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困難事例〜誰も行きたがらない家〜  作者: 那須 儒一


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2/12

4月5日(日)支援継続困難

事故報告書 K様(92歳)男性 要介護3


日時:令和8年2月14日15時45分


場所:K様宅二階ベランダ


内容:介護スタッフBが二階のベランダで洗濯物を干していた際に二階から転落。


対応:K様が転落に気付き救急車を呼び、N病院に搬送。すぐに事業所にも連絡が入り、事故発覚。

介護スタッフBは即日入院となる。


症状:脳挫傷。


要因:介護スタッフBによると「誰かに足を抱えられた」と証言。

追記:二階ベランダの柵は140cmほどある。


対策:不明



事故報告書 K様(92歳)男性 要介護3


日時:令和8年2月21日15時50分


場所:K様宅二階ベランダ


内容:介護スタッフDが二階のベランダで洗濯物を干していた際に二階から転落。


対応:スタッフDが事業所に連絡。管理者榊原さかきばらの付き添いの元、N病院受診。


症状:右手首骨折(シーネ固定)


要因:介護スタッフDによると「黒い影に足をすくわれた」と証言。

追記:K様は足腰が弱く車椅子移動。

自力で二階には上れない。


対策:K様の了承を得て洗濯物を一階の庭で干す。



事故報告書 K様(92歳)男性 要介護3


日時:令和8年2月28日15時37分


場所:K様宅一階庭


内容:介護スタッフJが一階の庭で洗濯物を干していた(K様談)

叫び声が聞こえ、K様が庭を確認。

血だらけの介護スタッフJが倒れていた。


対応:K様が救急車を呼びN病院へ救急搬送。

警察が確認するも、裂傷の原因になるようなものは見当たらず。不審な人物も確認できなかった。


症状:介護スタッフJ、左大腿裂傷。

出血多量。現在意識不明。


要因:不明


対策:一時、K様の支援を保留とする。



ねぇ……午後から私、この家に行かないと行けないの……?


てか、初訪問で対応するには不穏すぎない?

そもそも顔合わせがあるのが普通でしょうが!


事故報告書を見ただけでヤバさが伝わってくる。

こんなの普通じゃあり得ない。


ここでいう“困難事例”に違和感を感じ始めていた。


昨晩――赤いハイヒールは気づいたら消えていた。

特に実害はなかったけど……。


今日は先輩は休みだし……事務所には私一人だけだ。


おい、みんなどこにいる?

管理者ともう一人のスタッフは直接利用者宅に訪問して直帰しているのか?


そうだ! 訪問スケジュールを見ればいいんだ。


夕方の訪問まで時間があるし、介護ソフトを起動する。


これ……どういうこと?

訪問記録が一人一日一件が大半だった。


佐上さがみ先輩がたまに数件回っているけど……。こんなので経営が成り立つのか不思議だった。


時間が経つのはあっという間だった。

K様宅への訪問……憂鬱だ。


でも、利用者さんが待っているし、怖いからって支援をすっぽかすヘルパーなんてそれこそあり得ない。


約一か月ぶりに支援が再開されたK様宅。その初回訪問が、なぜ私なんだろう。


――私は、ここに勤めてから初めて事故報告書作成することとなった。



事故報告書 K様(92歳)男性 要介護3


日時:令和8年4月5日15時31分


場所:K様宅二階ベランダ


内容:訪問時、二階のベランダで倒れているK様を発見。呼びかけに反応なく、呼吸・脈拍を確認できず。


対応:介護スタッフ白石が管理者榊原に報告し救急車を手配。そのまま同乗する。


搬送後経過:N病院にて死亡確認。

死因:心不全(医師診断)


要因:車椅子のK様がどのようにして階段を上ったかは不明。


対策:利用者死亡により利用中止。



結局、その日は事務所に戻ったのは夜遅くになってからだった。


「大丈夫?」


管理者の榊原さんが缶コーヒーを差し出す。


「私、ブラック飲めません」


「うんうん。大丈夫そうだね」

この小肥りの中年男性は管理者の榊原さかきばら泰司たいじさん。


「全然、大丈夫じゃない……です……」

初めてだった。訪問先で利用者さんが亡くなっていたのは。


視界が涙で歪む。


「ごめんね……」

榊原さんが私の頭をそっと撫でる。


「それ、セクハラですよ……」

私は涙を拭い、彼の手を払い除けた。


「ありゃりゃ、これは手厳しい……お願いだから、私を訴えないでくれ。事業所が無くなったら、困るのはご利用様だぞ?」


なんて人だ。利用者さんを盾にセクハラをするなんて。管理者の風上にも置けない。


でも、この人のおかげで少しだけ気が紛れたかもしれない。


「白石さん……この仕事、辞めたっていいんだよ?」


「私に辞めてほしいんですか?」


「いやいや、そういうわけじゃないんだけどさ」

榊原さんがやけに言いにくそうに言葉を濁す。


「命あっての物種だからね……」


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