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新しい上司、アウルス・ヘンドリックス様
伯爵子息で、なぜ警邏隊所属になったかわからない。
顔立ちは綺麗、エレノス分隊長と同じ金髪に碧眼。
事務官なんだけど、ひょろひょろなタイプではない。
性格は最悪。
「ヘンドリックス様。こちらの書類へのご署名お願いします」
基本ヘンドリックス様、事務官の仕事は補佐がしたものの確認と署名だ。その目で確認するという意味で、ヴィレ様は一週間に一度ご自身で備品を確認されたり、隊の様子を見ていたけど。
私はヴィレ様しか事務官として知らないから、普通に聞いただけなんだけど、「おい、女。備品の検査なんて私にさせるつもりか?」と返された。
「ヘンドリックス様。私がしていた仕事なので、ユリアちゃんはきっとあなたの仕事だと思ったのです。そう叱らないでください」
「叱ってなどいない」
ヴィレ様が取り直してくれて、どうにかそれ以上何も言われなかったけど、胃が痛かった。
ヴィレ様がやめてしまったら、この人と二人で仕事をしないといけない。
警邏隊の事務の仕事は大好きで、一生続けるつもりだったけど、心が揺らいでしまう。
でも今更結婚なんて考えられないし、頑張るしかない。
うん。
頑張れ、私。
そうして三日過ぎたころ、エレノス分隊長がたまたま事務所に来てある事実が発覚した。
「おう!アウルス。警邏隊に来るって話は本当だったんだ!」
エレノス分隊長が事務所に入ってきて、ヘンドリックス様に突然そう声をかけられた。当のヘンドリックス様は無視で、手元の書類に目を通している。
「無視か。相変わらず冷たいなあ。アウルスは。まあ、何はともあれよろしくな!」
無視している彼に構わず、エレノス分隊長は笑いながらその背を叩く。
ヘンドリックス様、めっちゃ怒ってる。
なんていうか血管浮いてませんか?
「あ、ユリア。こいつはちょっと変わった奴だけど、いい奴だからよろしくな。私の従兄弟なんだ」
「い、従兄弟ですか?」
「そう。私の母の兄の子なんだよ」
「そうなんですね」
エレノス分隊長は平民だけど、お母さんが貴族様だった。だから納得できる。顔だちが似ているものそのせいか。
「私は貴様など従兄弟とは思っておらん。私に触るな」
ヘンドリックス様は叩かれた場所を手で払いながら、睨み返した。
「ほーんと、前から私のこと嫌いだよな。お前。まあ、いいけど。とりあえずユリアを苛めるなよ」
エレノス分隊長は溜息を吐きながら、私に微笑みを見せる。
うああ、眼福。
ささくれた私の心が癒されました!
「ヴィレ様。十年間、ありがとうございました!また飲みに行きましょう」
「サヴィーナちゃん。ありがとう。たまに様子を見に来るから、その時は飲もうね。ユリアちゃんのことを頼むよ」
「お任せください」
ヴィレ様。
心遣いありがとうございます!
エレノス分隊長も胸を叩いてカッコいい。
だけどヘンドリックス様は不機嫌そうだし、なんかエレノス分隊長の後ろにいるカノン分隊長補佐もご機嫌ななめっぽい。
うーん。
胃が痛い。
「じゃあ、また」
エレノス分隊長は颯爽にいなくなり、私、ヴィレ様、ヘンドリックス様が事務所に取り残される。
変な沈黙が訪れたので、私は慌てて仕事を再開した。
こういう時は仕事に集中するのに限る。
☆
「今日までありがとう。それじゃあ」
ヴィレ様は予定通り、一週間の引継ぎを終えた後、事務所を去った。
気まずい。
とりあえず終始機嫌悪そうなヘンドリックス様には極力触れないようにして、自分の仕事をこなす。署名、確認事項はまとめて行う。
「ケッセル。この数字は間違ってる」
書類を渡した後、名を呼ばれてヘンドリックス様の机に近づくと開口でそう言われた。
示された箇所、言われたように間違っていた。
「すみません!今やり直します」
「ああ」
ヘンドリックス様がいつも通り機嫌悪そうだったけど、怒鳴ることもなく、ただ頷く。
ミスをしたにも関わらず、怒られなくてよかった。
とりあえず、もう一回全部確認しないと。
そうして提出した書類はすべて問題なく、署名され、処理済とされた。
よかったあ。
心配していたヘンドリックス様との仕事なのだけど、彼は初日以降、機嫌の悪さは変わらないけど、怒鳴ったりすることはなかった。
彼も淡々と仕事をしている感じだ。
だけど、エレノス分隊長がきたら一気に事務所の雰囲気が険悪になる。
息も苦しくなるくらい。
なんていうか、ヘンドリックス様の怒りの温度が半端じゃない。
なぜ、あんなにエレノス分隊長を嫌うのか謎過ぎる。エレノス分隊長はよく言えばおおらか、悪く言えば空気を読まないタイプなので、ヘンドリックス様に話しかけるし、うん。辛い。
前はエレノス分隊長が事務所に来るのが嬉しかったけど、今は来てほしくない。
「あれ?」
お茶を入れようと席を立った時、ヘンドリックス様が不在なことに気が付いた。
計算に集中するあまり、彼が席を外したのに気が付かなかったみたいだ。
30分くらい待ったけど、戻ってこなくて、探しにいってしまった。まあ、もう3週間もいるのだから、道に迷う事なんてないと思うけど。
事務所を出てすぐに彼を見つけた。
ヘンドリックス様は警邏隊の訓練をぼんやり眺めていた。
「ヘンドリックス様?」
「あ、ケッセル。何か用か?」
「あ、あのお茶を入れようと思いまして」
「そうか」
わざわざ呼びにくるなと叱られるのかと思ったのだけど、ヘンドリックス様は定番の不機嫌な顔のまま、くるりと警邏隊の訓練所に背を向けて、歩き出す。
「あ、あの。ヘンドリックス様は警邏隊の訓練に興味あるのですか?」
その瞬間、私は死を覚悟した。
一気に温度が下がった気がして、ヘンドリックス様に睨みつけられていた。
余計なこと言ったんだ。私。バカバカ。なんで変なこと聞いたちゃったの?怖い人ってわかっていたのに。
ヘンドリックス様は視線を外すと早足で再び歩き出す。
私は黙ってその後ろをついて、事務室へ戻った。




