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困難事例〜誰も行きたがらない家〜  作者: 那須 儒一


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5/12

4月10日(金)待機

新人の私は今日も一人でお留守番。

来週訪問するJ様の御宅を考えると……憂鬱だ。


でも、スタッフが利用者を選ぶなんて言語道断。

私がやるしかないんだ。


私は自分の頬をバシッと叩いて気合を入れる。


いつものように介護記録を読み漁っていると、気になる名前を発見した。

石狩いしかり蓮司れんじさん……休職中のもう一人の先輩職員……どんな人なんだろう。


彼を知りたくて、彼が担当していた利用者の記録に目を通す。




利用者:D様(85歳)男性 要介護4


訪問日:令和7年8月4日(月)


担当職員:石狩 蓮司


12:00 訪問。お預かりしていた合鍵を使用して玄関に入る。


12:10 昼食の支度を行う。D様は本日も、

「ばあさん……許しとくれ……もう食べれんのじゃ……」とうわ言のように繰り返す。


12:20 昼食支援のため、電動ベッドをギャッチアップして支援開始。職員が触れていないにもかかわらず、食器がかすかに動くのを確認。

D様は「もう食べれんのじゃ……」と繰り返し、食事を拒否される。


12:35 食事量 主食2割 副食1割摂取。


13:00 排泄支援を済ませ、訪問終了。


特記事項:定期利用している短期入所生活介護(短期間お泊りをするところ)では、スタッフの介助にて拒否なく食事は摂れている。体重は増加傾向とのこと。

自宅にて、ヘルパーが購入した食材の数が合わないことがある。D様はベッドから自力で起き上がれないため、本人の可能性は極めて低い。



そこで記録は途切れていた。

まさかとは思い事故報告書を開く。


事故報告書 D様(85歳)男性 要介護4


日時:令和7年8月4日(月) 18時30分


場所:D様寝室


内容:介助スタッフ石狩が夕食の食事支援に訪問。合鍵で解錠後、寝室に伺う。声掛けするもD様の応答はない。

ベッドの上にてD様は大量に嘔吐されていた。

オーバーテーブル上に乱雑に混ぜられ刻まれた食材が散乱していた。既に呼吸は止まっていた。


対応:119番へ連絡。救命措置を実施するも反応なし。救急隊員に事情を説明し。その後、警察にも事情を説明する。


症状:食物が気道を塞いだことによる窒息(医師診断)。


石狩の所見:D様は過去に妻にDVをしており、恨みを買っていた可能性あり。D様は亡き妻の気配に怯えていた。

亡き妻が食材の調理をして、夫であるD様に無理やり食べさせたと推察。



なによ、この無茶苦茶な事故報告書は……死亡事故を伴う事故報告書は保険者にも提出しなければならない。これで、役所に提出したの……嘘でしょ?


しかも、所見もかなり主観的だし、こじつけもいいとこじゃない。


この、石狩さんって人、ヤバい人なんじゃ……。


この日を最後に、石狩さんの記録は途絶えていた。


「お疲れさま」

奇天烈な報告書に呆気に取られていると、管理者の榊原さかきばらさんが訪問から戻ってきた。


「ちょっと、榊原さん!」


「ど、どうしたの白石さん……そんなすごい剣幕で。せっかくの美人が台無しよ?」


「セクハラはいいですから、この記録、どういうことですか!」


私は、スマホの画面を榊原さんの顔に近づける。


「ちょ、近いってば。おじさんはもう老眼なんだから、少し距離を調整してくんない?」


「まったく……」

柄にもなくイライラしてきた。


「あーこれね」

榊原さんはさして驚いていないようだった。


「これ、おかしいですよ! こんなオカルトありえませんって!」


「本当に《《ありえない》》と思うかい?」

榊原さんはいつになく真剣な眼差しで私を見る。


「それは……」


「私は、石狩くんのことを信頼しているよ。

じきに復帰するから、白石さんも直接会って話してみるといい。

――おおっと、私は次の訪問に出らねば!」


榊原さんはわざとらしく話を切り上げ、

書類を準備してそのまま出ていってしまった。


入社する前の私なら、こんな報告書はイタズラだと笑い飛ばしていた。けど、今の私は……。

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