゃんを確保するっす」
「おっけ! むっ、むぅ、むぅっ!」
先輩はむぅむぅ言いながら、もう今すぐにでも突撃しようとして、身体がぴちぴちと跳ねている。
私が手を掴んでいるので、かろうじて飛び出さずに済んでいるだけだ。
釣りたての魚を掴みあげた漁師の気持ちである。
新鮮な先輩をこのまま持って帰りたいが、今はそれどころじゃない。
「先輩はアリを引き離して、殲滅してください。いいっすね?」
「まかせて!」
その返事を聞いてすぐ、掴んでいた手を離した。
放たれた先輩が、アリに向かって全速力で突撃する。
「むぅぅーーーーっ!」
先輩が叫びながら光の弾を放つと、いちばん手前にいたアリの身体に穴があいた。
残りの2匹のアリは一瞬おどろいた様子だったが、すぐに先輩を迎え討つ姿勢を取る。
先輩はそのままアリの懐へ一直線に飛び込んだ。
そこに、アリの鋭いアゴが振り下ろされる。
それは確実に先輩の身体をつらぬくコースだった。
痛恨の一撃が、無慈悲に先輩を襲う。
かと思いきや。
「むぅっ!」
先輩はギリギリのところで、突然真横に吹っ飛んだ。
アリの攻撃が、空振りに終わる。
先輩は、地面へ向けて光の弾を連射していた。
その反動で、真横に跳ねて回避したのだ。
焦ったアリたちは、先輩を追いかける。
私はその隙に、モモタちゃんを助け出した。
モモタちゃんを抱えて少し離れた場所へ移動し、地面に横たえる。
「すぐ解毒するっす。もう大丈夫すよ」
「……」
モモタちゃんはアリの毒によって身体は全く動かせず、言葉も話せない。
つぶらな瞳から、ただ涙だけが流れていた。
私はモモタちゃんの上着の裾をめくり、お腹に解毒のスクロールを貼って発動させる。
「アリの毒は死ぬような毒じゃないっすけど、身体だけ動かなくして、意識ははっきりしたままだから厄介っす」
そう。意識はあるのだ。
襲われる本人にとっては、これがかえって恐ろしい。
「生きたままアリに襲われるのは、怖かったっすね」
私はやさしくそう言いながら、モモタちゃんの顔に流れる涙をそっと手で拭った。
そしてしばらくのあいだ、モモタちゃんの横に座り、胸のあたりに手を置いて軽くトントンと叩き続ける。
これで、少しでも気持ちが落ち着けばいい。
「モモタちゃんの具合はどう?」
残りのアリを殲滅した先輩が、心配そうに近づいてきた。
「ケガは大丈夫そうっす。けど、解毒にはしばらくかかるっすね」
「モモタちゃん、がんば!」
先輩の励ましに、まだモモタちゃんは反応できないようだったが、涙はもう止まっていた。
「いま近くをぐるっと見てきたけど、今のところ他のアリの気配は無さそう!」
「それなら、モモタちゃんが回復するまで、ここで少し休憩するっすか」
私がそう提案すると、先輩は私の隣に座る。
そして、私の方を向いてウインクしながら言った。
「待ってました! おやつタイムするべし!」
<その3へつづく>




