春ウサギ美味し夏の山(その1)
「お仕事おわりぃ! アオィちゃん早くぅ!」
「先輩、走るとまた転ぶっすよ」
一日の仕事を終えた私たちは、夜の街へと繰り出す。
普段なら、先輩は団長と一緒におなじ自宅へ帰るのだが、今日は私に着いてきた。
一緒に買い物をしたいらしい。
「足りないスクロールをいくつか補充するっす。解毒のやつとか」
「びよよん札もね!」
街の大通りから横道へ入ったところに、冒険者向けのお店が立ち並ぶ路地がある。
杖、防具、鉱石、魔導具……いろいろな専門店が並ぶなかで、私たちはスクロールのお店に入った。
「いつもの解毒スクロールと、回復のやつをくださいっす。あと、びよよん……蜘蛛糸のスクロールも」
店員からスクロールを受け取り、代金を支払う。
スクロールは、魔力を込めれば様々な魔法が使える便利なアイテムである反面、かなり高価だ。
1枚で数ヶ月、あるいは数年暮らせる値段のものもザラにある。
だが、美味しい食べ物と仕事道具には、金に糸目をつけないのが冒険者というもの。
まあ、危険なお仕事であるゆえに、お金もそこそこは稼いでいる。
そのぶん、命を守る仕事道具には、お金をかけて当然と言えるだろう。
買い物も終わったので、先輩は帰るのかと思ったが、そうではないらしい。
なんかずっとついて来る。
「私はご飯にするっすけど」
「私も行く! アオィちゃんが食べるもの、私も食べたい!」
「いつも外食っすけど」
「レッツゴー! アオィちゃんの行きつけのお店!」
そんなわけで、先輩をいつものお店に連れて行くことにした。
冒険者ギルドのすぐ近くに、そのお店はある。
先輩を連れ『うさ焼き亭 うさ』と書かれた暖簾をくぐる。
お店へ入ると、肉を焼く香ばしい煙の匂いがした。
「むぅ。うさ焼き? ウサギ焼くの?」
「最初はみんなそう言うっす。入れば分かるっすよ」
お店の中はたくさんの客で賑わっている。
地元で愛される飲み屋、といった雰囲気の店構えだ。
私と先輩は空いていたカウンター席に座った。
カウンターの奥を見た先輩が、思わず口を開く。
「う、ウサギが、焼いてる……!」
そこでは、筋肉隆々、むっきむきマッチョなイイ身体をした寡黙な店長が――
ウサ耳を付けて串を焼いていた。
「ここは豚肉の串焼きのお店っす」
「むぅぅ……どおいうコンセプトのお店?」
先輩がとまどっているところへ、店員の女の子が近づいてきた。
「はいー、らっしゃい! お、今日はお連れさんも一緒?」
「そうっす。連れは初めてなんで、串盛り合わせで。私はいつものやつ」
店員さんもウサ耳だ。
丈の短いスカートのメイド服に、よく見るとウサしっぽも付いている。
黒いウサ耳をぴこぴこさせながら、店員さんが尋ねてきた。
「アオィさん、飲みものは何にします?」
「レモンサワーで。先輩は何飲むっすか?」
「……えーと、レモンソーダ!」
店員さんは注文を確認すると、今度は違うお客さんに呼ばれて忙しそうに飛んでいった。
「この店のマスターは元冒険者なんすよ。だからお客さんにも現役の冒険者が多くて、情報収集にはもってこいっす」
「むぅ。それより、ウサ耳とメイド服が気になる……」
「食べたら気にならなくなるっすよ」
先輩が半信半疑な顔をしているうちに、注文した飲み物が届いた。
まずは、ふたりで乾杯をする。
そのあと、先輩の串焼きが運ばれてきた。
豚串が5本の盛り合わせだ。
先輩はその中からひとつ手に取り、ぱくりとかじりつく。
ひと噛み……もしないうちに、金色の瞳を見開いた。
「とろけた! やばぁー!」
すごい勢いでぱくぱくと食べ続ける。
「むむむーん! うますぎ! これは、星みっつ!」
「気に入ってもらえて良かったっす」
この店の豚串は絶品だ。
お仕事で各地を訪れるたびに、美味しいものを食べ歩いている私が言うのだから、間違いない。
豚の角煮のように濃厚な味わいだが、最初に噛もうとすると、ぷりっと弾力のある歯応えを感じる。
その固まりが弾けると、途端にじゅわりと甘い油の旨みが、口の中に一気に広がっていく。
あとはもう、噛むごとにしあわせだ。
焼いたタレが絶妙に香ばしくて、胸焼けせずに食べられるのも推せるポイントだと思う。
ウサ耳もメイド服も正直めっちゃ謎だが、ひと串食べればそんな些細なことは気にならない。
美味さで他を黙らせる。
それがこの『うさ焼き亭 うさ』の流儀なのだ。
豚串に夢中な先輩を微笑ましく見守っていると、私の注文した料理も運ばれてきた。
箸を手に取り、さっそく食べようとする。
すると。
「え、アオィちゃん……なにそれ?」
先輩が、まるで変なものを見たかのように尋ねてきた。
<その2へつづく>




