第29話|知りたいし知ってほしいのです
後日、ロヴァルド様はアーシュヴァルツ王国として、エルディオール王国へ正式に抗議を行った。
重すぎる罰は望まないという私の意向も汲んでくださり、厳正な対処を求めるに留めたと聞いている。
けれど──
エルフォルド家がエルディオール国王と懇意であったこと。
婚約破棄に端を発し、シュークリームの盗用、そして今回の件に至るまでの一連の経緯。
それらを踏まえ、さらにキリギルス殿下自らの申告もあったそうだ。
最終的に、王位継承権の剥奪という、決して軽くはない処分が下された。
キリギルス殿下がリリア様との婚約を発表されたこともあり、エルディオール王国としても早急に対処せざるを得なかったのだろう。
その上で、両国の関係はこれまで通り維持されることとなった。
それはきっと、誰にとっても最善の形だったのだろうと思う。
キリギルス殿下に対して、思うことがないわけではないけれど……。
自ら申告してきたと聞いて、酷い記憶のままで終わらなくて良かった──
そう思えるくらいには、少しだけ救われた気がした。
「ロヴァルド様、本当にありがとうございました」
久しぶりのロヴァルド様の訪問。
色々なことが一段落した数日後、穏やかな日のことだった。
父を含めた話し合いから日を置かず、迅速に動いてくださったロヴァルド様。
そのおかげで、通常では考えられないほどの速さで、解決へと導いてくださった。
「色々大変でしたでしょう……お手数お掛けして申し訳ありません」
「アーシュヴァルツの王太子として当然のことをしたまでだ」
「王太子として……そうですよね……」
今までの私なら、きっと額面通りに受け取っていたその言葉。
確かに王国としてというのは、間違ってはいないのでしょう。
けれど今は、ロヴァルド様のことを理解している自信がある。
「……なんだ」
「いえ、その……。私のために? なんて思ってしまったものですから……」
「……む」
「そうですよね、違いますよね……」
「……ぐ」
本気で暗殺者を差し向けようとしてたのに、落ち着いたら「王国として」なんてずるいわ。
言葉に詰まるロヴァルド様の視線が、わずかに逸れる。
私はそっと一歩踏み出し、そのまま正面から抱き締める。
「ありがとうございます、ロヴァルド様……」
「……ロゼの為ならお安い御用だ」
そう言うと、ロヴァルド様の腕がゆっくりと私の背に回った。
「それで……今日はお礼といってはなんですが、ロヴァルド様のお好きなものを作って差し上げたくて……」
「……好きなもの?」
「はい、何かありませんか?」
「……考えたことないな」
「そうなのですか……」
「ロゼの作ったものなら何でも食べるが」
もう、また無意識にそんなこと言って!
「それでしたら……お昼も近いですしパンとか……?」
「ああ、頼む。……エルフォルド公爵もまだ食べたことがないものを」
「……!」
この間のマウント合戦をまだ引きずっているのかしら……?
お父様に妬く必要なんてないのに……。
でも、そんなところも可愛い。
「お任せください! では、ロヴァルド様はあちらで座っていてくださいませ」
「……何故だ?」
「何故って……?」
「私も手伝おう」
「ええ!? でもこれはお礼ですし……」
「良いだろう」
「ロヴァルド様、もしかして……また生地に触りたいのですか……?」
「……」
「ふふ、そういう事でしたらお願いいたします」
図星だったのね。
思わず笑いそうになってしまうのを堪えて、準備に取り掛かる。
まずはいつものエプロンに三角巾。
「ロヴァルド様、汚れてしまうので上着を脱いで、こちらのエプロンを付けていただけますか?」
「ああ、分かった」
「ロヴァルド様は髪が短いので、三角巾はいらないかと思います」
素直に上着を脱ぎ、エプロンを付けるロヴァルド様。
か、可愛い……!
「ええと、では……まずは計量しますね」
「……手馴れたものだな」
「ええ、もう慣れてしまいました」
計量した材料を混ぜていき、いよいよ捏ね作業。
「慣れてはいるのですが……この捏ねる作業は力勝負なので大変なんです」
「ほう……」
捏ね始めると、生地が手にまとわりつく。
その手のひらを見せながら聞いてみる。
「これを捏ね続けることで、まとまった生地になるんです……やってみますか?」
「ああ……」
ぐっと力を入れて捏ね始めるロヴァルド様。
大きな手で生地を押し広げる様子に、思わず見入ってしまう。
「……小さい頃に戻ったみたいだな」
「ふふ、まるで手遊びみたいですよね」
男性の腕力のおかげか、いつもよりも早く捏ね上がった。
つるんとした生地が可愛い。
そして捏ね上がった生地をボウルに入れて、濡れ布巾を被せる。
「お疲れ様です。これで捏ねる作業は終わりで、次は発酵に移ります!」
「なかなか力がいる作業だったな」
「ええ。でもロヴァルド様のおかげで、私がやるよりも早く終わりました」
「……作るというのは大変なんだな」
「ふふ、やってみないと分からないことってありますよね」
お礼のはずなのに、ロヴァルド様にほとんどやらせてしまっているような……。
でも二人でお料理出来るなんて、思ってみなかった。
生地に触りたいとはいえ、私の趣味を理解しようとしてくれている。
それがすごく嬉しい。
ロヴァルド様の好きなことや嫌いなこと。
私もこれからもっと知っていきたい。
こうして少しずつお互いを知っていく時間も、悪くないのかも──
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