4月6日(月)待機
今日は訪問が一件もない。
榊原さん。気遣ってくれたのかな。
かと言って、何もすることがないのも退屈だ。
そして、またもや事務所には誰もいない。
「あんまりほったからしにすると、部屋のレイアウトを変えちゃうぞ♡」
だめだ……空元気ではしゃいでみたものの、昨日の一件は重すぎる。明日と明後日は二連休だからなんとかそこで気持ちを切り替えないと。
介護は人手不足が常だ。私が頑張らないと……支援からあぶれる高齢者が出てしまう。
我ながら生真面目すぎるとは思う。
それでも、自分の役目は果たしたい。
私は、佐上先輩の今日の担当利用者に目を通す。
えっ……5件!?
もし、これが全て困難事例なら、佐上先輩は凄腕のベテランになる。
見た目はメイクばっちりの金髪ギャルっぽいのに……年齢は確か28って言ってたかな。
ざっと目を通したがどれもヤバそうだ。
一年間で事故報告書50枚の困難事例や、セクハラじじいの家……他にはスタッフが消息を絶った家に家族から求婚を迫られる家……。
なんか、いろんな意味で困難事例だな。
記録情報だけで、ヤバさが伝わってくるなんて、本来であれば珍しい。
実際は困難事例なんて、そんなに多くは当たらない。体感1、2割だ。
先輩の最後の担当利用者さんの記録が気になった。
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利用者:C様(70歳)女性 要支援2
担当職員:佐上萌香
9:00 訪問。一階居間異常なし。施錠完了。
9:05 一階台所異常なし。施錠完了
9:10 一階お風呂場異常なし。施錠完了
9:15 二階子ども部屋。肌が青白い子ども一名を確認。異常なし。
9:20 二階寝室異常なし。施錠完了。
9:25 二階書斎異常なし。施錠完了
9:30 C様に報告後、訪問終了。
特記事項:C様は身寄りがないのに子どもがいた。たぶん近所の子が紛れ込んだのだろう。C様は不安神経症のため、報告せず。子どもを追い出そうと二階に上がったが既に帰っていた。
■
もう、どこからツッコんでいいか分からなかった。
この人、バカなんじゃないかと失礼を承知で思う。
ここまでの記録ではっきり分かったのは、この事業所“とこよ”は異常だ。
幽霊なんて信じていなかったけど、ここまで変な介護記録が残されていたら信じないほうがおかしい。
介護記録をふざけて書いている可能性もあるが、こんなの監査でも引っかかるし、メリットがない。
というか、この記録……監査大丈夫なの?
■
定時前に佐上先輩が訪問から戻ってきた。
「ただまー! ふへぇ……今日もへとへとだよー」
「佐上先輩……おかえりなさい。
それより、記録見たんですけど……やばくないです?」
「菜々《なな》ちゃんもわかってくれるかぁ。あのジジイ、私のプリチーなお尻を触りやがって!
支援打ち切りの話をしたら、泣き出してさ……もう、大変だったわよ」
「えっ……そっちですか?」
「そっちって、他に何があんのよ?」
「えっ、あの子どもが出る家ですよ」
「ああー、あの子時々見るから、大丈夫じゃない?
盗まれたり、物が壊されたとかもないみたいだし。C様が家の施錠確認をしないとすぐ、不安になるからさあ、本人には言わないようにしてんだよね」
「ああー」
私は説明するのを諦めた。
たぶん、この人は鈍感なんだ……いい意味で。
なんとなくこの人の世界を壊したらいけない気がした。知らぬが仏とはまさにこのことなのだろう。
少しだけ、先輩が羨ましかった。
「ねぇねぇ……菜々ちゃん!
今日、どっかご飯行かない?」
「ホントですか!」
その瞬間、背筋が寒くなった。
4月だというのに、冷房の効いた部屋にいるみたいだ。
その時……目が合った。
部屋の隅に、青白い肌の子どもがいる。
「ひっ……!」
私は佐上先輩の声を振りほどき、一目散に事務所を飛び出した。




