アリアリ!地底ぬるるん滞在記(その1)
私たちが再びダンジョンに向かったのは、3日後だった。
「先輩、準備はいいっすか?」
「むぅ、バッチリ! 3日間カンペキに清めてきた!」
南渓谷のダンジョンは、私たちが暮らす王都の、南端にある。
王都をぐるりと囲む、巨大な環状城壁のすぐ脇に、地下への入口があった。
私は入口の前に建っている小屋へ近づき、窓口の女性に声をかける。
「事故調査団、2名っす」
「はい、いつもご苦労さまです」
どこのダンジョンにも、入口に『ベースキャンプ』と呼ばれる受付がある。
ここでは冒険者ギルドから派遣されたダンジョン管理人が常駐し、冒険者の出入りを管理しているのだ。
ベースキャンプでの手続きを終えると、私たちはダンジョンへと入っていく。
地下1階層は、多くの冒険者たちで混雑していた。
「今日も賑わってるわね! 楽しそう!」
「この階層は、ほとんど観光地っすからね」
このダンジョンは、初心者の練習場所として人気だ。
浅い階層は、壁も通路もレンガで整備されていて、それほど危険な魔物も出ない。
連日たくさんの冒険者たちが、のんびりと探索を楽しんでいた。
しかし、7階層からは話が変わってくる。
ここから中級者レベルとなり、岩がむき出しの荒れたエリアが広がっていて、危険な魔物も出没するようになるのだ。
そのため7階層以下は、初心者だけでの立ち入りは禁止されている。
私たちはダンジョンをひたすら下り続け、しばらくして7階層までたどり着いた。
「第2キャンプ、到着ぅ!」
「ここでいったん休憩するっす」
7階層の入口には『第2キャンプ』と呼ばれる休憩所があった。
ここは無人だが、通信器が置いてあり、魔導回線を通してベースキャンプと連絡を取ることが出来る。
7階層より先へ潜る場合は、ここで申請が必要だった。
私は通信器に魔力を流し、呼び出しボタンを押す。
「こちらキャンプ2っす。応答願います」
ややあって、声が返ってくる。
「――こちらベースキャンプ。パーティーネームと目的地を申告してください。どうぞ」
「トライスターっす。8階層への潜行許可、願います」
「――潜行許可、了解。8階層には引き続き、軍隊アリの大量発生に対する注意報が発令されています。お気をつけて」
申請を終えたところで、すこし休憩を取ることにする。
狭いキャンプ内に置かれていた小さな長イスに、ふたりで並んで座った。
私はポーチから水筒を出し、飲み口についているフタを取り外す。
このフタが、カップとしても使えるようになっているのだ。
カップにお茶を注ぐと、紅茶のいい香りがふわりと辺りに広がった。
湯気が立ち上るカップを、先輩に手渡す。
「熱いっすから、気をつけて飲ん……」
「あちっ!」
私の注意を最後まで聞かずに、先輩はお茶に口をつけた。
当然ながら熱かったようで、悲鳴があがる。
「先輩、人の話を聞かないからっすよ」
「むぅぅ……」
熱いままの紅茶を飲んだ先輩は、舌の先をすこし火傷したらしい。
舌をぺろと出して、なぜか私に見せてくる。
「いや、見せなくていいっすから」
そんな先輩を横目に、私は水筒から直接お茶を飲むことにした。
火傷しないように気をつけながら、紅茶をすこし口に含む。
先輩は舌を出したまま、部屋の空気で冷やそうとしているようだ。
そのままの状態で、私と目が合う。
たぶんこれは『てへぺろ』のつもりなんだろう。
先輩は舌を出したまま笑おうとして、にへら、とへんてこりんにヨレた笑顔になっていた。
……え?
そんなかわいい顔、この世に存在していいっすか?
「アオィちゃん何してんの?」
先輩の怪訝そうな声で気づく。
私は口が半開きのまま、飲んだお茶が口元からこぼれていた。
「もぅ、私の方ばっかり見てるからぁ! アオィちゃんも人のこと言えないわね!」
はい、その通りです。先輩。
私は何事もなかったかのような顔で口元のお茶を拭き、完璧に平常心を装う。
これしきのアクシデントで、カッコ悪い姿は見せないのだ。
「先輩、そろそろ行くっすよ」
そう言って、立ち上がろうとした。
そのとき。
ビィーッ、ピピピッ!
ビィーッ、ピピピッ!
突然、部屋の空気を切り裂くような、鋭い音が響いた。
すぐに通信機から、切迫した声が続く。
「メーデー、メーデー、メーデーッ!! 8階……あッ、アリが――」
雑音まじりの声が、唐突に途切れる。
音声が不明瞭だが、どうやら声の主は女性らしい、ということだけは分かった。
「救難信号っす!」
私はすぐに通信器のボタンを押し、返答する。
「どうしたっすか!? 応答願います!」
だが、それ以降の返事はなかった。
「むぅぅ……。8階層ってことは、アリに襲われたのかも!」
「救助隊を待ってたら間に合わないっす! うちらで向かいましょう!」
私はそう言うと、すぐに荷物をまとめて第2キャンプを出る。
「先輩、行くっすよ!」
「むぅ、よし来た! お助けだぁ!」
そうして私たちは、さらに地下へと潜り始める。
要救助者の待つ地下8階層へと、急ぎ足で向かうのであった。
<その2へつづく>




