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465●『ディスクロージャー・デイ』(2026)③“重なって存在する別世界”とロズウェル事件。そして『魔法自衛隊1964』

465●『ディスクロージャー・デイ』(2026)③“重なって存在する別世界”とロズウェル事件。そして『魔法自衛隊1964』


       *


●“この世”と“あの世”は重なって存在している。


 ここで気になってくることは……

 本作は「宇宙人」を扱った映画であることは確かでしょう。

 しかしその宇宙人の正体と役割は……

 昔から人類のすぐ近くにいて、見えない場所から人類の進化や文明に干渉してきたということだったとしたら……

 「宇宙人」は実質的に「神様・幽霊・魔物」と同じ、心霊的な存在となります。

 

 『ディスクロージャー・デイ』でディスクローズされる真実の一つは、私たちが「宇宙人」としている存在は、事実上、「神様・幽霊・魔物」のことだった! ……ということかもしれませんね。


       *


 そこでいったん「宇宙人」という概念を外して、「神様・幽霊・魔物」というものに置き換えて考えてみることにしましょう。

 「宇宙人≒神様・幽霊・魔物」とするのです。


 神様・幽霊・魔物などは、私たち人間が知覚できる範囲の外にいる。

 ……としても、21世紀の現代では科学的なギミックによって、私たちの人体では知覚できない対象物を、明瞭に感知できるようになってきましたね。

 赤外線暗視装置を用いれば、目に見えない赤外線の放射が見える。

 赤外線領域に宇宙人がいれば、それだけで私たちに見えるようになります。

 その他、さまざまな電磁波長の対人レーダーや音響探信儀ソナー、聴音装置を使えば、目に見えないもの、聞こえないものを「可視化・可聴化」できますね。


 今や人類はテクノロジーを用いて、「見えないものを見える化」しています。


 「宇宙人≒神様・幽霊・魔物」は、そんなに簡単に見つかる存在で、いいのか? 

 そんな気もいたしますね。


 つまり、神様・幽霊・魔物などの存在が私たち人類に感じ取れないという不思議を説明するには、もう一工夫、「感知できない理由」というフィルターが必要になる、ということです。


 それは、あります。

 私たち人類が、現在のあらゆる科学的手段を使って、具体的に把握できる宇宙というのは……

 「全宇宙の質量やエネルギーの5%程度」ではありませんか。


 あとの95%は、正体不明の謎の質量とエネルギーなのです。

 そうでしたね。


 宇宙を構成するすべての質量とエネルギーの中で……

 私たちが探知し認識している「通常物質」は5%。

 そして「暗黒物質ダークマター」が27%。

 そして「暗黒エネルギー」が68%。

 おおよそ、そんな比率であると言われています。


 つまり、「神様・幽霊・魔物などの肉体ボディや彼らが住む世界が暗黒物質ダークマター暗黒ダークエネルギーで生成されていて、宇宙の27%を占める暗黒物質ダークマターと68%を占める暗黒ダークエネルギーを合わせた“闇黒世界ダークワールド”に存在していたら、今のところ、私たち人類の科学力を総結集しても探知不可能。

 「存在はしていても、正体不明」ということになりますね。


      *


 そこでわかりやすく、私たちが生きている、宇宙の5%でしかない「通常物質」の世界を“この世”。

 暗黒物質ダークマター暗黒ダークエネルギーを併せた、残り95%の“闇黒世界ダークワールド”を“あの世”。

 そう呼んでみたらどうでしょう。


 私たちは“この世”に生きている。

 神様・幽霊・魔物などは“あの世”に生きている。

 “あの世”は暗黒物質ダークマター暗黒ダークエネルギーでできていて、私たち通常物質の世界に住む者には感知できない。


 そして神様・幽霊・魔物などは、状況に応じて、“あの世”から“この世”にふらりと顕現する。

 ただし、人間の知覚領域の外側に、直接感知できないように出現している。


 そう考えれば、神様・幽霊・魔物などが、暗視装置やレーダーや聴音機に全くキャッチされないとは言えないまでも、キャッチされる頻度を極めてわずかに押さえていることが説明できるでしょう。



       *


●『魔法自衛隊1964』の世界観。魔法の定義。


 「通常物質」の世界=私たち人類が住む=“この世”。

 「暗黒物質と暗黒エネルギー」の世界=神様・幽霊・魔物が住む=“あの世”。


 二つの世界は、どのような位置関係にあるのでしょう。


 結論から言うと、「重なって存在している」のではありませんか。


 もちろん、重なり方は均一とは限らず、濃淡があって、「神様・幽霊・魔物」が出現しやすいスポットや、逆に出現しにくいスポットもあるでしょう。

 しかし両世界は、「ドアや障子を開ければそこにある」ほど接近して、重複オーバーラップしているのです、きっと。


 大俳優の丹波哲郎さんは後半生にスピリチュアルな世界に傾倒されて、映画『大霊界 死んだらどうなる』などのシリーズを自主制作されたほど。

 同氏の著書で「この世とあの世はそんなに遠く離れていない、隣町ていどの距離感じゃないかな」といった記述を読んだ記憶があります。うろ覚えですみませんが……


 実際には「重なっている」ほど近くても、おかしくは無いと思うのです。


 電子は原子核の周りを、原子核の大きさの約1万倍~10万倍も離れた距離を回っているとされます。原子核の大きさを1円玉に例えると、 電子は東京ドームほどの大きさの距離を回っているのですね。

 となると、原子核と電子の間はスカスカに開いているとか?

 広大なスキマがあるように見えますが、実際はそうではないようです。

 とはいっても、二つの世界が重なれないほど物質が密集しているエリアと、そうではなく、割とスキマのあるエリアもあり得る……と考えられないでしょうか。


 それに、分子と分子の間もみっちり詰まっていそうで、実は間隔が開いていて、分子同士が動き回っていたりします。氷とお湯における、水分子の動きの違いがそうですね。


 分子間の密度や引力を操ることができれば、人体の「壁抜け」も可能ですよね。


 魔法使いには、それができるのかな?

 

 ということで。


 “この世”と“あの世”は重なっている。

 ただ、構成する物質の性質が異なっているので、人間には感知できないだけだ。


 そうとも考えられるでしょう。


       *


 さて、そうしますと、“この世”と“あの世”の間に、神様・幽霊・魔物が“この世”へ移ってくるための、質量とエネルギーの通り道が大小無数に存在しているのではないかと考えられます。そのほとんどでは出入口が閉じているのですが、一部には、開いているものがあるのだ……と。


 その“通り道”を「霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティ」と呼ぶことにします。

 霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティは、大小様々。

 巨大なトンネルのような空間隧道もあれば、針の先よりも小さなマイクロホールもあります。

 そしてこの霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを通過して、神様や幽霊や魔物は、“この世”に顕現します。


 “この世”と“あの世”をつなぐ霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを通ることができ、二つの世界を行き来できる物質は、光子。

 波と粒子の性質を併せ持ちながら、質量ゼロとされる光子となって、神様や幽霊や魔物は、何もない空間からふわりとにじみ出るように、“この世”へ移動することができるのです。

 そのままでは質量ゼロで、暗視装置にもレーダーにも音響探信儀ソナーにも感知されませんが、“この世”に出てきたとたん、“この世”に漂っている重力子グラビトンやヒッグス粒子と作用して、質量を獲得し始めます。


 質量を獲得すると、周囲の物質を引き付ける重力を発生しますよね。するとこの世の物質……大気中の構成分子や、水分、塵、砂、土、その他さまざまなゴミやガラクタも含めた無数の素材を吸引し、「混合」してボディを形成することができます。

 そうなると私たちの肉眼にも見えるし、歩けば足音も聞こえる存在となります。


 あるいは、“この世”にすでにある既存の無機物・有機物に乗り移る、すなわち「憑依」して操ることも考えられるでしょう。

 すると、突然に大仏様や自由の女神像が動き出して喋ったり、東京タワーがスキップして歩き出すような現象も発生することになります。


 このように“あの世”から霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを通って“この世”に顕現した「神様・幽霊・魔物」が、“この世”で質量を獲得して「混合・憑依」したものが、普通の人々にも見えるし感じられる「神様・幽霊・魔物」となるわけです。

 それらの規模が大きくなり、“この世”の人類に害をなす「害獣」として象庁<気象庁の本来の役割を示す名称>によって「怪獣」の認定がなされ、日本国憲法の範囲内で魔法力パワーフォースを行使して「怪獣」を駆除する権限を与えられた“魔法自衛隊”が出動する運びとなるわけです。


 “この世”と“あの世”をつなぐ結節点である霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティは、針の先よりも細い、極小のミクロサイズのものが、人間の脳内の謎の部位“第六感覚野だいろくかんかくや”に存在しています。

 人類は誰もが極小の霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを脳のどこかに保持しているのですね。

 ただしその出入口は、人類の五感に設置された制限機能リミッターによって、閉ざされています。

 しかし、この制限機能リミッターをキャンセルして、霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティの出入口を開くことのできる人間が、わずかな確率で生まれてきます。

 それは、いわば水道の蛇口をひねるような具合に、“あの世”の質量・エネルギーを“この世”に移動させて、その質量とエネルギーを自在に操ることのできる人間なのですね。


 このように“あの世”から“この世”へと質量やエネルギーを移転する、より正確には移転というよりも「み下ろす」事ができる能力者は、霊能者サイキックという名で分類される人々。

 霊能者サイキックとは、いわゆる、魔法を使える人。

 「魔法使い」や「魔法少女」のことを指します。


 陸・海・空の三自衛隊に加えて、「魔界」を担当する自衛隊として、戦後、極秘裏に設立されたのが「魔法自衛隊」

 魔法自衛隊が誇る中核戦力は、21名を一大隊とし、二大隊計42名で構成する魔法少女戦闘旅団です。

 年齢的には16歳から20歳ていどの彼女たちは、全員が幼少期に「ちいさな神様」と呼ぶかまどの女神ヘスティア<和名はクドカミ様>に共生してもらうことで脳内の霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを大きく開放し、そうすることで理不尽な死の運命を逃れて、生きながらえることのできた薄幸の少女たちです。

 いわば、この国の不幸が生み出した魔法の天使。


 彼女たちは政界の裏に隠された闇政庁である“統聖庁”が管轄する特殊施設で魔法少女としての基礎教育を受けてきましたが、その施設は戦前の陸軍が立案した人権完全無視の「帝国魔法戦力化計画」を前身としています。

 すなわち戦前において陸軍登戸研究所魔法分室が少女たちをスカウトし、小倉陸軍造兵廠付設の魔法少女鑑別所にて魔法能力のふるい分けを行い、陸軍中野学校魔法分校にて魔法戦闘訓練を施したわけです。

 そして戦後の1964年、平和憲法のもとで、昭和の魔法少女たちが魔法自衛隊に所属して、“あの世”の魔界から“この世”のニッポンへ侵攻してくる大小さまざまな怪獣を含む魔物たちと戦い、撃退もしくは殲滅すべく活動しているというわけです。


 単なる魔法少女ではなく、小さいながら神様との共生を得ているため、彼女たちの魔法戦闘力は潜在的に巨大であり、チームワークを駆使して全員がまとまれば戦闘力は自乗倍となり、核兵器に対抗する戦略的な防衛力を秘めています。

 それゆえ彼女たち42名の魔法少女戦闘旅団は、正式な国際名称として世界で唯一『魔天使軍団ウィッチエンジェルズ』が冠せられています。

 『魔天使軍団ウィッチエンジェルズ』は米国三軍の上位に立つ合衆国魔法軍《USMF》『セイレム魔女団ウィッチズ』からも「東洋の魔女」と呼ばれて一目置かれる存在となっています。



       *


●魔法の定義と『ディスクロージャー・デイ』への期待。


 ということで、すみません、私が書いております『魔法自衛隊1964』の基本設定のご説明になってしまいました。


 手前味噌で申し訳ありませんが……


 世の中、21世紀に入って四半世紀余り、そもそもは英国産のあのメガヒット魔法少年物語に始まって、あらゆるラノベにファンタジーに“魔法”があふれかえりましたが……


 「魔法とは何か」を定義して物語を展開する作品は、あまりにも少ない、というか、ほぼ皆無と言って良いのでは?


 そんな定義など必要ないと言えばそうなのでしょうが、私的わたしてきには、定義の無い魔法って、やはり無法というか、いつでも何でもできてしまう訳の分からないチート能力になってしまうので、かえってつまらないような気もいたします。


 そこで『魔法自衛隊1964』では、「魔法」をこのように定義しています。


「魔法とは、“あの世”から“この世”に質量とエネルギーを移動し、それを自在に操る能力のことである」


 “この世”ではない別世界から質量とエネルギーを持ってくる能力なので、“この世”の中では、あたかも「エネルギー保存則」を無視するかのように、自由な魔法行為が行えることになるわけです。


 ただし宇宙には“あの世”と“この世”の両方が含まれますので、全体としては質量とエネルギーを「あっちからこっちへ」動かしたにすぎず、「エネルギー保存則」に反してはいないのですが。


 魔法とは、そういうものである。

 この点が定義されていないと、火の玉や電撃が飛び交う戦闘魔法において、「そのエネルギーはどこからどうやって持ってきたのか?」が大きな謎になってしまうのですね。これは基本すぎる疑問なので、どの作品でも一言説明が欲しいところです。

 魔法のエネルギーとその源泉について歴史的かつ理論的に説明したアニメ作品は、『終末のイゼッタ』(2016)くらいではないでしょうか。


       *


 『ディスクロージャー・デイ』の予告編のひとつでは「ロズウェル」と表示したプレートが映って「79年続く恐怖のデマは終わりだ!」と告げられます。

 なので、この作品は2026年からみて79年前の、1947年に発生したロズウェル事件にまつわる、たぶん宇宙人を扱うお話であろうと考えられます。


 では、宇宙人はどこからやってきたのか?


 そりゃ、宇宙からやってきたのでしょう、ということになりますが、かれらが「神様・幽霊・魔物」に匹敵する存在だったなら、私たちの“この世”に重なって存在している“あの世”からやってきたのかもしれませんね。


 宇宙人とはいえ、必ずしもどこかの星系から宇宙船でやってきたとは限らず、かれらがじつは、宇宙からやってきたように見えながら、私たちの“この世”に重なって存在している“あの世”の住人かもしれないのです。


 そのあたり、『ディスクロージャー・デイ』において、「宇宙人の故郷」がどこであるとしているのか、実に興味深いものです。

 というのは、「どこかの星系」から空飛ぶ円盤でやってきたのなら、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と同じように、その速度は光速が限界となりますね。

 となると、いかに宇宙人でも、百光年離れた星へ行くには百年かかる。けれど相対性理論のウラシマ効果で船内では十数年しか経過していないといった現象になりますね。にしても、星から星へ旅するには、相当な年月を要するわけです。

 ワームホールを通れば超光速航行が可能になりますが、孫女装子らにワームホールがいっぱいあるわけでは無し、やはり宇宙の旅はサイクリングほどにお気楽ではないでしょう。


 しかしかれら宇宙人が、じつは「私たちの“この世”に重なって存在している“あの世”の住人だった」とすれば、彼らの宇宙旅行は「“あの世”と“この世”の往復」になってしまうので、星間航行のような長い年月や労力は必要ありませんね。

 

 「宇宙人は遥か彼方の星からやってきた」というテンプレな固定概念は、20世紀前半のSFのお話。

 かれらは“あの世”の住人だった……と発想してみてもよいかもしれませんね。


       *


 しかしそうすると、彼らは宇宙人というよりは「神様・幽霊・魔物」に近い存在ということになります。

 これもとりたてて新奇なアイデアではありません。

 アーサー・C・クラークの名作『幼年期の終わり』では、地球にやってきた宇宙人の外見が何だか「悪魔に似ている」と話題になりましたしね。


       *


 そうだとしたら『ディスクロージャー・デイ』は、「魔法のような現象」も多々組み込まれたお話になるでしょう。

 それら一種の超常現象に、観客が科学的に納得のいく説明が為されているのか否か、それが作品のリアリティを大きく左右すると思います。

 今度こそ、謎のロズウェル事件にしっかりとケリをつけてくれますように!


 とりあえず宇宙人だから、なんでもできる……では、ラノベな魔法ファンタジーと変わりません。

 宇宙人の真意、目的、能力、その可能性と限界をどのように論理的に語ってくれるかどうかが、『ディスクロージャー・デイ』の作品価値を決めてくれるでしょう。


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