第15話 黒幕の正体、王宮を覆う腐敗の影
レンたちの軍勢を退けてから数日。ミルダの村に、戦いの余韻を打ち消すような、禍々しい権威の気配が漂い始めた。
村の入り口に現れたのは、王都の最高級の馬車。
漆黒のボディに刻まれていたのは、王室直属の「審議会」の紋章
それを見たアデル様の顔から、血の気が引いた。
「……ギルセン公爵。王宮を影で操る、腐敗の元凶ですわ」
馬車から降り立ったのは、贅沢な毛皮を纏い、太った指にいくつもの宝石を嵌めた男だった。
彼はレンたちを使い走りとしていた真の黒幕であり、ルシアの力を「兵器」として独占しようと目論む、強欲な大臣だった。
「ルシア・クロス。貴女のスキル《無限料理庫》が、禁忌の魔導兵器『強化兵団』の量産に必要不可欠であると結論が出ました。王命です。貴女を王宮の秘密研究施設へ移送します」
ギルセン公爵の言葉に、村全体が凍りついた。彼はルシアが施す「魔導調律」の力を、人々の心を支配し、兵士の痛覚を麻痺させる「洗脳食」へと転用しようとしていたのだ。
リアナが剣の柄に手をかけ、セリオが静かに魔力を練る。だが、私は二人を制した。
「……公爵。貴方は、私の料理を『道具』と仰いましたわね。……ならば、最後にその『道具』の真価を、その舌で確かめていただきたいわ」
「ほう? 死刑を前にした、最後の嘆願か」
「いいえ。これは、この村を去る前の『浄化の宴』ですわ。……王宮の監視役の皆様も、どうぞご一緒に」
私は、村の広場に特設の円卓を用意した。今日、私が作るべきは、あらゆる嘘を溶かし、隠された真実を白日の下に晒す、聖なるスープだ。
今日の一皿は、《嘘を見破る、真実のブイヤベース》。
《無限料理庫》から取り出したのは、深海の一万メートルにしか生息しないという《宝石の深海魚》、そして金よりも高価な《神域のサフラン》。
まずは、最高級のオリーブオイルで、ニンニクと香味野菜をじっくりと炒める。そこへ、深海魚の頭と骨から取った、黄金色の出汁を注ぎ込む。
「料理は、嘘をつけませんわ。……素材の鮮度、火の入れ方、そして作る者の『心』が、すべて味に表れますの」
鍋の中に、大粒の帆立、殻付きの海老、そして白ワインでマリネした肉厚の白身魚を次々と投入していく。サフランが放つ、高貴で力強い香りが、公爵たちが纏っていた「腐敗の匂い」を、音もなく浄化していく。
仕上げに、一滴の魔力を込めた《真実の雫》を垂らす。完成したのは、燃えるような夕陽の色をした、情熱的なブイヤベース。
「さあ、召し上がれ。……これが、貴方の求めた『力』の正体ですわ」
ギルセン公爵は、鼻で笑いながらスープを一口啜った。
「ふん、所詮は魚の煮込み……っ!?」
その瞬間、公爵の瞳が大きく見開かれた。魚介の濃厚な旨味が、爆弾のように彼の口の中で弾けた。海そのものを凝縮したような深いコク。そしてサフランの香りが、彼の脳の奥深くに眠っていた「良心」の残滓を、容赦なく叩き起こした。
このブイヤベースには、《無限料理庫》による「真実開示」のバフが込められている。 それを食べた者は、自らの内に秘めた「醜い真実」を、自分の言葉で吐露せずにはいられなくなるのだ。
「……ああ、美味しい。……そうだ、俺はこの力が欲しかった。……このスープを兵士たちに食わせ、痛みを忘れさせ、死ぬまで戦い続ける『奴隷』に変えるのだ。……王さえも毒殺し、俺がこの国の頂点に立つための……最強の兵器として……!」
公爵の口から、澱みなく溢れ出す陰謀の数々。広場を囲んでいた王宮の監視役たち、そして村人たちが、息を呑んでその告白を聞いていた。
「な……公爵、正気か!?」
監視役の一人が叫ぶが、公爵は止まらない。
「正気だとも! あんな愚かな王に仕えるのはもう飽きた! ルシア、お前は俺の道具だ! 俺を神に変える、至高の調理器具なのだ!」
その時、アデル様が懐から一通の親書を取り出した。
「……ギルセン公爵。貴方の今の言葉、すべてこの『記録の魔石』に収めさせていただきましたわ。……そして、この場には王宮審議会の真の監査役も同行しています」
監視役の中から、一人の人物が仮面を脱いだ。それは、王家直属の隠密長だった。
「……ギルセン。貴様の腐敗、最早見過ごせぬ。……連行せよ」
「な、何だと……!? あ、ああ……! 身体が、熱い……! あのスープが、俺の中の『悪』を焼き尽くしていく……!」
ギルセン公爵は、石畳に這いつくばりながら、情けなくのたうち回った。ルシアの料理は、汚れきった彼の魂には、あまりに清らかすぎて「毒」となったのだ。
黒幕は連行され、王宮を覆っていた腐敗の影は、一皿のブイヤベースによって一掃された。
夕暮れの光の中、私は残ったスープを村人たちと分かち合った。その時、私の身体から、これまでにないほど眩い純白の光が溢れ出した。
【条件が達成されました。ユニークスキル《無限料理庫》が最終進化します】 【称号:《聖なる食卓の聖女》へ覚醒しました】
「ルシアお姉様……光ってる……!」
ミナが畏敬の念を込めて呟いた。
私は、自分の手を見つめた。私の力は、誰かを操るためのものではない。真実を照らし、明日への活力を与え、傷ついた魂を「美味しい」という一言で救うための力。
「……私は、これからも料理人ですわ。……たとえ聖女と呼ばれようと、私の居場所は、ここ、皆さんの笑顔がある食卓にありますの」
アデル様が、リアナが、セリオが、そしてカイルが。新しい時代を告げるブイヤベースを囲み、心からの笑顔を浮かべている。
西洋ファンタジーの華やかな王宮さえも、ルシアの一皿の前では平伏すしかない 。 大人女子が求める「真実の勝利」は、この温かなスープの余韻の中に、確かに存在していた。
つづく




