第38話|試食ですけども!
ひと通りの作業を終え、私はそっと息をついた。
一度手解きをすれば後は彼らだけで十分だろう、そう判断した私は王城の厨房を後にする。
──もちろん、試作したシュークリームを持って。
扉の前で一度だけ深呼吸をしてから、私がそっとノックをすると扉がすぐに開いた。
「ロゼリア様! ロヴァルド様はもう少しで終わるので、どうぞこちらのソファへ」
側近のクラウドがソファへと案内をしてくれる。
失礼いたします、と小さく告げてソファへ向かうと、机に向かうロヴァルド様の姿が目に入る。
そういえば、お仕事中のロヴァルド様を見ることはあまりなかった。
書類に視線を落としたままの彼に、見惚れてしまいそう。
「ロゼリア様、今お茶をお持ちしますね」
「ありがとう。でも……」
ロヴァルド様がまだなのに、私だけお茶をするなんて……。
「私のも頼む。……そして入れたら出ていけ」
「良いですけど、サボらないでくださいよ?」
「もう終わる」
クラウドは慣れた手つきでお茶を入れると、私に一言残してから部屋を出ていく。
「ロゼリア様、ロヴァルド様のことよろしくお願いします」
「ふふっ、承知しました」
本当に仲がいいのね。
「待たせたな、ロゼ」
「いえ、そんな……こちらこそお仕事中に申し訳ありません」
ロヴァルド様は上着を脱ぎながら、ソファの向かいに腰を下ろす。
そしてそのままお茶を一口飲んだ。
「試作は上手くいったか?」
「はい、皆さんとても手際が良くて……。特にサニーがあんなに若いのにシェフだなんて」
「馴れ馴れしい奴だが腕は確かなようだ。……何か不快なことはなかったか?」
「いえそんな……とても良くして頂きました」
少しトゲのある言い方、よね?
どうしたのかしら……ロヴァルド様らしくないような気がする。
「あの、サニーって……」
「……」
ロヴァルド様はため息をつく。
え? 触れない方が良かったのかしら……。
「あいつはクラウドの弟でな。クラウド同様、距離感が近くて鬱陶しい」
「あら、どうりで誰かに似てるなと……」
ふふっ、だからこその憎まれ口だったのね。
仲良し兄弟に振り回されるロヴァルド様を想像したら……。
うん、可愛いわ。
「それよりも──」
ロヴァルド様が視線を向けた先にはシュークリームがあった。
確かにまずはそちらを見ていただくべきだわ。
もっと三人のお話を聞いてみたかったけれど、いつか聞けるといいな。
「本日作ったものは基本的なシュークリームで……」
今回作ったのは、ふっくらと焼き上げたシュー生地に、底からたっぷりと詰めたカスタードクリーム。
これぞ王道のシュークリーム。
ロヴァルド様の判断次第だけれど、まずは基本が大事だもの。
でも色々なシュークリームを試してみたい。
生地もふわふわやサクサク……パイシューやクッキーシューもありよね!
プチシューのように、一口で食べられるものも良さそう。
クリームも底から入れるか、横半分に切ってから入れるか……。
さらに生クリームを合わせたりしても絶対美味しい。
クリーム自体のアレンジも、いくらでも広がるはず。
気付けばそんなことを、ロヴァルド様を前にして一気に話していた。
「す、すみません、捲し立ててしまって……!」
「ふ……っ」
「わ、笑わないでください……っ!」
「いや、すまない。料理のこととなると、熱量が高いと思ってな」
「うぅ……遮ってしまってごめんなさい。どうぞ食べてください」
「ああ、いただく」
なにか忘れてるような……。
あっ。
「ロヴァルド様、ちょっと待っ──」
時すでに遅し。
シュークリームをひと噛みした瞬間、クリームが溢れ出した。
そういえば、以前作ったシュークリームは友人達とのお茶会用で……一口サイズのプチシューだったのよね。
ロヴァルド様にお渡ししてたのも、それだったはずで。
「ろっ、ロヴァルド様……っ、ご、ごめんなさい! もう少し早く伝えていれば……!」
「……」
少し呆然とした面持ちのロヴァルド様。
それはそうよね、クリームが溢れてぼたぼたと垂れてしまうなんて。
……今それを“可愛い”なんて思っている場合ではないよね。
慌ててタオルを手に取り、ロヴァルド様の方へ駆け寄る。
「……ふっ、なんだこれは……」
ロヴァルド様は小さく笑いながら、シュークリームを皿に戻した。
「クリームを入れすぎてしまったみたいで……ぷふ……っす、すみません……っ」
その笑いにつられるように、私も思わず吹き出してしまう。
いえ、笑い事ではないのだけれど。
良く見たら服や床には零れてはおらず、手だけがクリームだらけ。
不幸中の幸い、と言うべきかどうか……。
「失礼しますね」
そういえば前にもこんなことが── あっ。
パン生地を作る時だわ。
あの時は凄くドキドキしたのよね。
今もしない訳でもないけれど……私も少し慣れてきたのかも。
そう思うと、くすりと笑ってしまう。
「……何笑ってるんだ?」
「すみません、少し前のことを思い出して……」
「……?」
「ふふ。はいっ、綺麗になりました!」
ロヴァルド様は思い出せない様子で考えている。
いいんです、私が覚えていれば。
あら? 舐めきれなかったのか、口元にもクリームが残っている。
「ロヴァルド様、口元にもまだ少し……失礼しますね」
新しいタオルを手に取り、口元へ伸ばそうとしたその時。
両手首を、そっと掴まれた。
「ロヴァルド様……? あの……」
「ああ、拭いてくれ」
「ふっ!?」
そう言って、目を閉じる。
拭くにも手が塞がっていて、しかも目を閉じていて……?
これってどういう──……いえ、そういうこと、よね?
あああ、どうしたらいいの!?
でも"拭く"までは、きっとこのまま──
えーい、女は度胸!
「しっしつ、しつれい……しま……す……」
段々と小さくなる声と一緒に、口元にあるクリームをそっと舐めとる。
もうもうもう!
慣れたなんて気のせいだったわ!?
恥ずかしくて顔が上げられない!
恐る恐るロヴァルド様の様子を伺うと、いつもの楽しげな表情。
……意地悪顔の。
「こ、今回だけですからね……っ!」
「それは困るな」
「もう──ン……ッ」
言いかけると唇を塞がれ、そのまま口の中を確かめるような長いキス。
「……ん、はぁ……っ」
「美味いな」
「~~~~……!!」
もう! 知りませんっ!
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ロゼの思い出し笑いが気になる方は、17話へどうぞ。




