おまけ SS②「指輪を買いに」
朝の食堂。
私は緊張しながら、そろそろと切り出した。
「ルーカスさん。あの……体調も落ち着いてきたところですし、結婚指輪とか……買いに行きませんか?」
向かいに座っていたルーカスは、途端に渋い顔をした。
玉ねぎスープを掬う匙が、ぴたりと止まる。
「……うっ。だめですか?」
「装飾品は管理が億劫でな。魔術師団の指輪すら、手入れが面倒だったんだ」
「髪留めはいくつもあるのに……?」
「あれは別だ」
(……基準がよく分からない)
「でも……友達は結婚したらみんな買っていますし……! やっぱり、その、あったほうがいいかなって……」
胸の前で、自分の指を縋るように撫でる。
彼は、それを見てわずかに眉根を寄せた。
「どうしてもか」
「……どうしてもです」
「なら、宝石商を屋敷に呼ぶよう手配しよう」
「あっ、あの……! そうじゃなくて……王都のお店で選びたいなって」
「……わざわざ?」
「自分で選ぶのに憧れていて……行ってみたいなあって」
ルーカスはしばらく私を見つめていた。
それから、諦めたように息をつく。
「……来週、都合をつけよう」
「わあっ、ありがとうございます! あ、おかわり要ります?」
「……焦げていない野菜を寄越せ」
◆ ◆ ◆
翌週。
王都の宝飾店にやって来た私は、あまりにもきらびやかな店内に、すっかり目を奪われていた。
「わ、わあぁ~~~!」
どこを見ても、ショーケースの中できらきらと宝石が輝いている。
その後ろを、ルーカスはまるで保護者のようについてきた。
「はぁぁ、どの指輪も綺麗ですね~……。すごいです、こんなにたくさん種類があるなんて」
「……」
「あっ、見てください。これ、猫ちゃんのデザインですって! こっちは蝶々……!
ううっ、可愛くてため息が出ちゃいますね」
言いながら振り返ると、ルーカスは苦々しい顔をしていた。
「君は何を選びに来たんだ。派手なものは、装飾が紙に引っかかって本を痛める」
「……たしかに」
指摘されて気づいた。
けれど、つい凝ったデザインのものへ気が向いてしまう。
私の様子に気づいた店員が、そっと微笑んで声をかけてきた。
「よろしければ、ご試着なさいますか?」
「え、でも……」
店員はにこりと笑い、ケースから小さなリスが飾られた指輪を取り出した。
そっと受け取ると、そのあまりの可愛らしさに、頬が緩んでしまう。
けれど、自分の薬指に嵌めた途端、ぎくりとした。
明るい照明の下で見ると、私の手はずいぶん傷んでいた。
長年の修行で血豆が潰れた痕や、火炎魔術で負った火傷。
指の節々は少し歪に曲がっていて、綺麗な指輪とはあまりにも不釣り合いに見えた。
ちらりと、すぐ近くで同じように指輪を選んでいる恋人たちを窺う。
女性の手は、細くて美しい。
薬指に輝く指輪も、どこか誇らしげに見えた。
途端に、浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
「……な、なんだかごめんなさい。私には……ちょっと勿体なかったみたいです」
そう言って指輪を外すと、店員は困ったようにルーカスを見やった。
彼はやれやれと首を横に振り、私の手を取る。
「結婚指輪とは別に、気に入ったのなら買えばいいだろう」
「……でも、私には似合わないかなあって」
「俺はそう思わん」
私は顔を上げた。
そっけない口調だったけれど、じわじわと胸に染み込んでいく。
「じゃ、じゃあ! これ……買います!」
「かしこまりました。旦那様の分もご用意いたしますね」
「……待て。なぜ俺も?」
「だってこれ、ペアリングですよ!」
ルーカスの眉間に、深い皺が刻まれた。
「聞いていない」
「……えっ。やっぱり……だめなんですか?」
不安になってルーカスの顔を見上げる。
彼は何か言いかけたが、唇を引き結んで視線を指輪へ落とした。
黄金色の瞳が、指輪の上にちょこんと座ったリスをじっと見つめている。
「…………リス」
「はい!」
「……」
ルーカスは目を閉じ、苦悶の表情で天井を仰いだ。
「…………。……分かった」
珍しく、蚊の鳴くような小さな声だった。
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★そのうち開き直る。




