4月10日(金)待機
新人の私は今日も一人でお留守番。
来週訪問するJ様の御宅を考えると……憂鬱だ。
でも、スタッフが利用者を選ぶなんて言語道断。
私がやるしかないんだ。
私は自分の頬をバシッと叩いて気合を入れる。
いつものように介護記録を読み漁っていると、気になる名前を発見した。
石狩蓮司さん……休職中のもう一人の先輩職員……どんな人なんだろう。
彼を知りたくて、彼が担当していた利用者の記録に目を通す。
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利用者:D様(85歳)男性 要介護4
訪問日:令和7年8月4日(月)
担当職員:石狩 蓮司
12:00 訪問。お預かりしていた合鍵を使用して玄関に入る。
12:10 昼食の支度を行う。D様は本日も、
「ばあさん……許しとくれ……もう食べれんのじゃ……」とうわ言のように繰り返す。
12:20 昼食支援のため、電動ベッドをギャッチアップして支援開始。職員が触れていないにもかかわらず、食器がかすかに動くのを確認。
D様は「もう食べれんのじゃ……」と繰り返し、食事を拒否される。
12:35 食事量 主食2割 副食1割摂取。
13:00 排泄支援を済ませ、訪問終了。
特記事項:定期利用している短期入所生活介護(短期間お泊りをするところ)では、スタッフの介助にて拒否なく食事は摂れている。体重は増加傾向とのこと。
自宅にて、ヘルパーが購入した食材の数が合わないことがある。D様はベッドから自力で起き上がれないため、本人の可能性は極めて低い。
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そこで記録は途切れていた。
まさかとは思い事故報告書を開く。
事故報告書 D様(85歳)男性 要介護4
日時:令和7年8月4日(月) 18時30分
場所:D様寝室
内容:介助スタッフ石狩が夕食の食事支援に訪問。合鍵で解錠後、寝室に伺う。声掛けするもD様の応答はない。
ベッドの上にてD様は大量に嘔吐されていた。
オーバーテーブル上に乱雑に混ぜられ刻まれた食材が散乱していた。既に呼吸は止まっていた。
対応:119番へ連絡。救命措置を実施するも反応なし。救急隊員に事情を説明し。その後、警察にも事情を説明する。
症状:食物が気道を塞いだことによる窒息(医師診断)。
石狩の所見:D様は過去に妻にDVをしており、恨みを買っていた可能性あり。D様は亡き妻の気配に怯えていた。
亡き妻が食材の調理をして、夫であるD様に無理やり食べさせたと推察。
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なによ、この無茶苦茶な事故報告書は……死亡事故を伴う事故報告書は保険者にも提出しなければならない。これで、役所に提出したの……嘘でしょ?
しかも、所見もかなり主観的だし、こじつけもいいとこじゃない。
この、石狩さんって人、ヤバい人なんじゃ……。
この日を最後に、石狩さんの記録は途絶えていた。
「お疲れさま」
奇天烈な報告書に呆気に取られていると、管理者の榊原さんが訪問から戻ってきた。
「ちょっと、榊原さん!」
「ど、どうしたの白石さん……そんなすごい剣幕で。せっかくの美人が台無しよ?」
「セクハラはいいですから、この記録、どういうことですか!」
私は、スマホの画面を榊原さんの顔に近づける。
「ちょ、近いってば。おじさんはもう老眼なんだから、少し距離を調整してくんない?」
「まったく……」
柄にもなくイライラしてきた。
「あーこれね」
榊原さんはさして驚いていないようだった。
「これ、おかしいですよ! こんなオカルトありえませんって!」
「本当に《《ありえない》》と思うかい?」
榊原さんはいつになく真剣な眼差しで私を見る。
「それは……」
「私は、石狩くんのことを信頼しているよ。
じきに復帰するから、白石さんも直接会って話してみるといい。
――おおっと、私は次の訪問に出らねば!」
榊原さんはわざとらしく話を切り上げ、
書類を準備してそのまま出ていってしまった。
入社する前の私なら、こんな報告書はイタズラだと笑い飛ばしていた。けど、今の私は……。




