410●『果てしなきスカーレット』(2025)②“血と泥にまみれた死者の国”とは、21世紀の、今現在の“アニメ業界”ではありませんか!?
410●『果てしなきスカーレット』(2025)②“血と泥にまみれた死者の国”とは、21世紀の、今現在の“アニメ業界”ではありませんか!?
◆“死者の国”の正体とは
ネットの記事
●『果てしなきスカーレット』公式サイト“細田守コメント”より
『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ』今、世界のあちこちで起こる争いや戦争の光景は、「地獄」のように凄惨なものだ。
この悲劇を前に、大人も若い人も子供も、未来に希望や明るさを持てないでいる。
(中略)
父を殺された中世デンマークの王女スカーレットが、復讐に失敗して堕ちた「死者の国」で、仮死状態でやってきた現代日本の看護師の青年と出会い、旅をする。
王女の最終目的地は、「見果てぬ場所」と呼ばれる天国のような所。そこにいる絶対に許せない父の仇に復讐すること。
もしできなければ、虚無となり存在が消え去ってしまう。血だらけ泥だらけになりながら、彼女は父の仇を追い求める。
(中略)
血と泥にまみれた死者の国を描くのは、生きづらい現実の切実な反映であり、逆説的に現世を肯定したいがためである。(中略)
人は何のために生きるのかを問う、骨太な力強い映画を目指したい。 今、この「生きる」という大きなテーマを、観客と一緒に考えたい。
*
細田監督は、劇の終わり近くでスカーレットの父親アムレットに「(敵を)許せ」と発言させておられます。それは……
スカーレットよ、父を殺したクローディアスへの復讐だけを心の支えとして生きるのでなく、復讐心を忘れ、未来に向けて、自由に、自分の幸せを追求していいのだよ……という意味に受け取れます。
これは監督コメントの「逆説的に現世を肯定」することに通じるのだろうと思います。
この恐ろしい世界を否定するのでなく、逆説的にでも「肯定」するしかないのは、少なくとも私たちはそこで「死ぬまで生きていく」しかないからですね。
*
だとしますと……
「血と泥にまみれた死者の国」とは、いったいぜんたい、何なのでしょうか?
「血と泥にまみれた死者の国を描くのは、生きづらい現実の切実な反映」なのだ、と細田監督はコメントされています。
ならば、その文面をご覧ください。
「血と泥にまみれた死者の国」=「生きづらい現実」
このように読み取れますね。
そうです。死者の国とは、“私たちが生きている、この現実”をアニメ作品として“デフォルメして再現した世界”なのです。
だから、死者となった人間たちの戦いの凄惨さ、その醜さに対比して、“死者の世界”の広大な風景は、死の世界でありながら、文字通り、この世のものとは思えないほど美しく繊細に描かれているのでしょう。
“見果てぬ場所”をめざして、血と泥にまみれて戦う“死者の国”の人間たち。
その背景をなす、ある意味、天国のように美しい風景。
この対比が象徴しているものは……
“見果てぬ場所”をめざして、血と泥にまみれて制作する“アニメ業界”の作家たち。
その背景をなす、天国のように美しいアニメ作品群。
そのような関係が連想されます。
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細田守監督様、この“死者の世界”こそ、現在のニッポンの“アニメ業界”の戯画化なのではありませんか?
「聖青年=細田監督」と仮定すれば、当然こうなりますよね。
「聖青年&“死者の世界”=細田監督&“アニメ業界”」と。
「血と泥にまみれた死者の国を描くのは、生きづらい現実の切実な反映」であると、細田監督はコメントされました。
では監督にとって、「生きづらい現実」とは?
今の「アニメ業界」、それしかありませんよね。
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◆21世紀アニメ業界の隆盛と、ある没落
ネットのニュース
●アニメ産業市場15%増の3.8兆円 日本動画協会推計、海外けん引
2025年10月30日 19:52 日経新聞
日本動画協会(東京・文京)が30日発表した日本アニメの2024年の市場規模(速報値)は前年比15%増の3兆8407億円と過去最高だった。海外市場が伸び率、金額ともに2年連続で国内市場を上回り、成長をけん引した。
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ネットのニュース
●アニメや漫画、コンテンツ支援に350億円 経産省
2025年11月26日 17:00 日経新聞
経済産業省は2025年度の補正予算案にアニメや漫画などのコンテンツ産業支援に約350億円を計上する。大規模映像作品の制作や、日本発海外向け配信サービスの流通網の整備などを補助する。基金を活用して複数年にわたり支援することで、日本発のコンテンツの海外展開を後押しする。
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ネットの記事
●世界に誇る日本のアニメなのに…市場3兆円でも作品の"7割が赤字"という異常事態で中国・韓国に駆逐される日 ソシャゲ業界と同じ末路を辿っている
2025/11/10 7:00 プレジデント・オンライン
我が国のアニメ産業と言えば、ユーザー支払ベースで3兆3465億円の市場規模(23年;推計、日本動画協会「アニメ産業レポート2024」)に達し、うち約半分の1兆7222億円を海外市場が占めています。あんまり知られてないんですが、実は販売契約におけるアメリカなど北米地域は一割程度で、半分以上は中国や東南アジアの皆さんなんですよね。知ってた?
で、輸出金額という意味では実にデカいこともあって、調子に乗った政府は2024年にコンテンツ産業を基幹産業と位置づけ、自動車に次ぐ輸出産業としての期待を寄せています。いやいやいやいやちょっと待てよ。物事には段取りとか順番というものが……なんか自民党知的財産戦略調査会から「アニメ・漫画産業への支援4倍に 政府に1000億円規模を要望」(時事通信、2025年11月6日)とか出ちゃってるし。当然のことながら、アニメ産業のこの華々しい数字の裏側には、深刻な構造的問題が山積しているのです。
残念なことに商業アニメ作品というのは必ずしも全部が黒字になるわけではない。いや、下手すると7割ぐらいが最終帳尻でも赤字になることを考えると「アニメーターなど現場の制作者に還元させるには、やっぱり制作費そのものを上げていかないとお金が回らないでしょう」というのが現実なのではないか
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ネットの記事
●ガイナックス破産整理終了で42年弱の歴史に幕 庵野秀明「神村、ありがとう。そして、御苦労様でした」【コメント】
2025 12/11(木)10:09配信ORICON NewS
株式会社カラーの公式サイトが11日に更新され、代表取締役の庵野秀明より株式会社ガイナックスの破産整理が終わったことを報告した。法人として消滅し、42年弱の歴史に幕を下ろしたことに、これまでの思いを長文で伝えた。
「過去のガイナックスに関して、これまで公開していた話が世間に出せるほぼ全てですが、新たに残念だった事がありますので、この機に述べておきます。それは、旧経営陣体制下に於いて正当性を欠く権利移譲、資料譲渡が行われていた事です。(中略)」
「具体的には、元福島ガイナックス代表のA氏や大学時代からの友人と思っていたY氏、T氏らが弊社や自分に対して行っていた様々な虚偽対応の実態、Y社長(当時)からガイナックス社員への自身を入院中とかたる居留守指示、弊社を敵対視した文言、返済を不当に逃れるための画策等、これらを改めて知るに至り、怒りを通り越して悲しくなりました」と心境。
「彼らとは昔のような関係にはもう戻れないであろうことを改めて思い知り、心底残念に思います」
※発言中の実名は伏せました(筆者)
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懐かしき昭和の時代、アニメ作品なんて、最初から採算など望めない、しょせん“子供だまし”の零細事業で、せいぜい“金持ちの道楽”に類する趣味的な仕事と思われていました。……少なくとも、そう記憶しています。いつ消滅してもおかしくない、泡ぶくのようなビジネスであると。
しかし1980年代の当時、業界を担ったのはGAINAXを筆頭に、アニメの世界に果てしない魅力と可能性を感じて、情熱を燃やす若者たちでした。アニメ業界の今の実態は粗末なバラックみたいなものだけど、いつかきっと、天を衝く摩天楼に発展するのだと……
しかし実際にその夢が実現した21世紀の現在、ニッポンのアニメ業界は、じつは殺伐とした荊の道を歩んでいることが浮かび上がっています。
まるで、“死者の国”のあの殺伐な風景を旅するスカーレットのように。
ドロドロのバトルを勝ち抜きつつ、死者たちの誰もがめざすのは“見果てぬ場所”。
しかし敗者は容赦なく“虚無”へと消えてゆき、戻ることはない。
これ、現代のアニメ業界に生きる労働者の姿ではありませんか?
いまや「自動車に次ぐ輸出産業」として、お上の絶賛と激励と、そして莫大な投資が注ぎ込まれてゆくアニメ産業は、どのように変質しつつあるのか。
国民の血税が、お上からのさまざまな補助金、支援金、給付金、協賛金といった名目に姿を変えて、条件さえ整えばタダでもらうことのできる、天国のような世界が実現するのでしょうね。
良くも悪くも、税金を投じた国策バブルの金満世界に聳え立つ象牙の塔は……
利権の巣窟。
実はそれこそが、“見果てぬ場所”の正体ではありませんか?
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ですから……
『果てしなきスカーレット』に描かれる“死者の国”には、アニメの業界に働く大多数の普通の庶民に混じって、見果てぬ夢を、富を、権力を求めて群がってゆく欲望の亡者たちの鳥獣戯画が含まれているのかもしれませんね。
夢と富と権力を意味する“見果てぬ場所”を独占しようと画策する悪玉クローディアスが、まさにその亡者たちの筆頭格なのです。
国からの投資によって、巨大な“金のなる木”と化したアニメ産業。
しかしアニメ産業という木を豊かに育てることなど微塵も考えず、ひたすらに金という果実だけをもぎ取って私腹を肥やし、富をせしめようとするクローディアスが何人も何十人も何百人も、いよいよ跳梁跋扈してきたのではないでしょうか?
1980年代に若者たちのパワーで大躍進したGAINAXが、“見果てぬ場所”に手が届く途中のどこかで変質し、行き詰まり、病んで枯れ果て、トラブルを重ねて破産し、消滅して“虚無”となってしまったかのように……
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◆聖青年の旅、それは細田監督のクエストでありオデッセイ
細田守監督は『果てしなきスカーレット』で聖青年の姿を借りて、この“死者の国”すなわち“アニメ業界”を彷徨しながら、まるで聖青年のキャラそのままに、苦難に満ちたアニメ労働者たちをどうにかして癒すことができないのか、脱落者の運命である“虚無”から救済できないのか……と煩悶されたのではありませんか?
そのように感じられてならないのです。
聖青年は医師ブラックジャックのような猛烈さで「血と泥にまみれた死者の国」を治療することはできない、けれど、一介の看護師として、応急の救命と心の癒しを施すことはできる。
この聖青年に、細田監督はご自身を重ねておられるのではありませんか?
このように、『果てしなきスカーレット』の情報を読み込むにつれ、作品に込められた“監督の善意と理想”を、そこはかとなく感じてしまうのですが。
(以上はあくまで私個人の感想です。監督様、重ね重ね失礼がありましたら何卒お許し下さい)
*
以上の推察を踏まえれば、スカーレットの立場は、こうなります。
父親アムレットが経営するアニメ制作会社デンマーク・プロで、少女スカーレットは新進アニメーターとして希望に満ちた社会人へのスタートを切る。
しかし大作が失敗して負債を抱えたデンマーク・プロは、アニメ制作なんか“私腹を肥やす金づる”でしかないと考える悪徳実業家クローディアスに乗っ取られ、父アムレットとスカーレットは職場を追い出され路頭に迷う。
失意のあまり、父アムレットはスカーレットと暮らしていた安アパートを出奔し、行方知れずとなってしまった。
スカーレットは復讐を決意する。
父アムレットを探し出し、新たな会社を立ち上げて、憎きクローディアスをギャフンと言わせるのだ!
剣の代わりにペンを……彼女の場合は原画を描くタブレットとペンシルを携えて、“アニメ業界”という“死者の国”を武者修行するスカーレット。
そこで彼女は若きアニメ監督、ヒジリ青年と出会う。
二人はやがて意気投合し、新作のパイロットフィルムを制作しつつ、憧れの地である“見果てぬ場所”をめざす。
そしてそこには、アニメ労働者の理想郷と思われる“見果てぬ場所”を独占しようと君臨するクローディアスが立ちはだかることになる……
そんな展開が『果てしなきスカーレット』のストーリーに重なってくるのではないでしょうか。
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『果てしなきスカーレット』は、裏を返せば、いまや欲望が渦巻く血みどろの戦場と化してしまった21世紀のアニメ業界を「復讐でなく幸福を追求する」ことで生き抜こうとする、監督のクエストでありオデッセイを描いてもいるのだと、そう思えてならないのです。
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しかし、ひとつ意外に大きな問題点を、この作品は抱えてしまいました。
シェイクスピアの呪い、もしくはハムレットの呪い、です。
【次章へ続きます】




