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【完結】婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに  作者: 京野きょう


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22/41

第22話|お話は終わりのようですので

「こちらでお待ちください」


 そう言って案内されたのは、過去に婚約破棄をされた部屋。


「……配慮ってものを知らないのでしょうか?」


 後ろに立つアメリーが、ヒソヒソと皮肉を言う。


「もうアメリーったら……」


 応接室は他にもあるのに、これだもの。

 声には出さないけれど、全くの同意だわ。


 しばらく待っていると扉が大きく開いて──


「キリギルス殿下が参られました」


 扉の向こうから、規則正しい足音が近づいてくる。

 やがて姿を現したキリギルス殿下は、いつも通りの落ち着いた様子で室内へと足を踏み入れた。


「……」


 キリギルス殿下は無言のまま視線を私に向けると、ほんの一瞬だけ動きが止まった。

 けれどすぐに何事もなかったかのように視線を逸らし、殿下は私の前へと歩みを進める。


「……ご機嫌よう、キリギルス殿下」

「あ、ああ。……急に呼び出してすまなかった」


 ……すまない? あのキリギルス殿下が謝った?


「げ、元気そうだな、ロゼリア」

「ええ、おかげさまで……?」


 婚約破棄されたくせにと、そう言いたいの?

 でもそのおかげでロヴァルド様と会えたのだから……なーんて! きゃー!

 ……って、やってる場合じゃないわロゼリア!


 キリギルス殿下を見ると、少し気まずそうな……そんな表情をしている。

 どうして貴方がそんな表情をしているの?


「……それで本日はどのような──」

「ああ、そうだな……お前達は席を外してくれ。良いと言うまで入ってくるな」


 側近のクロード、私の侍女であるアメリーに言い放つ。


 恐る恐るアメリーを見ると、小刻みに震えていた。

 絶対に嫌です、そう言いたげな表情をしている。けれど、相手は王太子殿下。

 アメリーを諌めることしか出来ない自分が情けない。


「アメリー、私は大丈夫だから……ね?」

「……かしこまりました」

「何かありましたら、お呼びください──」


 二人は一礼すると、静かに部屋を後にした。

 アメリーだけは心配そうな顔をしていたけれど。

 そして部屋に残されたのは、キリギルス殿下と私だけ。


 気まずい空気が流れる。


 ……この沈黙はなんなのかしら?

 用があるから呼び出したのよね?


「あの……」

「ああ、すまない……座ってくれ」

「はあ……」


 耐えかねて声を掛けると、少し慌てたようにソファへ促される。

 座りたかったわけでは……。


 そして再び流れる沈黙。


 もう、なんなの!?


 殿下は膝に肘を置き、何やら考えている。

 ここまで来て、そんなにもったいぶられても困るのだけれど。


「あの……」

「ああ、茶でも淹れさせようか!」

「いえ、そうではなく──キリギルス殿下、本日はどのようなご用件なのでしょうか?」


 立ち上がろうとする殿下を静止して、本題を促す。

 側近を追い出しておいて、いまさらお茶なんて。何がしたいのよ、本当に……。


「──あの夜会でのこと、なんだが……」


 言い出しにくそうに、でも真っ直ぐに私を見ている。


 夜会と言うと、シュークリームのことよね……。

 リリア様が考案したと嘘をついて、ロヴァルド様に暴かれた──


「ええと……シュークリームについては、私と同時期にリリア様も考案されたのかもしれません」


 それは本心でもある。

 可能性は限りなく低いけれど。

 でももし同じ転生者だとしたら、シュークリームを知っているのは不思議じゃない。


「そうではなく……って怒っていないのか?」

「怒る……ですか?」

「この件に関しては調査中ではあるが、その、リリアが考案した可能性は……」


 その先は、苦い顔をしながら言葉を濁す。

 ……そこまで思っていても、信じたいのよね。


 もし仮に……リリア様が本当にレシピを盗んでいたとしても、それを証明するのは簡単ではない。

 とはいえ、大きな嘘をついたことはあまり褒められたことではないけれど……。


「キリギルス殿下、私はもう気にしていませんから」

「──だが……!」


 キリギルス殿下は一瞬、言葉を失ったようにその場で固まる。

 実際のところ、本当に気にしていない。

 というより、それ以上のことが大きすぎて忘れてたわ……。


「これ以上、彼女を辱める必要もないかと思います」

「ロゼ……」

「あの時……なぜ、とは思いました。ですが、ロヴァルド殿下が訂正してくださったおかげで──」


 彼があの場で守ってくれたから──

 ……さすがに、それを口にするつもりはないけれど。


「ですので、どうか彼女に寛大な処置をお願いしたく思います」

「ロゼリア……君というやつは……」


 キリギルス殿下は片手で顔を隠し、力なくソファの背にもたれかかる。


 ……これで解決、よね?


「ご用件は以上でしょうか? それでしたら私はこれで──」


 立ち上がろうとすると、突然声を大きくする殿下。


「いや、待て! まだ聞きたいことが……!」

「……? なんでしょうか……」

「あの夜会で──」


 ……もうシュークリームは解決したはずでは?


「その、ロヴァルド王子が……ロゼリアを婚約者、だと……」

「!」


 確かに宣言してたわ……思い出すだけで頭が沸騰しそう。


「え、ええ……ご縁がありまして──」

「そう、なのか……」

「はい……?」


 顔が赤くなりそうなのを必死に抑えて、笑顔で乗り切る。

 キリギルス殿下はわずかに視線を落とし、言葉を失ったように口を閉ざした。


 な、なんなのかしら……?


「……政略なのだろう?」

「はい……?」


 それが当たり前の世界とはいえ、不躾すぎる。

 だったらなんだというの。

 それに……確かに最初はそうだったけれど、今は……。


「エルフォルド家がわざわざ隣国へ嫁ぐなど──」

「……キリギルス殿下、何を仰りたいのでしょう?」

「私は! ロゼを心配して──」

「お心遣いありがたく思いますが……私はもうロヴァルド王太子殿下の婚約者です」

「しかし──」

「……どうぞ、"ロゼリア" とお呼びください」

「──……っ!」


 少し圧のある言い方をしてしまったわ。

 ダメよロゼリア、落ち着いて。


 キリギルス殿下は、まさか……と狼狽えたような表情で私を見ている。

 ……もう時間の無駄ね。


「──お話は終わりのようですので、これで失礼致します」


 困惑したままの殿下を見ながら立ち上がり、一礼する。


 そして扉へと向かう──その瞬間。


「ま、待て……!」


 殿下の叫び声と共に、腕を強く掴まれた──

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