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「アウルスが戻ってくるぞ!」
ヘンドリックス様が王宮に戻って二週間後、エレノス分隊長が大声を出しながら、事務所に飛び込んできた。
「おや、もう私はお役目ごめんかな」
「ヴィレ様。いえいえ、アウルスは事務官ではなく、隊員として戻ってくるのです!」
「た、隊員?!」
どうして急にそんなことに。
貴族様は隊員になれないんでは?
「大隊長の後釜をそろそろ決めないといけないだろう?警邏隊の大隊長と事務官は貴族でなければならない。だから、アウルスが立候補したんだ」
「サヴィーナちゃん、ヘンドリックス君は騎士ではないだろう?そんなことが可能なのかね」
「だから、明日入隊試験及び大隊長との模擬戦がある。大隊長と戦い、一回でも彼に攻撃を当てることができれば、大隊長の後継者として副大隊長に任命されることになってます」
ヘンドリックス様が大隊長と?!
「大丈夫なのですか?」
驚いたのは私だけではなく、ヴィレ様も同じようで目を丸くしている。
「今のアウルスならやるさ。その代わり、もし彼がやり遂げたらユリア、何か彼に褒美をあげてくれ」
「褒美?私が?」
なぜ、私?
平民の私が貴族のヘンドリックス様に何ができるのだろう。
これは彼に聞くしかない。
胸がどきどきして落ち着かない。
ヘンドリックス様が戻ってこられるのが嬉しくたまらない。
認めたくないけど、多分、私は彼のことが好きなんだ。
だから会えるのが嬉しい。
ヘンドリックス様はどう思っているか、怖くて考えたくない。都合のいい解釈してしまいそうで怖くなる。
でも、彼は貴族で、遠い存在だ。
期待なんかしちゃいけない。
迷惑もかけたくない。
私は全神経を集中して、無表情を保った。
その日はヘンドリックス様の噂で持ち切りだった。
私は彼の名前を耳に入れたら、表情がだらりと緩みそうで、仕事が終わったら、真っ直ぐに家に戻った。
自室にこもって引き出しから小箱を取り出す。
そっと、蓋を開けばヘンドリック様と同じ瞳の宝石が輝いていた。
明日はこれを付けていこう。
服の下に隠して行けば、気づかれないだろうから。
☆
「おはよう」
翌朝、家を出ようとしたらヘンドリックス様が現れた。
腰を抜かしそうになる。
「突然移動になって、ろくに言葉を交わさずすまなかった」
「あの、謝る必要はないですから」
「あらまあ、ヘンドリックス様!」
父は既に出かけていたので、家にいたのは母だけだ。
私と彼の声を聞いて玄関まで走ってきたらしい。
「朝食食べていきますか?」
「ありがとう、今日は残念ながらすでに食べてきたので、次回はぜひ」
「次回⁉ また戻ってこられるんですか?」
「その予定です」
「それはいいねえ。よかったね。ユリア」
「か、母さん!」
なんてこと言うのよ、ヘンドリックス様の前で。
「さあ、ヘンドリックス様。行きましょう」
母さんにこれ以上おかしなことを言われないうちに、私はそそくさ家を出た。ヘンドリックス様は律義に母に挨拶してから、出てきた。
「今日は、つけてくれてるんだな」
「え、あの!」
ばれてる。
銀の鎖は特別なものらしかったので、首元から少し見える。それでバレたのかな。
「つけてもらってうれしい」
ヘンドリックス様がにこりと微笑んで、また腰を抜かしそうになった。
えっと、えっと。
この変わりようはいったい。
「さあ、行こう。今日は入隊試験に、大隊長との模擬戦があるんだ」
「知ってます。大丈夫ですか?」
「勿論だ。君に無様な姿は見せない」
う、息ができない。
ヘンドリックス様、本当にどうしたんだろう。
「落ち着いたら一緒に花園に行こう。いけなかったから。あと、本当にすまなかった。連絡もできずに」
「それは当然です。ヘンドリックス様は貴族様なのですから。私のような平民に連絡なんて寄越さなくてもいいのです」
「貴族か。やはり問題はそこか」
ヘンドリックス様が顎に手をやって何やら考えている。
「まずは足元から固めていくか」
そして納得したようだ。
足元?
「入隊したら、また毎日送り迎えをするつもりだから。そのつもりで」
「え?いらないですから。エレノス分隊長の申し出も断りましたので、本当にいりません」
「またサヴィーナか。見ておれ」
ヘンドリックス様?
なぜ、そこで闘志を?
よくわからない。
ヘンドリックス様と二週間会っていなかっただけで、随分会っていなかった気がする。
でも何かかなり丸くなっていて、不思議だ。
どうしたのだろう。
大体どうして警邏隊に?
騎士団に入らないのかな。
いろいろ疑問が沸き起こってきたが、今は聞くべきじゃないと飲み込んだ。
それよりもこうして隣を歩いているのが嬉しい。
やっぱり綺麗な方だなあ。
☆
警邏隊本部に到着してから、私は事務所に、ヘンドリックス様は訓練所に向われた。
入隊試験が気になるけど、私は事務官補佐だ。
やるべきことをやらないと。
「ユリア!」
午後過ぎたあたりで、エレノス分隊長が事務所に飛び込んできた。
「これまた、サヴィーナちゃん。どうしたんだね」
私の疑問と同様の事をヴィレ様が聞いてくださった。
「大隊長との模擬戦が始まる。ヴィレ様。ユリアを借りて行ってもいいですか?」
「もちろんだとも」
「あの、でも」
「行ってきなさい。君、お昼休憩もろくに取ってないだろう。休憩だと思っていってきなさい」
「はい!」
入隊試験もだけど、それ以上に模擬戦が気になっていた。
色々思うところもあるけど、ヴィレ様の言葉に甘えて、エレノス分隊長の後について、訓練所へ向った。
「アウルス。張り切っていて、入隊試験で隊員の奴らをコテンパンにしたんだよな。まいっちゃうぜ」
「ヘンドリックス様ってそんなに強いんですか?」
「あ~、それ。本人の前で言わないほうがいいぞ」
後ろにいたカノン分隊長補佐が口を挟んでくる。
「そうだな。あいつ、めちゃくちゃ怒りそうだ」
「そ、そうですね。気を付けます」
そう言えば警邏隊を呼んだ時、怒っていたもんね。弱いって思われたみたいで。
「そういうことじゃないんだけどな」
カノン分隊長補佐がそうぼやいたけど、私にわからなかった。




