桃栗サンネン柿ヘタレ(その4)
「私と付き合ってくださいッ!」
女の子が、私に向かって真剣な顔で叫んでいる。
え? いきなりどうした?
「アオィちゃん、モテモテだね」
「いや先輩、これモテと違う……と思うっす」
まずは落ち着いて、話を聞くことにした。
私と先輩は自己紹介をしたあと、女の子に名前を尋ねる。
「モモタ・マロンリップですッ。よろしくお願いします!」
「むぅ? モモ・マロン? 桃なの? 栗なの?」
「えっと……私は、柿が好きですッ」
モモタと名乗る女の子は、栗色のボブヘアに、柿色のマリン帽を乗っけていた。帽子にはかわいい桃のピンバッジが付いていて、つぶらな瞳によく似合っている。
抹茶色のスカートから覗く足には、たくさんの絆創膏が貼られていて、初々しい。
「付き合ってほしいって、どういうことっすか?」
「私に、ダンジョン探索を指導してほしいんですッ」
「モモタちゃんは、どこまで潜れるんすか?」
「南渓谷のダンジョンなら、地下6階層まで行けますッ。今回は……ツノネズミ相手に、ちょっとヘマしちゃいましたけど」
なるほど。初級者から中級者になりかけってところか。
ツノネズミに手こずるようでは、軍隊アリと戦っても美味しいエサにされるだけだろう。
「ツノネズミが余裕で捌けないなら、6階層もまだ早いっすね」
「ぐうッ。で、でもでも! もう冒険者になって3年目で、本当はひとりでもツノネズミくらい倒せるんですッ。最近はコツもつかんできて……!」
「落ち着くっす、モモタちゃん」
私は諭すような口調で名前を呼んだ。
それに反応したモモタちゃんが、グッと姿勢を正す。
怒られると思ったのだろう。
その栗色の瞳には、不安と、諦めの色が滲んでいた。
このくらいの初心者は、自分の力を過信しがちだ。
冒険者の誰もが通る道と言える。
きっと今までも周りから何度も注意され、その度に落ち込んでいたのだろう。
誰にも自分を認めてもらえない――そんな、諦めの色をした瞳だった。
「ダンジョン探索って、楽しいっすよね」
「え……ッ?」
私の言葉が意外だったのか、モモタちゃんは驚いた声を出した。
「本当に楽しいことって、誰にも止められないっす。他人にも、自分にも」
「あ……は、はいッ」
モモタちゃんが、はっと何かに気づいたように目を見開く。
そして、私の言葉に強く同意した。
私はなるべくやさしい声で伝える。
「モモタちゃんの冒険心、私にはとてもよく分かるっす。でも、焦っちゃダメ。命は大事にしてください」
私はそう言って立ち上がり、ぽんぽん、とモモタちゃんの頭に手を乗せた。
モモタちゃんはくすぐったかったのか、身体をぎゅっと縮めて、斜めがけの柿色カバンをむぎゅ、と抱きしめていた。
なぜか顔が赤いようにも見えるけど、気のせいかも。
「むぅ、冒険心! 私にもわかる!」
「先輩はもっと自重してくださいっす」
「むぅぅ。すみましぇぇん……」
なぜか、ぽやんとしているモモタちゃんに、アドバイスを伝えておく。
「まずは4階層あたりで、仲間を組んでしばらく潜ってみるといいっすよ」
「……あ、はいッ。アオィさんは、いまどこに潜っているんですか?」
「いまは、南渓谷の8階層っすね」
「8ッ……すごい」
「8階層まで来れるようになったら、また相談に乗ってあげるっす」
そう聞いて、モモタちゃんは安心したようだ。
「はい! ありがとうございますッ、アオィさん」
そう言うモモタちゃんの瞳には輝きが戻っていた。
よかったよかった。
去り際に、モモタちゃんが目をそらしながら何かをつぶやく。
「アオィさんッ。今度一緒に、その……指導とかじゃなくて……ッ」
でも、その言葉はとても小声で、全然聞き取れなかった。
聞き返したら、モモタちゃんはぺこりと勢いよくお辞儀だけして、慌ただしく行ってしまった。
「モーテモーテやーんけー」
「いや先輩、これモテと違うっす」
あくまでも冒険者として尊敬されているのだろう。
まあカッコいい私を尊敬しちゃう気持ちは分かる。
私、冒険8年目のプロなので。
「そもそも、先輩の方がモテるじゃないっすか」
そう、先輩はモテるのだ。
おもに私だけに。
「むぅ、そうかなぁ? でも……」
先輩は少しだけ何かを考えたあとで、私のほうを向く。
そして金色の瞳で私を見つめると、にかっと笑いながら言った。
「私は、ひとりだけにモテればいいかな!」
「……」
せ、先輩……!
そのひとりに、立候補いいですか?
アオィ、いきまーす!
「……じゃあ、帰るとするっすか」
うん。落ち着け私。
私はそんなモテキャラじゃない。
プロの冒険者たるもの、自分の力を過信してはいけないのだ。
え、ヘタレ?
まあそうともいう。
<ep2:桃栗サンネン柿ヘタレ 了>




