春ウサギ美味し夏の山(その2)
「え、アオィちゃん……なにそれ?」
先輩が、まるで変なものを見たかのように尋ねてきた。
「ところてんっすけど」
「むぅ、地味!」
私の前には、いつもの定番セット――
ところてん、豚串2本、レモンサワーがばっちり揃っていた。
「いやいや美味いっすよ、ところてん。つるつるで。私の大好物っす」
「そっか! アオィちゃんが好きなら、私も好き!」
え、なにそれ。先輩かわゆ。
「私も食べたい! ちょっとだけちょうだい!」
「いいすよ。こっち側はからしが付いてないっすから」
先輩にところてんを分けてあげることにする。
ところてんを食べた先輩は、お酢でむせて盛大にせき込んでいた。
食べ慣れてないと、なるよね。
レモンサワーを飲み干しかけた頃、ウサ耳メイドの店員さんが話しかけてきた。
「アオィさんが他の人を連れてくるなんて、初めてっしょ?」
「そうすね。仕事の先輩っす」
「あー、事故調査の?」
話題に出された先輩が、ピースサインをしながら自己紹介を始めた。
「アオィちゃんの大先輩、アムゥシェルでぇす! むぅって呼んでね。よろしくぅ!」
「大先輩のむぅさん! よろしくぅ!」
先輩と店員さんは妙に波長が合うのか、すぐに意気投合して盛り上がっていた。
盛り上がりついでに、アリの事故について、何か情報がないか探ってみる。
「うーん、みんな軍隊アリの件を心配してるって話は聞くけど、特にめぼしい情報はないかなー」
「そうっすか。穴ぼこについては?」
「穴? あー。そう言えば最近『発破のスクロール』を何店舗も回って買い占めた、変な冒険者がいるって聞いたなー」
「発破のスクロールを? それは妙っすね」
発破のスクロールは、硬い岩に穴をあけたりするために使うものだ。
普通は崩落なんかで閉じ込められたときの、緊急脱出用に使われる。
そんな大量に持ち歩くものではない。
8階層の穴ぼこが、大量の発破のスクロールであけられたものだとすれば、あれだけ雑な穴だったことにも説明がつく。
でも、誰が、何のために?
「良い情報に感謝っす。今度なにか、お礼しないとっすね」
私がそう言うと、店員さんはうさ耳をぴこっと動かして、ニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
すすす、とすぐ横まで近づいてきたかと思うと、私の耳元で吐息まじりにささやく。
「アオィさんカッコいいから、特別メニューを頼んでくれたら、はつじょー期にひと晩お相手してあげ……」
ばちこん。
突然の大きな音とともに、店員さんが悲鳴をあげる。
「こら、ペ。下品」
「いたぁー! ちぃたん、本気で叩いたっしょ!?」
声がした方を見ると、もうひとり、別の店員さんが立っていた。
こちらの店員さんもウサ耳メイド服だ。
ただ、赤いメガネをかけているのと、ウサ耳が白い垂れ耳なところが違っている。
「ぺっちゃんが大変ご迷惑をおかけしました。ほら謝れ」
「いや、これは私がお礼をしてもらうって話で……」
「またお盆で殴られたいようだな」
そのあとばちこん、ばちこん、と叩かれたぺっちゃんという名の店員さんは、ペコペコと謝りながらお店の奥の方へ引きずられていった。
落ち着いたところで、先輩が口を開く。
「うーん、変な店! でも美味しい!」
「そうっすね。良い情報も手に入りますし」
「なんかさ、本物のウサギの匂いする。ほんとにウサギなんじゃない?」
「いやいや、ウサ耳が生えた人間なんて居ないっすよ。ファンタジーじゃないんすから」
それから私と先輩は、匂いとウサ耳の関係についてあーだこーだ議論したあと、食事を終えて店を後にした。
店を出ても、先輩はまだ匂いについて思うことがあるようで、ぶつぶつ言っている。
「今日は色んな匂いを嗅いだから、最後に締めが必要ね」
「飲んだあとの、締めのラーメン的なやつすか?」
「そう! 締めの匂い!」
先輩はそう言うと、突然走り出した。
すこし先で立ち止まると、くるりと私のほうを振り返る。
そして、にかっと笑って言った。
「アオィちゃんの匂い、嗅ぐべし!」
<その3へつづく>




