第23話|私の気持ちは無視ですか?
「──え?」
突然腕を掴まれた私は、何が起きているのか分からなかった。
殿下を見ると真剣な顔をしていて……。
今までこんな表情見たことがなかった。
振りほどきたいのに、身体が思うように動かない。
今すぐこの手を離して欲しい。
だって私に触れていいのは──
「──キリギルス殿下、お離しください……っ」
「ロゼが逃げようとするから……!」
「逃げてなどいません! それと今までのように愛称で呼ぶのは──」
──怖い
けれど、ここで怯んではいけないと、本能が告げていた。
不敬とは分かっていても、震える身体で睨みつけるしかなかった。
「……そんなに王太子妃になりたいのか?」
「──は……?」
「私が婚約破棄をしたからお前は──!」
なにを、言っているの……?
言葉の意味が理解できなくて、思考が一瞬止まる。
幼い頃から婚約者として決められていて。
ただの“形式”だったとしても、いつだって殿下のためを思い行動してきた。
未来の王太子妃になるからといって、自分本位に振る舞ったことなど一度もない。
地位が欲しくて頑張ってきたわけじゃない。
何も……伝わってなかったのね。
「ロゼ……?」
──ぽた
気づいた時には、涙が零れていた。
「……もう、遅いのか?」
「何が、ですか……」
「隣国など行かなくていい! お前には私がいるだろう!?」
「──何を言っているのですか……?」
目の前が暗くなった気がした。
婚約破棄をしたのは貴方でしょう?
新しい婚約者もいるのでしょう?
まるで、玩具を取り上げられた子供のようなことを──
「……っ、離して……ください……っ!」
ここまで自分本位な人だとは思っていなかった。
……呆れて、ものも言えない。
これ以上は無駄。
そう思い、何とか腕を振り払おうとすると、殿下の手に、さらに力がこもる。
「いた……っ」
強く引かれた瞬間、身体が引き寄せられ──
気づけば、殿下の腕の中に閉じ込められていた。
「──……っ!?」
「私はまだロゼが好きだ」
今、なんて──
「夜会の時に気付いたんだ。私の傍にいろ──」
「……いや……離して……っ!」
恐怖で身体が動かない。
やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
「リリアとは終わらせる。だから──」
「……っ、私は望んでいません……っ!」
「ロゼにとっても悪い話ではないだろう? 政略結婚などせずに済むのだから──」
「……っ!」
私がロヴァルド様をどう思っているか。
どれだけ、心を奪われたのか。
そして──
あの人が、どれだけ私を想っていてくれているのか。
なにも……なにも知らないくせに──
「俺は──」
「わっ、私は……っ」
いつの間にか大粒の涙が溢れていた。
喉が詰まる。
上手く息が出来なくて、言葉にならない。
それでも──
「私は……! ロヴァルド様のことを……っ、心から、愛しています……!」
「──ッ!」
その瞬間、逃げる間もなく唇を塞がれた。
「──ッ!?」
何が起きたのか、理解が追いつかない。
強く押しつけられる感触に、思考が真っ白になる。
怖い。嫌だ。やめて。
叫びたいのに許されない。
どうして──
「……んッ……んぅ……っ!」
必死に身をよじっても、びくともしない。
逃がす気などないかのように。
恐怖と嫌悪感しかない、強引で自分勝手なキス。
「……ロゼ」
低く、押し殺した声が耳元に落ちる。
いやだ。
私の名前を呼ばないで。
──ガリッ
反射的に、歯を立てた。
「──……つぅッ!?」
殿下が一瞬硬直する。
唇が解放され、思わず殿下を突き飛ばした。
「──は……っ、はぁはぁ……っ」
震える体を両腕で抱き締め、どうにか心を落ち着けようと息を整える。
それでもまだ、恐怖の感情が身体に残っていた。
その時、扉が勢いよく開く。
「ロゼリア様……っ!!」
「キリギルス殿下……! これは一体──」
アメリーが駆け寄ってくると同時に、私はその場に崩れ落ちてしまった。
震える体をアメリーに預けると、優しく宥められる。
「ロゼリア様……!」
安堵が訪れたのも束の間、アメリーの叫び声を聞きながら、私の意識は静かに遠のいていった──
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