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それから一週間が過ぎた。
あの時の質問はなかったことになり、静かに仕事をしている。
会話は事務的なものだけ。
寂しいとも思うけど、余計は事を言って怒らせたくないので、仕方ないと思う。
貴族様だし、まだ若いみたいなので、すぐに移動になると思う。
そう思いたい。
ヘンドリックス様は伯爵子息で、若いのに、なぜ警邏隊に左遷になったのか本当にわからない。
でも聞けるわけがない。
そんな風に過ごしているある日、理由がわかってしまった。
情報源は、エレノス分隊長だ。
ヘンドリックス様がいらしても、私はエレノス分隊長から護身術を習い続けた。
私は非力だけど、こうして訓練を受けてるうちに、誰かを守る事ができるのでは期待している。エレノス分隊長にお叱りを受けたけど。
「アウルスのこと、大丈夫か?」
「はい」
訓練が終わった後、ぼんやりとしているとエレノス分隊長が聞いてきたので、どきっとしたけど返事をした。
従兄弟だし、色々心配かけちゃいけないと思ったし。ヘンドリックス様はいつも不機嫌そうなだけで、最初の日以外は叱られたことはない。
「そうか。それならいいがな。あいつ、王宮で侯爵っていう身分の高い貴族に歯向かったんだ。理由はとても正当で、私は彼の行動を誇らしく思っている。反面、アウルスを左遷した貴族を私は軽蔑する。身分を盾に、関係を迫るなんて最低な貴族だ。そんな奴、成敗するのは当然だ」
「せ、成敗?殺しちゃったんですか?」
「まさか。殺していたら、今ごろ監獄の中だ。ただ止めただけだ。完全侯爵が悪いけど、格下のアウルスに処罰が下された。それが今回の移動だ。ほとぼりが覚めれば、王宮に戻されると思う。だって、どうみても侯爵が悪いからな」
「そういうことだったんですね」
ヘンドリックス様が女性をかばう姿なんて想像できないけど、そういう理由なんだ。だからいつも不機嫌そうなんだ。だって不公平だもんね。
いいことしたのに、左遷されるなんて。
ヘンドリックス様は貴族社会でしか暮らした事なさそうだから、警邏隊で仕事するの嫌かもしれない。
☆
翌日からちょっとヘンドリックス様を見る目がよいほうに変わった。
不機嫌な理由ともわかるし、かといって仲良くできるかと言われると無理だけど。
とりあえず毎日仕事するのみ。
そうしてさらに一週間が過ぎた。
事務職は週に六日働いて、一日お休みをもらう。
警邏隊の隊員たちは、担当日時を決めて休みを取っている。通常は三日働いて一日休むという形が多い。
週に1度のお休みは、家にいると両親からの結婚話がうるさくて、外に逃げてしまう。
もっぱら避難するのは花園だ。
平民にも開放されている場所があって、私はそこによく行く。
長椅子に座って持ってきたパンをかじっていると、見知った顔を見た。
ヘンドリックス様だ。
遠目にも彼だとわかる。
多分エレノス分隊長に似ているからなんだろうな。
彼の後ろを数人の男が歩いていた。
ちょっとおかしい。
花園には似合わないし、数人の男で花園を練り歩くなんてありえない。
もしかしたらヘンドリックス様と関係ないかもしれない、と目で追っていたけど、やっぱり彼を付けているみたいだ。
どうしよう。
関係ないよね?
いや、関係なくないけど。
危害を加えようとしているのかわからない、だけど。
「ヘンドリックス様!」
パンはすっかり食べ終わっていて、私は立ち上がると彼にところへ走った。
そして、失礼だと思いつつ、腕を絡める。
女性を助けるような方だ。理由がわかれば咎めないだろう。
「ケッセル!」
ヘンドリックス様がぎょっとしたように目を見開く。
「後ろに怪しい男たちが数人します」
腕を振り払われる前に、できるだけ彼の耳に唇を寄せ、囁く。
ヘンドリックス様は少し頬を赤らめて、ちょっとかわいいと思った。
でも私の言葉を聞くと、すぐにいつもの不機嫌顔に戻った。
「知ってる。わざわざ伝えに来たのか」
彼も囁くようにして返してきた。
その低音が耳に響き、美しい顔を間近で眺めて、改めてヘンドリックス様との距離が近いと気が付いた。
「私一人で対処できる。サヴィーナに私は弱いから見張ってろとでも言われたか?」
「はい?」
何言って?
「とりあえず、君は奴らに顔を見られた。しかも腕を組んできた時点で親密だと思われているはずだ」
「す、すみません!」
慌てて腕を振りほどこうとしたが、彼は少し屈んで顔を寄せてくる。
「一回しか言わない。このまま花園を出て、私は君を近くの警邏隊出張所へ預ける」
警邏隊に本部以外にいくつか出張所がある。そこには常時人が配置されていて、困ったら飛び込むのが平民の中では常識だ。
「場所、わかりますか?」
「勿論だ」
彼はまだ警邏たちに来て二か月弱だし、警邏隊のことなど興味ないだろうから出張所の場所など把握していないと思った。
だけど、知ってるみたいで驚く。
それがわかったみたいで、不機嫌さが増した。
「すみません」
「別に謝ることではない」
彼は姿勢を正すと歩き出す。お互い腕は絡めたままで、変な汗が出そうになった。
ちらっと彼の見上げると、私の視線に気が付いたようで、こちらを向く。碧眼。緑かかった青色の瞳。エレノス分隊長と同じ色だと思ったけど、もう少し濃い気がする。
「心配するな」
彼はぼそっとつぶやいて、再び前を向いた。
ああ、こんな彼であれば女性を助けるのはわかる。
基本、優しい人なんだな。
「ユリアちゃん!えっと」
警邏隊の出張所に着いたら、驚かれた。
そうだよね。うん。
「えっと、新しい事務官のアウルス・ヘンドリックス様です」
「貴族様!」
「どうりで」
出張所には二人の隊員がいて、どちらも見知った顔だった。三年もいるのだけど、知らない顔もあるからほっとした。
「ケッセルを君らに預ける。変な男に彼女は追われている」
「え?そうなんですか?」
二人は同時に私を見つめる。
「いえ、追われているのは、私じゃなくて」
言おうとしたけど、ヘンドリックス様が首を横に振って止めた。
「では私は先を急ぐので。ケッセルのことを頼む」
そうして私を置いてさっさと行ってしまった。
男たちの影は見えない。
多分警邏隊の出張所から見えない場所に潜んでいるのだろう。
「ヘンドリックス様!」
追いかけようとしたけど、二人の警邏隊に止められた。
「ユリアちゃん、だめだよ。追われてるんだろ?」
「交代の奴がきたら、俺が家まで送るよ」
ヘンドリックス様の話を信じてる。
そうだよね。だけど、このまま彼を一人で行かせてはダメな気がする。口止めされたけど、彼の無事が何よりだ。
「あの、本当に追われているのはヘンドリックス様なんです。私が巻き込まれる事を心配して、こちらに送ってくださったんです。ヘンドリックス様のこと、お願いできますか?」
「そういうことか!」
「なんだ、お貴族様、カッコいいことしやがって。いや、カッコいいのか?無謀なのか?」
「とりあえず、ユリアちゃん。何人くらいに追われていた?」
「四人だと思います」
「四人か。俺一人じゃこころもとないな。ジャン、俺は誰かを連れてお貴族様を追う。お前はユリアちゃんと一緒にここにいろ」
「わかった」
よかった。これで多分ヘンドリックス様に何かっても大丈夫なはず。
そうほっとして、私はジャンではないもう一人の警邏隊員の背中を見送った。
名前、憶えてなくてすみません。




