4月18日(土)赤いハイヒールの家 終
今日はA様のお宅か――
三回目ともなれば慣れたもんよ。
……佐上先輩のお陰で少しだけ元気が出た。頑張らなきゃ。
私は肩を回しながら気合を入れる。
これだけの体験をしたら、逃げて誰も責めないだろう。それでも、私が行かなきゃ、利用者さんを誰が支えるのよ。
恐怖を使命感で押し殺し、私は身支度を済ませ、自宅の玄関先で靴を履く。
「えっ……!?」
自分の目を疑った。
玄関の扉を開けると赤いハイヒールが、扉の前に置いてあった。
「なにこれ……いつもと違う……」
ハイヒールの爪先は、アパートの駐車場へと向けられていた。
虫の知らせ――私の直感がそう告げた。
車に乗り込み、直接A様のお宅を目指す。
訪問時間前――介護サービスはケアマネジャーが作成した計画書に沿って支援を遂行する。
本来、指定された時間前に訪問するなんて、訪問介護士としては《《ありえない》》。
それでも、言いしれぬ不安感が私を突き動かす。
――速く、速く着いて!
■
A様の自宅に伺うと、既に玄関は開け放たれていた。
「お邪魔します!」
「Aさん! Aさん!」
私は叫びながら、A様の寝室へ走る。
入った瞬間に心臓がキュッと締め付けられる。
A様が床で倒れていた。
「Aさん! Aさん!」
何度も声を掛けると、「うぅ……」
かすかに反応がある。
私はすぐさま救急車を呼んだ。
榊原さんには一報入れて、救急車に同乗した。
■
なんてことない。
軽い貧血だったらしい。
A様は病院のベッド上で点滴を打たれ、気持ちよさそうに眠っていた。
……ふと、視線の端に違和感を感じる。
私の隣で赤いハイヒールが並べられていた。
ベッド脇のA様を見守るように。
今、思えば、娘様は亡くなった後も、A様を見守っていたのかもしれない。
私の家に来ていたのも、私がどんな人か見極めるためだったりして……。
娘様の存在を感じたことはあるが、不思議と嫌な気はしなかった。
娘様が見ているなら安心か……。
私は席を立ち部屋から出ようとした。
一瞬、花の香りがした気がする。
娘様の気配を背後に感じたが、振り向かずに事業所へと帰路につく。
すべては私の妄想かもしれない。
都合のいい解釈なのかもしれない。
それでも、そう思う方がずっと幸せだった。
■
「あっ……白石さん。おかえりなさい!」
事業所では榊原さんがパソコンとにらめっこをしていた。
「ただいま、戻りました。
勝手な行動を取り、誠に申し訳ございません」
私は誠心誠意、頭を下げた。
どんな理由があれ、私のしたことは業務命令違反だ。それに、サービス時間外に訪問するなんて、A様の担当のケアマネジャーとの信頼関係にも影響が出てくる。
「大丈夫だよ。私は白石さんの判断を信じているから。ケアマネジャーも既に報告と謝罪は済ませているよ。A様が無事で良かったと、むしろ感謝していたよ」
榊原さんは責めるどころか、私の肩にポンッと手を置いた。
セクハラです……とはさすがに言えなかった。
「大変だったでしょ。事故報告書だけ書いて今日はあがりな」
「えっ、いいんですか?」
まだ昼過ぎだというのに、本当に帰っていいのだろうか。
「その分、これからもよろしくね」
榊原さんが笑顔で手を差し出す。
私はその手を握らなかった。
代わりに「はい! よろしくお願いします!」と
挨拶を返し報告書を仕上げた。
■
お言葉に甘え、自宅に帰ってベッドに寝転んだ。
その日の夜、不思議な夢を見た。
赤いドレスに赤いハイヒール。
私より一回りぐらい歳上の水商売の女性だろうか?
夢の中の彼女は微笑んでいた。




