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「今日は夢中になりすぎて、遅くなった。すまない」


 私たちは警邏隊の訓練に参加し始めて、一週間がたった。

 最初は気が進まない様子だったヘンドリックス様も楽しそうに体を動かしている。

 それとは反対に、カノン分隊長補佐の様子はどんどん暗くなっている。

 気持ちはわかる。

 だって、カノン分隊長補佐はずっとエレノス分隊長が好きだったと思うから。エレノス分隊長は結婚してしまうのかな。そうなると警邏隊も辞めるのかな。嫌だなあ。


「どうした?元気がないな」

「え、あの」


 ヘンドリックス様に聞いてしまおうか。

 聞けば真相がわかる。

 もやもや感が減るかもしれない。


「あ、あのヘンドリックス様はエレノス分隊長と結婚予定があるのですか?」

「は?」


 怒気が含まれてる気がする。

 眉をぴくぴくさせて、ヘンドリックス様が私を見下ろしている。

 うああ、久々に怒らせた?

 私、関係ないのに聞いたのがよくなかった?


「どこでその話を聞いた」


 尋問みたいな口調で怖かったけど、カノン分隊長補佐の名は出せない。


「大方、カノンか。何を勘違いしているのか」

「勘違いなのですか?!」

「当然だ。なんで、私がサヴィーナなどと結婚せねばならん。お断りだ」

「えっと」


 吐き捨てるように言われたのですが、これはエレノス分隊長に失礼だよね。

 何を言葉にしていいかわからず、私は戸惑うだけだ。


「君は、その話を聞いてどう思った」

「良いと思いました」

「本当か?正直に話せ」


 誤魔化そうとしたけど、それはだめみたい。

 そうだよね。


「正直嫌でした」

「そうか」

 

 ヘンドリックス様の機嫌が直った。

 このまま……


「エレノス分隊長は私のあこがれです。彼女のような警邏隊員になりたいと思ってました。結局夢は形を変えましたが、私は警邏隊員の一員のつもりです。エレノス分隊長は結婚されると警邏隊をやめてしまうのですよね。それがとても寂しくて嫌です」


 あれ?ヘンドリックス様がまた不機嫌になった。

 どうしたんだろ。


「サヴィーナか」


 恨み籠った声でエレノス分隊長の名を呼ぶヘンドリックス様。

 なぜ?


「私は必ず奴より強くなる。ケッセル見ておれ」

「はい」


 ヘンドリックス様は拳を握られ、宣言した。

 家に到着して、ヘンドリックス様も交えて夕食を一緒に取る。

 家の食事は庶民的なんだけど、本当に美味しそうに食べてくれる。

 食事を終え、玄関先で見送ろうしていた時、ヘンドリックス様から箱をもらう。

 小さな茶色の箱だ。

 

「ケッセル。色々ありがとう。君のおかげで私は自分の好きなことを再び始めることができた。感謝している。これはお礼だ」

「あの、こんな高級なもの、いただくことはできません」

「もらってくれ。そうでないと捨てる」

「それはだめです」

「ではもらってくれ」

「わかりました」


 箱をしっかりと両手で掴み、お礼を言う。


「ありがとうございました」

「気に入ってくれると嬉しい」


 ヘンドリックス様は少しはにかんだような笑みで、少年みたいだった。

 年齢は私より3つ上だけど、時折子供のような表情を見せる。

 本当、出会った時とは大分変わった。



「綺麗」


 部屋に戻って小箱を開けると中に入っていたので、銀色のネックレスだった。網目の細かい銀色の鎖の先に小さな宝石がついている。まるでヘンドリックス様の瞳のような色だった。


 あ、なにか変な想像した


 ふとよぎった可能性を否定する。

 そんなはずはない。


 とりあえず、明日カノン分隊長補佐に結婚の話はないと伝えよう。


 数日後。


「よかったな!ガマガエルが処罰されたぞ!」


 事務所に入ってきたエレノス分隊長が朗らかに言い放った。


「それで、アウルス。お前も王宮へ戻ることになる」


 そうだよね。

 ガマガエルのせいで、警邏隊の事務官になったんだもの。


「あれ?嬉しくないのか?」


 エレノス分隊長の言葉につられて、ヘンドリックス様を見るとなぜか呆然とされていた。


「どうした?そうか、」

「サヴィーナ」


 余程のことがない限り止めないカノン分隊長が言葉を遮ぎる。


「ほら、いくぞ」

「は?え?」


 戸惑うエレノス分隊長を引きずるようにして、カノン分隊長補佐が事務所の外に連れていった。

 しばらくしたら足音が聞こえなくなり、事務所へ静けさが戻る。


「あ、あの。よかったですね」

「よいか。ケッセルもそう思うんだな。私が贈ったネックレスもつけなかったし、そういうことか」

「ヘンドリックス様、あのネックレスは以前お話したように、特別な日につけたかったのです。あのように綺麗なものは大切にしたいので」

「それなら、今週の休み、つけてくれないか。あの花園を覚えているか。一緒にいってほしいんだ」

「こ、今週、一緒に」

「空いてないか?それとも嫌か?」

「空いてますし、嫌ではないですけど。あの、でもそれは」


 デートみたいじゃないですか。

 と言いかけて私は言葉を止める。


 言ってはいけない。

 勘違いしてはいけない。


「それでは今週の休み。迎えにいく。ぜひネックスレスをつけてほしい」


 ヘンドリックス様に真剣な顔で請われ、頷いた。

 けれども、その日は来ることはなかった。

 休みが来る前に、ヘンドリックス様の異動が決まり、会えなくなったからだ。


「ユリアちゃん。大丈夫?」


 ヘンドリックス様の穴埋めに、ヴィレ様が事務官に復帰なされた。

 私の日常は元通りになった。

 ヘンドリックス様が警邏隊に左遷されたのは、わずか三か月。

 なのに、彼がいない日常は少し変だ。

 ヘンドリックス様の姿を見なくなり、両親に理由を聞かれ、そのまま答える。二人は顔を見合わせると黙りこくった。

 ガマガエルも捕まったし、警邏隊の警備も万端だ。

 私は警邏隊を信じているので、大通りを通ることを条件に送り迎えをやめてもらった。

 エレノス様が心配してくれたけど、ガマガエルが処罰されて、ヘンドリックス様が王宮に戻ったのだから、私に何かあるはずがないので、断った。


 毎日、一人で職場に向かう。

 大通りには警邏隊の隊員の姿が見える。

 そう、これが普通。

 私の日常。

 護身術も以前のようにエレノス分隊長から習う。

 基礎体力向上のため、隊員たちとは比べものにならないけど、少しだけ訓練する。

 寂しいなんて思うなんて、馬鹿だ。

 ヘンドリックス様は貴族様だ。

 私の生活には関係のない方。

 引き出しに眠るネックレス、ヘンドリックス様と同じ瞳の色の宝石の。

 これは私の宝物だ。

 つけて外に出ることはないだろう。

 でも一生大事にするつもり。



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