第22話|お話は終わりのようですので
「こちらでお待ちください」
そう言って案内されたのは、過去に婚約破棄をされた部屋。
「……配慮ってものを知らないのでしょうか?」
後ろに立つアメリーが、ヒソヒソと皮肉を言う。
「もうアメリーったら……」
応接室は他にもあるのに、これだもの。
声には出さないけれど、全くの同意だわ。
しばらく待っていると扉が大きく開いて──
「キリギルス殿下が参られました」
扉の向こうから、規則正しい足音が近づいてくる。
やがて姿を現したキリギルス殿下は、いつも通りの落ち着いた様子で室内へと足を踏み入れた。
「……」
キリギルス殿下は無言のまま視線を私に向けると、ほんの一瞬だけ動きが止まった。
けれどすぐに何事もなかったかのように視線を逸らし、殿下は私の前へと歩みを進める。
「……ご機嫌よう、キリギルス殿下」
「あ、ああ。……急に呼び出してすまなかった」
……すまない? あのキリギルス殿下が謝った?
「げ、元気そうだな、ロゼリア」
「ええ、おかげさまで……?」
婚約破棄されたくせにと、そう言いたいの?
でもそのおかげでロヴァルド様と会えたのだから……なーんて! きゃー!
……って、やってる場合じゃないわロゼリア!
キリギルス殿下を見ると、少し気まずそうな……そんな表情をしている。
どうして貴方がそんな表情をしているの?
「……それで本日はどのような──」
「ああ、そうだな……お前達は席を外してくれ。良いと言うまで入ってくるな」
側近のクロード、私の侍女であるアメリーに言い放つ。
恐る恐るアメリーを見ると、小刻みに震えていた。
絶対に嫌です、そう言いたげな表情をしている。けれど、相手は王太子殿下。
アメリーを諌めることしか出来ない自分が情けない。
「アメリー、私は大丈夫だから……ね?」
「……かしこまりました」
「何かありましたら、お呼びください──」
二人は一礼すると、静かに部屋を後にした。
アメリーだけは心配そうな顔をしていたけれど。
そして部屋に残されたのは、キリギルス殿下と私だけ。
気まずい空気が流れる。
……この沈黙はなんなのかしら?
用があるから呼び出したのよね?
「あの……」
「ああ、すまない……座ってくれ」
「はあ……」
耐えかねて声を掛けると、少し慌てたようにソファへ促される。
座りたかったわけでは……。
そして再び流れる沈黙。
もう、なんなの!?
殿下は膝に肘を置き、何やら考えている。
ここまで来て、そんなにもったいぶられても困るのだけれど。
「あの……」
「ああ、茶でも淹れさせようか!」
「いえ、そうではなく──キリギルス殿下、本日はどのようなご用件なのでしょうか?」
立ち上がろうとする殿下を静止して、本題を促す。
側近を追い出しておいて、いまさらお茶なんて。何がしたいのよ、本当に……。
「──あの夜会でのこと、なんだが……」
言い出しにくそうに、でも真っ直ぐに私を見ている。
夜会と言うと、シュークリームのことよね……。
リリア様が考案したと嘘をついて、ロヴァルド様に暴かれた──
「ええと……シュークリームについては、私と同時期にリリア様も考案されたのかもしれません」
それは本心でもある。
可能性は限りなく低いけれど。
でももし同じ転生者だとしたら、シュークリームを知っているのは不思議じゃない。
「そうではなく……って怒っていないのか?」
「怒る……ですか?」
「この件に関しては調査中ではあるが、その、リリアが考案した可能性は……」
その先は、苦い顔をしながら言葉を濁す。
……そこまで思っていても、信じたいのよね。
もし仮に……リリア様が本当にレシピを盗んでいたとしても、それを証明するのは簡単ではない。
とはいえ、大きな嘘をついたことはあまり褒められたことではないけれど……。
「キリギルス殿下、私はもう気にしていませんから」
「──だが……!」
キリギルス殿下は一瞬、言葉を失ったようにその場で固まる。
実際のところ、本当に気にしていない。
というより、それ以上のことが大きすぎて忘れてたわ……。
「これ以上、彼女を辱める必要もないかと思います」
「ロゼ……」
「あの時……なぜ、とは思いました。ですが、ロヴァルド殿下が訂正してくださったおかげで──」
彼があの場で守ってくれたから──
……さすがに、それを口にするつもりはないけれど。
「ですので、どうか彼女に寛大な処置をお願いしたく思います」
「ロゼリア……君というやつは……」
キリギルス殿下は片手で顔を隠し、力なくソファの背にもたれかかる。
……これで解決、よね?
「ご用件は以上でしょうか? それでしたら私はこれで──」
立ち上がろうとすると、突然声を大きくする殿下。
「いや、待て! まだ聞きたいことが……!」
「……? なんでしょうか……」
「あの夜会で──」
……もうシュークリームは解決したはずでは?
「その、ロヴァルド王子が……ロゼリアを婚約者、だと……」
「!」
確かに宣言してたわ……思い出すだけで頭が沸騰しそう。
「え、ええ……ご縁がありまして──」
「そう、なのか……」
「はい……?」
顔が赤くなりそうなのを必死に抑えて、笑顔で乗り切る。
キリギルス殿下はわずかに視線を落とし、言葉を失ったように口を閉ざした。
な、なんなのかしら……?
「……政略なのだろう?」
「はい……?」
それが当たり前の世界とはいえ、不躾すぎる。
だったらなんだというの。
それに……確かに最初はそうだったけれど、今は……。
「エルフォルド家がわざわざ隣国へ嫁ぐなど──」
「……キリギルス殿下、何を仰りたいのでしょう?」
「私は! ロゼを心配して──」
「お心遣いありがたく思いますが……私はもうロヴァルド王太子殿下の婚約者です」
「しかし──」
「……どうぞ、"ロゼリア" とお呼びください」
「──……っ!」
少し圧のある言い方をしてしまったわ。
ダメよロゼリア、落ち着いて。
キリギルス殿下は、まさか……と狼狽えたような表情で私を見ている。
……もう時間の無駄ね。
「──お話は終わりのようですので、これで失礼致します」
困惑したままの殿下を見ながら立ち上がり、一礼する。
そして扉へと向かう──その瞬間。
「ま、待て……!」
殿下の叫び声と共に、腕を強く掴まれた──
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