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『追放された料理人ルシアは、聖女級の料理スキルで辺境を癒やす ~伝説の銀狼ともふもふスローライフ~』  作者: 黒澤カール


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第14話 魔法剣士セリオと、星空のデザート

激動の戦いが幕を閉じ、ミルダの村に本当の静寂が訪れた夜のことでした。

防壁の外では、浄化された風が草原を揺らし、空には王都では決して見ることのできない、こぼれ落ちるほどの星々が輝いています。

私は戦いのアドレナリンが引いた後の、少し火照った体を冷ますため、ハクを連れて村の外れにある「星読みの丘」へと足を運びました。


そこで、私は「彼」に出会ったのです。


 星光を反射する漆黒の外套を纏い、傍らには古びた、しかし手入れの行き届いた長剣を立てかけた青年。透き通るような銀髪は夜風に泳ぎ、その瞳は夜空の欠片を閉じ込めたような深いアメジスト色をしていました。彼は、丘の上に描かれた奇妙な魔法陣の中心で、祈るように空を見上げていました。


「美しい。だが、私の魂はまだ、どこにも辿り着けない」


 その掠れた声には、何年も世界を彷徨ってきた者だけが持つ、深い孤独と渇きが混じり合っていました 。


「こんばんは。素敵な夜空ですわね」  


私がドキドキしながら声をかけると、彼は驚いたように振り返りました。その所作は流麗で、一瞬の隙もありません。


「失礼した。私はセリオ。世界を旅し、星の導きに従って『あるもの』を探している流浪の剣士だ」


「あるもの……? それは、失われた秘宝か何かかしら」


 セリオ様は、悲しげに微笑んで首を振りました。


「いいえ。私が探しているのは、凍りついた魂を救う『一皿』だ。……かつて王宮の陰謀に巻き込まれ、信じるべきものをすべて失った私の心は、何を食べても味がせず、ただ生を繋ぐだけの空虚な器となってしまった」


 彼は、美食を極めたはずの王侯貴族たちが、自らの欲望のために食卓を汚し、真実を塗り潰す光景を厭うほどに見てきたといいます。私は、彼の瞳の奥に宿る「飢え」が、肉体的なものではなく、魂の欠落であることを悟りました。


「……セリオ様。貴方は、星を読み、世界を歩き、ずっと探してこられたのね。……私のキッチンへ、ようこそ。貴方の長い旅を、今夜ここで一度、終わらせてあげましょう」


 私は丘の上に小さな銀のテーブルを出し、《無限料理庫ディヴァイン・キッチン》を静かに起動しました。  

今夜、この星空の下で彼に差し出すべきは、重厚な食事ではありません。 彼の乾いた魂に、夜空の輝きをそのまま注ぎ込むような、幻想的なデザートです。


 今日の一皿は、《魔力を宿した星屑のシャーベット》。


 まずは、《無限料理庫》から取り出した、霊峰の頂でしか採れない《万年氷の結晶》を、極限まで細かく砕きます。その粒はダイヤモンドのように光を弾き、まるで本物の星屑のように輝きました。


 そこに合わせるのは、青い月の光を吸って育った《ルナ・ベリー》の果汁。

深い藍色の果汁を氷に注ぐと、シャーベットは魔法のように、深い夜の空の色へと染まっていきました。


「……魔法、なのか」  


セリオ様が、吸い寄せられるように調理の手元を覗き込みました。

本来、守られるべき対象であったはずの彼が、料理という「芸術」の過程に魅了されていく。

その純粋な眼差しは、戦士としての険しさを脱ぎ捨て、一人の青年のものへと変わっていました 。


 仕上げに、私は一番大切な「隠し味」を加えました。

《星読みの魔法》を込めた、エディブルフラワーの砂糖菓子。

それを指先で砕き、シャーベットの上に散らすと、銀色の粉末が夜空の星々と共鳴するように、パチパチと小さな光を放ち始めました。


「召し上がれ。……貴方の魂が、道を見失わないための道標ですわ」


 セリオ様は、震える手で銀のスプーンを取りました。その一口が、彼の唇に触れた瞬間。


「っ……!」


 アメジスト色の瞳が、かつてないほど大きく見開かれました。ひんやりとした氷の粒が舌の上で溶けるとともに、ルナ・ベリーの気高くも優しい香りが、彼の鼻腔を突き抜けました。そして、星屑の砂糖菓子が弾けるたびに、彼の体内に停滞していた冷たい魔力が、温かな光へと浄化されていくのが分かりました 。


「……ああ。……味が、する。……冷たいはずなのに、胸の奥が、こんなに温かい。……私は、これを……この『救い』を、ずっと探していたのだ」


 セリオ様は、最後の一口まで慈しむように食べ終えると、私の前に跪きました。それは、力による屈服ではありません。自らの魂を救ってくれた「光」に対する、心からの敬意の表明でした。


「ルシア。……私の剣は、これまで復讐と彷徨のためにあった。……だが、今決めた。……この剣は、貴女が作るこの尊い一皿を守るために振るいたい。……私を、貴女の食卓の末席に置いてはくれないだろうか」


「ふふ、歓迎いたしますわ。……でも、私のキッチンは、退屈している暇などありませんわよ?」


 セリオ様は、今までの孤独な旅人とは思えないほど、穏やかで美しい微笑みを浮かべました。


「……望むところだ。……貴女の側で、この世界の本当の『美味』を、もっと知りたい」


 ハクが、新しい仲間を歓迎するように彼の足元で尾を振り、夜空の星々は一層輝きを増しました。


 力強い女騎士リアナ、豪放なカイル、そして知的な魔法剣士セリオ 。私の周りには、いつの間にか、王都にいた頃よりもずっと強く、温かな絆が結ばれていました。


 大人女子が求めるのは、自分を認めてくれる最高の理解者、そして共に高みを目指せる仲間との出会いです 。星空の下、私たちは新しい物語の幕開けを、シャーベットの甘い余韻とともに祝いました。


 私たちの行く先には、まだ王宮の影が潜んでいるかもしれない。けれど、この星屑の光を宿した私たちなら、どんな闇も美味しく塗り替えていけるはずですわ。



つづく

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